テラーノベル
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ウトウトしながら目を開けたら、真っ暗だった。
「にゃ!」
僕はビックリして飛び起きた。
魔窟の森まで走って疲れたから、ちょっと休んでから帰るつもりだったのに。
バルトの家のベッドでゴロンと横になって、爆睡した。
起きたら、いつの間にか夜になっていた。
「にゅぅ」
途方に暮れながら、僕はベッドに舞い戻った。
(僕は猫魔だから、暗くても走れるけど。こんな時間に帰ったら……)
屋敷を抜け出したことがバレる。
シュメリとバルトにいっぱい叱られる。
(どうしよう)
さっと血の気が引いた。
「でも、帰らないと……あれ?」
いつの間にか、人の姿になっていた。
猫魔に戻らないと帰れないのに。
「えい! ……えい! え……猫魔になれない」
夜は獣人にとって魔力が増える時間のはずなのに。
何で、戻れなくなっちゃったの?
「とにかく、歩いてでも、帰らないと……ふにゃ?」
起き上がった体がベッドにリターンした。
この感じは、覚えがある。
魔力切れだ。
(魔力を使い慣れない頃、バルトが教えてくれた)
考えなしに使うとなくなる。
回復までには時間がかかる。
(僕の場合は、一晩くらい寝ないと、きっとダメだ)
頭の中が「どうしよう」でいっぱいだ。
ベッドでプルプル震えているうちに、いつの間にかまた眠っていた。
「……ンネ、リンネ!」
聞き慣れた声が聞こえる。
慌てているみたいだ。
どうしたんだろう。
僕はここにいるのに。
「リンネ!」
間近でバルトの声が聞こえた。
突然、布団を剥ぎ取られた。
「いやぁ、寒い。もう少し寝る~」
手をバタバタして掛け布団に伸ばす。
その手を強く握られた。
「痛っ……バルト、何?」
「起きろ、リンネ!」
はっきりと声が聞こえて、目が覚めた。
てっきり夢だと思っていたのに、夢じゃない。
目の前に、本物のバルトがいる。
「あ……バルト」
心臓がバクバクしてきた。
「シュメリ、こっちだ!」
バルトが外に向かって叫んだ。
「どうして、一人で森に来た? 今日は屋敷から出ない約束だったよな」
「……ごめんなさい」
バルトに腕を掴まれて、僕は俯いた。
「リンネ!」
シュメリが家の中に入ってきた。
僕とバルトの様子を見て、後ろに留まった。
お股ポテト
29
はるにし
72
「森で、何をする気だった?」
「何かしたかったんじゃ、なくて。バルトの服の匂いを嗅いだら、森が、懐かしくなって」
ポロっと、涙が零れた。
「どうしても来たいって、思ったんだ。でも、二人に言ったら反対されるから。一人で、内緒で、来た」
パァンと乾いた音が響いた。
バルトが、僕の頬を叩いた。
「バルト! 叩く必要はないだろ」
シュメリが僕の体を庇った。
でも、バルトはまだ怖い顔をしている。
「どうして叩かれたか、わかるか?」
「シュメリとバルトに迷惑、かけた」
「そうじゃねぇ。リンネ自身のことだ」
「僕の……記憶?」
僕はバルトを見上げた。
「昔の記憶に触れたら、全部失くすかもしれないんだぞ」
バルト、怒ってる。
それ以上に、心配してくれてる。
「森に来たら、記憶が……揺れた。ごめん、僕……思い出しちゃった」
「……は?」
僕は、ぎゅっと目を瞑った。
ボロボロと涙が零れ落ちる。
目を開けたら、シュメリとバルトが驚いた顔で僕を見詰めていた。
「思い出したって、何を?」
「この……丸太の家でバルトと暮らして、幸せだったこととか」
涙が流れる目を擦りながら、しゃくりあげる。
「シュメリと秘密の草原デート、嬉しかったこととか」
シュメリが慌てた顔をした。
「リンネ、それは秘密……なんだよね」
「秘密って、俺にだよな。うちのリンネに何してくれた?」
バルトがシュメリを睨んだ。
「あの頃は何もしてないよ」
「あの頃は? 今もまだ許してねぇよ」
「バルトが心配するようなことは、今もしてないよ」
バルトがシュメリに詰め寄る。
シュメリが珍しく押されている。
僕は二人の手を握った。
シュメリとバルトが言い合いをやめて、僕を振り返った。
「僕が二人のこと、大好きだってこと。ちゃんと思い出したんだ」
大好きで、大切で、だから一緒に生きたいって。
あの頃から、僕は思ってた。
「思い出したんだね、リンネ」
「忘れたわけじゃ、ねぇんだな」
僕は何度も頷いた。
「バルトに育ててもらったことも、シュメリと出会ったことも、覚えてる」
魂がリセットされて、全部忘れてシュメリの屋敷にいたことも。
あの時から今日までの思い出も、同じくらい大切だ。
「だから、だからね……」
僕は二人の手を強く握った。
「二人の物語に、僕を入れてほしいよ」
『聖騎士と暗殺者』に猫魔は登場しない。
世界観設定程度の、モブ以下の存在だ。
(それでも僕は、シュメリとバルトに出会ったから)
モブ以下のペットでも、二人の間に挟まれていたい。
「リンネ……」
僕が握った手を、シュメリとバルトが握り返してくれた。
「とっくの昔に入っているだろ」
「リンネのいない物語なんて、最初からないよ」
シュメリとバルトの手が、僕の背中を摩った。
「僕……ここにいても、いい?」
二人の邪魔をしちゃうかもしれないけど。
二人と一緒に笑っていたい。
「当然だろ」
「リンネの居場所は、私の隣だ」
二人の手の温もりが、抱きしめてくれる体温が、優しい。
くすぐったくて、嬉しくて。
(この温もりに、甘えていいんだ)
また涙が零れた。
「ずっと一緒に、いていいんだね」
僕は安心して、微笑みながら泣いた。
外はすっかり暗くて、きっともう寒いけど。
僕の心は、ポカポカ温かかった。
「一緒に帰ろう、リンネ」
「俺たちの新しい家は、ここじゃない」
バルトが、囁いた。
あぁ、そっか。
この家で、バルトと二人で暮らす生活は、終わったんだ。
シュメリの屋敷が、新しい僕らの家なんだ。
「……うん!」
僕は二人に向かって、力強く頷いた。
小説にはない、新しい物語を、僕らが作る。
物語は、もう始まっているんだ。
それでいいんだって、自然と思えた。
僕は自分からシュメリとバルトに抱き付きた。
コメント
1件
読み終えました……。リンネが魔力切れで猫魔に戻れなくて、記憶の揺れ戻しを経て「二人の物語に入れてほしい」って言葉に、胸がいっぱいになりました。設定上はモブ以下の存在でも、シュメリとバルトは「最初から入ってる」って即答してくれる――そのあったかさが、もうたまらないです。新しい物語が始まる実感、素敵でした。