テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
(本当に……俺、どうしちまったんだか)
今まで感じたことのない、制御不能な心の動揺。
でも、この甘い戸惑いに胸を焦がしながらも
もう二度と、あの軽薄で孤独だった過去の自分には後戻りできないことを俺は悟っていた。
◆◇◆◇
その夜
自室で天井を見上げていると、久しぶりに親友からの着信画面が光った。
通話ボタンを押して耳に当てる。
『おい拓海。学校で流れてるあの噂、マジなのか?』
開口一番、呆れたような声が響く。
「あー……まぁ、マジだけど?」
『信じられねぇな……あの、来るもの拒まずの女たらしの一ノ瀬拓海が、1人の男にゾッコンになるなんてな』
「うるせー。ていうか、お前まだ俺のことそんな風に思ってたの?」
『だってそうだろ? 今までのお前なら、一人の相手に執着して周りを断絶するなんて、絶対あり得なかったぜ』
確かに、こいつの言う通りだ。
過去の俺を知る人間からすれば、今の俺の姿は滑稽な天変地異にしか見えないだろう。
でも、これが紛れもない現実なのだから、もう仕方がない。
『で、相手は……例の、あの一年の男の子?』
「そうだけど。文句ある?」
電話の向こうで、短い沈黙が流れる。
『……本気、なんだ?』
「…多分な」
『多分ってなんだよ、そこだけお前らしいわww』
受話器の向こうで爆笑する親友の声に少しムカつきつつも、俺はそれを否定することはしなかった。
(俺自身が、一番自分に驚いてるんだよ)
スマホを切り、ベッドに身を沈める。
宇佐美と過ごす、一喜一憂に満ちた眩しい日々が
俺の退屈だった日常を塗り替え、新しい“当たり前”になり始めていた。
そして、待ちに待った日曜日。
駅前の、少しお洒落なレンガ造りのカフェで待ち合わせて
俺たちは初めての「デート」をすることになった。
「す、すみません!遅くなりました……っ!」
約束の時間を数分過ぎて、息を切らせながら走ってきた宇佐美は
私服に身を包み、ひどく緊張した面持ちで立ち尽くしていた。
「別に数分だし、気にしなくてもいいのに。俺も今来たところ」
「いえ!せっかく先輩と初めてのデートなのに、一秒でも遅れたくなかったので……っ!」
その、どこまでも真っ直ぐで純粋な態度に、胸の奥がキュンと締め付けられるように痛む。
案内された席につき、注文した華やかなケーキセットを運んできてくれた店員さんに対しても
「あ、ありがとうございます」と深々と頭を下げて丁寧にお礼を言う宇佐美。
その小さな背中を見つめているだけで、俺の冷え切っていた胸の奥が
じんわりと温かい灯火で満たされていくのが分かった。
「ねえ、うさちゃん」
「はい?」
フォークを動かしていた宇佐美が、きょとんとして顔を上げる。
「本当に……俺なんかで、いいの?」
「え? どういう意味ですか……?」
「いや……その、俺らって、もう付き合ってる恋人同士ってことで、いいんだよね……?って思って」
柄にもなく、言葉を濁しながらそんな弱気な質問をしてしまう。
宇佐美は一瞬驚いたように目を丸くしたが
すぐに少し不安そうな色を瞳に浮かべ、上目遣いでこちらの様子を伺ってきた。
「え、はい……っ。僕は、ずっとその、恋人同士のつもりっていう認識なんですけど…先輩も、同じ気持ちでいてくれてます、よね……っ?」
捨てられるかもしれないという不安が微かに混じったその表情が
あまりにも可愛すぎて、不覚にも心臓がドキンと跳ね上がった。
「うん。ちゃんと、恋人だと思ってるよ」
「……えへへ、よかったぁ」
(…あークソ。笑顔の破壊力高すぎだろ……)
にこにこと、心の底から嬉しそうに顔を綻ばせる宇佐美。
その極上の宝物のような姿をただぼんやりと眺めていると
宇佐美が急に、真剣な眼差しを俺に向けて真っ直ぐに言った。
「今の先輩を見てると、出会った頃とは全然違いますね……っ。前よりずっと優しいし、僕のこと、ちゃんと守ってくれるし……」
15
365
み お .
「何より、僕の気持ちを一番に考えてくれてるんだなって、分かります」
「当然でしょ」
即答する自分の声には、もうミリ単位の迷いも、照れ隠しの嘘もなかった。
その瞬間、俺は確信した。
大勢の女と身体を重ね、愛だの恋だのという言葉を安売りしてきたこの俺が
人生で初めて、やっと本当の“恋”というものを知ることができたのだと。
「先輩」
「ん?」
「先輩の“特別”になれたみたいで……僕、すっごく、嬉しいです……!」
目の前で、世界で一番愛おしい笑顔を咲かせる宇佐美を見つめながら
俺は心の中で静かに誓いを立てていた。
(マジで……こいつのことだけは一生大切にしよう)
そんな誰にも言えない誓いを胸の奥深くに秘めたまま、俺は自分の分のケーキを口に運んだ。
ほんのりとビターな苦味と
濃厚で優しい甘さが混じり合ったクリームが舌の上で滑らかに溶けてゆく。
その甘美な感触と一緒に、俺たちの目の前には
どこまでも鮮やかで光に満ちた未来が、確かに広がっていくような気がしていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!