私の名はアリア。
巷じゃ勇者アリアなんて呼ばれてるけど……平民出の私がまさか、こんなにも豪華絢爛な【星姫のお披露目会】に参加できるなんてさ。
いや、私は普段からお偉いさんが集まる社交界ってやつに興味はなかった。
でも今回ばかりは顔を出さないといけない。
なにせお世話になった姫様きってのお願いじゃ断れないさ。
「ごらんになって、女勇者アリア様よ!」
「なんて凛々しいのかしら!」
かしましい貴族令嬢さんたちの熱い視線を浴びながら、私は姫様が用意してくださったサーコートを着てランウェイを歩く。
鍛え抜かれた大胸筋やら、太い肩や腰回りが非常にキツイ……が、どうってことない。
なぜなら、この光景こそが……私たちが願い、待ち望んだ平和ってやつだから。
煌びやかな花々も、賑やかな貴婦人たちも、和やかな貴公子たちも、みなが新作ドレスのお披露目に夢中になっている。
たかだか新しいデザインの服を見せるだけで、誰もが沸き立つなんて笑える話だ。
でもこれが10年以上もの戦乱を乗り越えて、ようやく掴み取った平和な景色。
見ているか? 志半ばに散って行った同胞たちよ。
多くの犠牲を払った戦友たちよ。
これが……私たちが成し遂げた光景だ。
「見て! 勇者さまが『聖なる花道』を歩まれるわ!」
「まあっ! あのお噂は本当だったの!?」
「穢れなき者しか歩むことが許されない道を……堂々と歩いてらっしゃるわ! ますます素敵ね!」
はっ。
『聖なる花道』ねえ。
お貴族さまは何かにつけて縁起や意味を付けたがる。
なんだったか、確かこの道は『身も心も清らかなる処女じゃないと歩けない』んだっけ? まあ確かに戦いに明け暮れた私は、恋愛なんてしてる余裕はなかった。
ただ、恋愛ができなかった原因は他にもある。
それは私の……大鬼よりも大きなこの図体と、男より立つ腕っぷしさ。騎士団の中じゃ『怪物』と影口をこぼす奴もいたけど、そんなに太いかねえ……太いか。
私だって叶うなら、ご令嬢のように蝶よ花よと可愛いものを愛でたかったさ。もちろんただの平民で、血に塗れた私なんかにふさわしくないけどね。
ま、勇者なんて聞こえはいいけど、敵軍から見たら多くの命を刈り取ってきた怪物さ。
そんな私にも、こんな栄誉ある場を設けてくれたのは感謝でしかない。
そもこれも全部、姫様のおかげだ。
あぁ、上座から姫様が手を振ってらっしゃる。
私なんかに美しい微笑みを向けて——————
ん? 身体が熱い?
「ガッ……熱い、痛い!?」
まるでサーコートが燃えているような激痛に、心臓がドクリと脈打つ。
それから私の視界は一瞬、真っ赤に染まる。
次の瞬間、目に映った光景はかつての地獄……戦場そのものだった。
なんだ、これは……っ!? なぜここに敵が!? 周囲にいる全員が敵!?
唐突に訪れた恐怖と絶望、そして形容し難い怒りが全身を包む。
「アガアアアアアアアアアアッ! シッ、シネエエエエエ!」
狂気と激情のままに近くの敵を殴る。
勇者としての怪力を、精霊力を駆使して捻り潰す。
「アリア! なんてこと!?」
ふと姫様の声が聞こえた瞬間、視界は【星姫のお披露目会】に戻る。
「……ア、あぁ? ヒメ、さま……?」
見ると私の足元には、顔が弾け飛んだ令嬢や貴公子たちが倒れていた。
まるで誰かに殴り殺されたかのような——
「アリア! どうしてそのような暴挙に出たのですか!?」
「アッ、アァ————?」
ちがうのです、姫様!
あれ? 声を出そうとしても上手く喋れない。
「どうか大人しくなさい! どうか、お願い! 私の勇者よ!」
何が起きたかわからない。
でも姫様がそう言うのなら、私はひとまず大人しくすることにした。
「今から精霊殺しの手枷をつけるわ! これでアリアも落ち着くはずよ!」
「おお……姫様の願いが通じたぞ」
「あのような怪物にも果敢に立ち向かうとは……」
「まさに聖女だ……」
「勇者殿に魔が乗り移ったのか!?」
「まさか……『聖なる花道』が、女勇者の邪悪なる正体をあぶりだした……?」
ちがう、私はタダ……。
朦朧とする意識のなか、私はひたすら弁明し続けた。
だけど、その言葉は誰にも伝わらなかった。
『————怪物がいい気味ね』
意識が途切れる刹那、姫様の声が聞こえたような気がした。
◇
私の名はアリア。
巷じゃ希代の魔女とか、大鬼なんて言われている。
「これより『魔女アリア』の公開処刑を行う!」
大聖堂の鐘楼がけたたましく鳴り響くなか、私は両手を【精霊殺しの枷】に、両足を【異界封じの枷】で拘束されたまま、民の前に投げ出された。
勇者としての力を封じられた私は為す術もなく、無様な恰好で民の目に晒される。
「何かの誤解だ! 私はただ————」
「大罪人に口を利く権利などありません」
私の主張をぴしゃりと遮ったのは姫様だった。
いついかなる時も、勇者として私の活動を裏からバックアップしてくれた御方だ。
彼女は階級制度の厳しいアストロメリア王国内で、平民である私を登用してくれた恩人でもある。貴族のお偉方の顔つなぎから、資金援助もしてくれた慈悲深き御方。
そして何より、武功の場とは純然たる男社会。
何かあればすぐ女の出る幕ではないと頭ごなしに叩かれる。そんな男社会でも、平民の女が勇者として活躍する場を与えてくれた、聡明な御方なのだ。
「アリア……貴女には失望しました……まさか貴女の正体が、悪魔だったなんて……」
その姫様が今では私を親の仇でも見るように、憎悪に満ちた顔で見下ろしている。
そしてそれは私に注目する民たちも同じだった。
「何が女勇者だ!」
「お前のまいた疫病のせいで娘は死んだ!」
「血も涙もない魔女め!」
処刑場に集まった民が口々に私への罵倒を放つ。
これが年頃の娘さんなら堪えてたろうが、あいにく私は十代で人を捨てた身だ。武力の世界でもみくちゃにされた私にとって、敵兵がぶつけてくる悪意や殺気に慣れている。
とまあ、そんなわけでいくら心無い言葉をぶつけられようが弓矢ほど痛くもないし、突き刺さりもしない。
ただ、気になるのはそのどれもが身に覚えのない内容ばかりだってこと。
「貴族殺しの罪だけじゃなく……貴女が病を広げていただなんて……! アリアは私をずっと騙していたのね!?」
悲痛な様子で糾弾する姫様に、私は懸命に訴える。
「誤解です! 私はただ戦後の巡礼を、戦災で苦しむ村や街を回って、癒しの精霊を行使していただけです……! 姫様もご存じでしょう!?」
「私は今まで誰よりも、勇者アリアを支援してきたと自負しております」
「であれば、姫様ならおわかりでしょう? これは何かの間違いです!」
「ええ、間違いでしょうね」
姫様は私の言葉に耳を傾けてくれたのか、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。
だが、それは民を慈しむ見慣れた笑顔ではなく、ゾッとするような恍惚の笑みだ。
「姫である私より、貴女が目立つなんて間違いは正さないといけません」
「……は?」
それから気色悪い笑みを瞬時に引っ込めた姫様は、心底悲しそうに……まるで悲劇のヒロインを演じるように民へと語り掛けた。
「戦災復興と偽り、民に疫病をばらまくなどと……どうして……! 民と私を裏切ったのです!? 貴女を信じていたのですよ……!」
心苦しそうに涙を流す姫様。
さっきの醜悪な表情が、幻覚だったのではと勘違いしそうになる。
「や、えっと、は?」
私が混乱するなか、姫様はどんどん演説を進める。
「悲しいですが、最後に罪深き貴女へ聖句を捧げましょう!」
「そんな大鬼に聖句を!?」
「姫様はなんて慈悲深いんだ!」
「姫様万歳!」
「クソ魔女め! 聖教に反した行いを後悔しながら死ね!」
姫様がゆっくりと近づき、耳元でそっと囁き始める。
「貴女の着たコートに『狂戦士』の毒を塗布したのも私」
「え?」
姫様は処刑場の誰にも聞こえない声量まで落とし、つらつらと語る。
『狂戦士』は周囲の者を無差別に攻撃してしまう、非常に危険な状態異常で……そんな毒を塗っていた……?
「あら? これでは、みなが貴女を暴虐極まりない化物だと思いますね?」
「うそ、ですよね?」
「貴女が治療した人々に、毒薬をまいたのも私。貴女が訪れた地の水源に毒をまいたのも私」
「……何を、言って……?」
「あら? これではみなが、貴女こそが疫病をまき散らした魔女だと思いますね?」
「なぜ、こんな仕打ちを……?」
「勇者アリア。貴女が私より目立つからです」
不気味な笑みであたしを見下ろす姫様は、もはやあたしの知る姫様ではなかった。
「そして予め準備しておいた治療薬を、これから民に配るのも私」
いや、今までずっと隠していた黒い部分をさらけ出しただけに過ぎないのかもしれない。
「貴女は今まで必死に王国の兵を、民を救い奔走してくれたわね。あら? でも貴女は魔女として処刑されるわ。そうなると勇者アリアの功績は……」
小首を傾げて更に笑みを深める姫様。
「勇者を支援していた私のものね? 王国を勝利に導き、民を疫病から救った聖女が私」
「そんな……」
「ぜーんぶいただきます。ご苦労様、使い捨ての元勇者さまあ」
ニチャリと姫様は笑う。
それからさらに衝撃的なことを最後にこぼす。
「貴女のお馬鹿なお仲間も今までっ、本当に、本当に、私のためによく働いてくれたわ。使い潰すのはとっても楽しかったのよ?」
ああ……なるほど、その最後が私ってわけか。
全ては姫様、あんたが黒幕だったのか。
大の男どもを手玉にとって思い通りに国を……いや、世界を裏で動かしてたなんてねえ。
いいさ。
私は所詮、剣一本で成り上がった愚かな平民……だから、あんたの調略に落ちたのは納得だよ。
ただ、一つ。
私にだって後悔してることがある。
戦友たちを守れなかったこと。
もしあいつらの死に、この女が関わっていたとするならば————
絶対に許せない。
どうにかこの女だけでも殺しきりたい!
「あらあら! 死を目前に恐怖し、暴れるなんて……元勇者さまが呆れますね!」
姫様は大仰に驚いてみせ、数瞬後には再び悲しみに満ちた顔へと戻り、民へと振り返る。
「この者は自らを勇者と偽り、王国に病魔を広めた大罪人! 多くの民を死なせた魔女アリアを、民の声と星の神々に代わり! アストロメリア王国第一王女ステラ・コーネリウス・ロア・アストロメリアの名の下に処断いたします!」
喝采する民を見つめ、私は怒りと屈辱、そして後悔が一挙に押し寄せ————呆けるしかできなかった。
必死に守り抜こうとしていた人々は今や、私の死を望み……憎悪と愉悦と好奇の眼差しを向けている。
「悪魔め、死んじまえ!」
「絶対に許せない!」
真実が見えないお前たちこそが悪魔だろう。
あぁ、許せない。
「あの女勇者さまが処刑とか笑えるなあ!」
「どん底で無様だなあ!」
成功を妬み、謗るお前たちこそ嘲笑の対象だ。
いつまでも他者を蹴落とす快楽に浸っていろ、高みを目指せぬ者たちよ。
「いよいよお楽しみの処刑だ!」
「あの勇者さまが死ぬ姿なんて滅多に見れないショーだぞ!」
「化物の死にざまに乾杯だああ」
お前たちこそ、殺しを愉悦に感じる化物だろう。
……ああ、私が必死に守ろうとしてきた人々ってのは、こんなにも醜いものだったのか。
理想を掲げ、平和のために……共に命を捧げてきた戦友たちには悪いけど……長く辛い戦いを乗り越えた先で、こんな仕打ちが待っているのなら私はもう終わりにしたい。
戦友の仇であろう姫様を殺せないのは一生の後悔だが……その一生も、もうすぐ終わる。
だから、最後ぐらいは穏やかな気持ちでいたい。
ようやく、ようやく戦友たちのところへ行ける。
勇者としての責務や誇りから解放された私は————死した戦友たちを胸に瞳を閉じた。
断頭台に首をかけられ、そして——————
「………………」
…………。
……。
ん?
首を落とされる感覚はまだ?
それとも死の恐怖を増長させるために、姫様がわざと時間をかけている?
「…………」
「——っさま?」
「————すの!?」
「——リア様! ——マリア様! マリアローズ様?」
「ちょっと、聞いてますの!? 姫殿下主催のパーティーで、そのように茫然とするなんて無礼ですわよ?」
「マリアローズ様は、他人の婚約者を節操なく誘惑しておきながら、平然とした冷徹さをお持ちですから。私たちを無視するのも当然なのかしら?」
目を開けてみるとなぜか処刑場は忽然と消えていて、代わりにクスクスと忍び笑いをもらすご令嬢たちがいた。
え、あれ?
「ここは……宮殿の中庭……?」
「それとも帝国の宣戦布告に恐れ慄きすぎて、私たちの言葉を聞く余裕すらないのかしら」
「冷徹令嬢のくせに無様よね」
「え? 帝国の宣戦布告は……15年も前では……?」
「以前から伯爵令嬢にあるまじき残念な御方と存じておりましたが、どうやら残念なのは素行だけでなく頭の方も残念なようで」
「マリアローズ様はいつまでそのように呆けていっらしゃるの?」
「マリア、ローズ……?」
急いで自身の頭の中にある貴族名鑑を引っ張りだす。
マリアローズ……それって冷徹鬼畜で有名なワガママ伯爵令嬢の名前……?
あれれ、ちょっと待て。
なぜ令嬢が着てそうなフリフリのドレスなんて身に着けている?
さっきからお腹のあたりを物凄い力で締め付けられるこの感覚はなに?
まさかこの私がコルセットを……?
きっつ! ほんとにお腹がきっつ!
うそ、えっ!?
もしかしなくても今は私がマリアローズ嬢!?
しかも15年前!?
ってことは、私って今は12歳の【乙女の社交界】を控えたご令嬢になってる!?
どうして!? これは夢!?
私は発狂しそうになるのを、勇者としての強靭なメンタルでどうにか抑えつける。
戦場では冷静さを欠いた者から命を落とすから。
混乱するよりも状況把握が先だ。
私は動揺を隠しつつ目の前の2人の令嬢へと視線を向ける。
すると、不思議なことにマリアローズとしての記憶が断片的に蘇った。
2人は自分よりも家格的に劣る。
片方はミモザ男爵令嬢で、マリアローズが彼女の婚約者を誘惑した腹いせで当たりが強いと。もう一人はルピナス子爵令嬢で……ええと、彼女の誕生日会で流行遅れのドレスを着ていたから、マリアローズがワインをわざとかけてさしあげて、『これで酔いしれるデザインになりましたわ』と侮辱した————うわあ……マリアローズ伯爵令嬢って、いや、我ながら……最低すぎる。
私がやられてたら、殴ってマリアローズの人生を終わらせてるな。
「それにしてもステラ姫殿下のご活躍は輝かしいですわね」
「その美貌もさることながら、聖教会から聖人の才もお認めになられたもの」
「兄君を差し置いて、王位継承権第一位になるかもしれないとのお噂があるほどです」
「まさに王国の星々を見守り、闇を照らす月そのものですわ。なんて尊き御方なのでしょう」
令嬢たちの視線の先には、うら若き頃の姫様が確かにいた。
その美貌の裏に隠された本性を知ってしまった私は、遠巻きで談笑している姿を目にしただけ吐き気を催しそうになる。
「私にもステラ姫殿下のご派閥からお誘いがこないかしら?」
「何でも姫殿下のお茶会にお誘いいだたけるのが第一歩だそうよ?」
「素敵! 憧れですわね!」
思えば姫様はいつも輝いていた。
どこにいても誰といても、常に自分が世界の中心であるかのような顔で、巧みに人々を動かすのが上手だった。
そして、敬愛する剣の師ダンテ伯爵が戦死した時も————
戦友のリカルド公爵が謀略で命を落とした時も————
生涯の友ミカエル王子が病に伏し、帰らぬ人となった時も————
幼馴染のユーシスが逃れられぬ呪いに侵された時も————
女勇者である、私の処刑も————
全て姫様の命令が発端となっていたと気付く。
私たちが死んで誰が得をした?
誰の名声の糧になった?
答えは簡単だ。全て姫様のものになった。
全部はあの女が仕組んだシナリオだったわけだ。
「ステラ姫殿下が聖女なら、マリアローズ様は悪女ね」
これでもかとルピナス子爵令嬢が嫌味をぶつけてくるが、私は真っすぐに姫様を見つめ続ける。
真の悪女は私たちを利用するだけ利用し、罪をでっちあげて使い捨てにした姫様だ。だけど、今も昔も未来でさえも……彼女は確かな権力と人望を巧みに手繰り寄せ、社交界の中心で煌びやかな笑顔を咲かせている。
心底、憎い。
自分の愚かさも、姫様の悪辣非道さも、全てが悲しくて……思わず瞳から感情の雫があふれそうになる。
でも泣き寝入りするぐらいなら————
「いいわね、悪女」
正義が勝者にあると言うのなら。
自分の願いを叶えるために、手段を問わないのが悪女というのなら————
「冷徹な悪女になってさしあげますわ……ただし、女勇者流のやり方で」
私は姫を見つめ、不敵に笑う。
お前の望むシナリオを、全てぶち壊してさしあげましょう。
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