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「嫌です! 今日はネストの家に泊ります!」
「外泊の予定は入れていません。明日には公務も御座いますので……」
「じゃぁ全てキャンセルします」
「それが出来ないことくらいわかっておいででしょう?」
ひとまずの食事を終え、作戦会議も佳境を迎える。リリーが王宮へと帰還する時間になると、白狐に抱き着き離れようとしない。
ヒルバークがなんとか説得を試みてはいるが、聞く耳持たずといった状況である。
「リリー様、大丈夫です。九条は逃がしませんから」
ネストの一言でむくれながらも名残惜しそうに帰っていくリリー。
引き合いに出された俺は苦笑いでその場を誤魔化し、王女とは言え子供らしい一面もあるなと思いつつ、夜は更けていった。
その後は、各自用意された部屋へと案内され、明日に備えて睡眠を取る……はずであったが、ケシュアが寝静まった頃を見計らって再集合。
「大丈夫。ケシュアはぐっすり寝てるわ」
ケシュアの様子を見て来たネストが俺の部屋に戻ると、静かに部屋の窓を開けた。
「頼んだぞ九条」
「気を付けてね、お兄ちゃん……」
「ああ」
「【|骸骨猟犬召喚《コールオブデスハウンド》】」
魔法書から取り出した骨を地面に置くとそれが虚無へと呑み込まれ、その対価としてもたらされたのは大きな猟犬の骸骨。
「【|転移魂《ソウルコンバート》】」
俺の肉体から分離された魂を猟犬の骸骨に宿らせると、胸の蒼炎が鼓動を刻む。
「初めて見たけど凄いわね……」
「ああ、俺も話には聞いていたが、死霊術って意外と便利だよな」
ネストとバイスは、ただ感心するかのように舌を巻き、ミアはベッドによじ登ると魂の抜けた俺の身体の頭の横に、ちょこんと座る。
「ミアは何をしてるの?」
「膝枕! 役目だから!」
元気にそう答えていたミアを横目に、溜息を一つ。
「コクセイ、行くぞ」
「おう」
デスハウンドに扮した俺は、コクセイと共に開け放たれた窓から飛び出し、町を西へと駆け抜ける。
外は真っ暗。大通りの輝きが裏通りの闇をより濃厚に映し出す。
所謂斥候。俺は魔獣と会話することができる。|金の鬣《きんのたてがみ》が同じ魔獣と呼ばれているなら、説得も可能なのではないかと考えたのだ。
――――――――――
闇夜に紛れ森の中を駆け抜ける。俺は全速力でコクセイを追い、時間にして一時間程で目標の地点へ到達した。
目の前には小さな砦。そこにいい思い出はない。ネストが捕まり魔法書が焼かれた場所だ。
今は使われていないようで灯りも見えず、人の気配もない。
「九条殿、感じるぞ……。ここからまっすぐ南へ下れば数分で奴とかち合うはずだ」
警戒しつつもコクセイの後をゆっくりついて行くと、真っ暗な闇の中それはいきなり現れた。
「ガァァァァ!」
耳を覆いたくなるような咆哮。どうやら既に気付かれていたらしい。
コクセイが右、俺が左へ飛び退くと同時。頭上から振り下ろされた前足からの攻撃を紙一重で躱す。
それは聳え立つ巨木を薙ぎ倒し、地中の根を丸ごと掘り起こすほどだ。
「九条殿! コイツが|金の鬣《きんのたてがみ》だ!」
「デカすぎんだろ!?」
上がった土煙の中からゆっくりと姿を見せた|金の鬣《きんのたてがみ》。全長は十メートルほどで、例えるなら採石場の巨大なダンプ。
獅子の逞しい胴を基盤に、太い筋肉が波を打つように盛り上がり、全身を覆う毛並みは墨を塗り込めたように黒い。
その肩口から突き出ているのは竜の首。鱗は無機質な光を放ち、獲物を見据える瞳は冷たい視線は決してそれが飾りなのではない事を知らしめている。
そして、腰の奥でうねる長い尻尾の大蛇は、獲物を締め上げる瞬間を待ち構えているかのように身体をしならせていた。
それは、まるで夜の闇から抜け出てきた悪夢の具現ではあるが、無理を承知でコンタクトを試みる。
「|金の鬣《きんのたてがみ》! 俺の言うことがわかるだろう? 話し合おうじゃないか!」
「グルァァァ!」
それが聞こえているのかいないのか……。|金の鬣《きんのたてがみ》は俺との距離を一気に距離を詰め、獅子の顔が大きな口をガバッと開ける。
俺はそれを左へと飛んで避け、そのまま後方へと回り込んだ。瞬発力だけで言うのであれば、デスハウンドの方が一枚上手。
「九条殿! ダメだ!!」
「――ッ!! 【|悪夢《アーマー》|の鎧《オブナイトメア》】!」
相手の攻撃を躱し、後ろを取った。|金の鬣《きんのたてがみ》は俺を追い、すぐに振り向くだろうと思っていた。
しかし、|金の鬣《きんのたてがみ》はその場から一歩も動かずに、その尻尾で俺を叩き落としたのだ。
ギリギリのところで防御魔法を掛けるも、地面に叩きつけられた衝撃は相当なもの。左半身のあばら骨が崩れ落ち、魂の炎があらわになる。
デスハウンドの体に魂を宿しているだけなので痛覚はないが、思うように体が動かせない。
「コクセイ撤退だ!」
「承知!」
コクセイは躊躇うことなく一目散に戦線を離脱した。恐れをなしたわけじゃない。最初からそう決めていたからだ。
デスハウンドの身体が破壊されても、俺の魂は本来の身体へと戻るだけ。
最初から倒そうなどとは思っていない。あくまで目的は斥候であり、説得が無駄だとわかっただけでも十分な成果だ。
後は、コクセイが無事帰れるよう俺が足止めを買って出る。
「【|呪縛《カースバインド》】!」
地面から伸びた黒い無数の鎖が|金の鬣《きんのたてがみ》を拘束する。
「ガァァァ!」
|金の鬣《きんのたてがみ》が天を仰ぎ咆哮すると、鎖には無数の亀裂。ほんの数秒で耐久力の限界を迎えた呪いの鎖は、脆くも砕け散った。
「話を聞け!! 俺はお前と争う意思はない!!」
最後にもう一度呼びかけるも、それが届いていないことは明白だった。
|金の鬣《きんのたてがみ》はとにかくひたすらに向かって来る。そこにいるのは一匹の野獣。その瞳からは敵意以外の何者も感じ取れなかった。
|金の鬣《きんのたてがみ》が吼える度、デスハウンドの身体がギシギシと悲鳴を上げる。
それだけの圧だ。同時に繰り出される攻撃を必死に躱すも、身体の限界は確実に迫っていた。
(そろそろコクセイもかなり離れたはず。もう少し時間を稼ぎたかったが、仕方ない……)
タイミングを見計らって南へと駆け出す。できるだけノーピークスから距離を取るためだ。
しかしデスハウンドは満身創痍。それほどの距離も稼げず、後方からの激しい衝撃により俺の意識はそこで途切れた。
――――――――――
次の瞬間、俺が目を開けると、目の前には逆さになったミアの顔。
「おかえり、お兄ちゃん」
「お? 帰って来たのか?」
俺の帰りを待っていたであろうバイスとネストが、ベッドへと駆け寄ってくる。
膝枕をしてくれていたミアに礼を言いつつも、俺はゆっくりと身体を起こす。
ぼんやりとしている寝起きのような状態。重い頭を振り、無理矢理意識を覚醒させる。
「九条殿? どうだった? それとコクセイは?」
「|金の鬣《きんのたてがみ》に間違いない。コクセイが確認した」
ワダツミがコクセイの身を案じるのも道理。予定では、九条が時間稼ぎをしている間にコクセイは先に戻っている手はずだった。
「先に逃がしたから恐らく問題ないとは思うが、思ったより時間が稼げなかった……。今は無事を祈るしかない」
俺の経験不足だ。相手の力量を見誤った。まさか振り返りもせずに攻撃をしてくるとは思わなかったのだ。
尻尾の蛇……。それは後ろにも目があるということに他ならない。
「残念ですが、会話は成り立ちませんでした。こちらが気付くより先に相手が襲ってきた。かなり広い警戒網を持っているようです」
「|狩人《レンジャー》がいないのが痛いわね……。森の中ならケシュアに頼れるけど、そうなるとこちらから打って出ることになるわ」
「質問なんですが、王女の私兵やノーピークスの兵たちの実力はどれほどですか?」
「王家が卸している装備だからそこそこいい物を付けてはいるが、個々の実力はシルバーより下ってとこじゃないか? ロイドよりは弱いと思って構わない」
「……ならば、打って出るのは止めた方がいいと思います。恐らくバイスさんほどの実力がないと相手にもならない。当初の予定通り街の住民を避難させ、防衛に専念させるべきだと思います」
「わかった。九条が言うならそうするわ。他に何か気付いたことはある?」
「そうですね……。バイスさんは最初から盾二枚で防御に専念した方が良いかと。出来れば予備の盾もある程度用意しておいた方がいいかもしれない。鋭利な爪は巨木を一撃でなぎ倒してしまう程です。金属製でも盾が使い物にならなくなる可能性は十分にあります」
「OK。それもこっちで何とかするわ」
「後は状況次第かと……。あまり経験がなくて的確なアドバイスは出来ませんが、俺が感じたのはそれくらいです。すいません」
「いや、十分だ九条」
「えぇ。情報があるのとないのとじゃ大違いだわ」
その時だ。俺の隣で大人しくしていた魔獣たちが何かに反応し、窓に顔を向けた。
そしてそこから勢いよく侵入してきたのは、激しく息を切らしたコクセイである。
「はぁ……はぁ……九条殿は戻っているか?」
「よかった。コクセイ、おかえり」
「恐らく俺のことは追って来てはいなかった。あれから|金の鬣《きんのたてがみ》の気配は感じられなかったからな」
身を寄せるコクセイを撫で、お互いの無事を分かち合う。
「ありがとう九条、大体の情報は手に入った。出発は明日の午後にするわ。それまでゆっくり休んで頂戴。時間になったら呼びに来るわ」
「よし、じゃぁ俺も自室で休むとするか。午前中は家に戻って装備を取ってくる。それ以外はノーピークスで揃えよう」
ネストは立ち上がると俺に右手を。バイスは左手を差し出した。
そうされたら、手を取らない訳にはいかないだろう。
「がんばりましょうね」
「期待してるぞ?」
「……出来る限りのことはするつもりです」
ネストとバイスが部屋から去ると、俺は二人から握られた手をジッと見つめた。
じんわりと残るぬくもり。この世界に来て、最初にパーティを組んだ日を思い出していたのだ。
俺が炭鉱案内をした日。あの時は臨時で入っただけで、仲間と呼べるようなものではなかった。
出発前にバイス、ネスト、フィリップ、シャーリーが手を取り合い、お互いを鼓舞し成功を祈っていた。
それを傍から見ていた当時の俺は、冒険者とはこういうものなのかと他人行儀に感じていたが、今ならあの時の四人の気持ちがわかる気がしたのだ。
俺は、あの時より冒険者らしい冒険者をしているだろうか……。バイスやネストと同じ場所に立てているのだろうか……。
二人から差し伸べられた掌で、その思いに少しだけ近づけた気がしたのである。
「……仲間……か……」
「お兄ちゃん、何ニヤニヤしてるの? 気持ち悪いよ?」
そっと俺の顔を覗き込んだミアは、にやりといやらしい笑みを浮かべる。
「……は? いやいや、全然してないし」
「してたもん。ねーカガリー?」
「してないよなぁ? カガリ?」
板挟みにされたカガリは、ちょっとだけ悩んだ様子を見せ、結局は俺に対してだけ頷いた。
「お兄ちゃんずるいよ! カガリはお兄ちゃんの言うことならなんでも聞くんだから!」
盛大な忖度にミアは頬を膨らませ、俺のいるベッドに勢いよくダイブする。
「ハハハ……すまんすまん」
大きなベッドでじゃれ合っていたのが羨ましかったのか、カガリと白狐がベッドの上へと乗ろうとするも、そうは問屋が卸さない。
「お前等は後で相手してやるからベッドに乗るんじゃない!」
和やかな雰囲気をぶち壊す行為。だが、それにはちゃんとした理由がある。
カガリも白狐も体重は百キロを超える。それが二匹だ。ベッドの耐荷重は確実にオーバー。こんな高級そうなベッドの弁償など出来るはずがないのである。
――――――――――
暫くするとミアは先に寝てしまい、そんなミアの寝顔を見ながら九条も静かに眠りについた。
カガリと白狐は皆が寝静まったのを見計らい、こっそりベッドによじ登ると二人の足元で丸くなる。
それを羨ましそうに見ていたのは、ワダツミとコクセイ。
ウルフ種は誇り高き種族。人間になぞ媚びぬ――と、自分たちに言い聞かせ我慢すると、出来るだけベッドに近いところで寝息を立てた。