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ノーピークスに駐屯している兵たちは、住民の避難作業に追われていた。
王女の私兵たちは城壁の上で待機。彼等は最終防衛ライン。
その城壁の外側の広場には、バイスの予備用タワーシールドが規則正しく並べられていて、まるで盾の見本市のようになっていた。
南門から百メートルほどは更地。そこから真っ直ぐ伸びる街道の両脇は深い森になっている。
この城壁の前が戦闘の舞台。そこに九条たちは立っていた。ケシュアだけが少し離れた場所に待機しているのは、森の声を聞くためだ。
木の幹に手を当て、集中していたケシュアが目を見開くと声を上げる。
「……近いよ! そろそろ準備して!」
それを合図にミアと数人のギルド職員は皆に強化魔法をかけ始める。
「【|強化魔法防御術《グランドプロテクションマジック》】」
「【|強化物理防御術《グランドプロテクションフィジクス》】」
「【|新緑の息吹《オーラオブフォレスト》】」
「【|大地の怒り《ラスオブアース》】」
神聖術の補助魔法。それとケシュアの|樹術《じゅじゅつ》による強化魔法だ。
|新緑の息吹《オーラオブフォレスト》はバイスに。持続回復効果を得られ、その影響は周りに緑が多いほど高くなる。
|大地の怒り《ラスオブアース》は|樹術《じゅじゅつ》の強化複合魔法。あらゆる身体能力が向上する。
それら魔法をかけ終えると、ギルド職員たちは町めがけて一目散に駆け出し、全員が南門を抜けると門は固く閉ざされた。
本当に魔獣が町を襲うかどうかはわからない状況。故にネストのお願いは、ギルドに聞き届けられなかった。故に担当以外のギルド職員は参加できず、ネストが無理を言って最初の補助魔法だけでもとお願いしたのだ。
そんな中、住民の避難だけは強制した。それは領主命令。何もなければそれでよし。しかし、それは確実に町へと迫って来ていた。
「頑張ろうね。お兄ちゃん!」
「ああ、カガリ。ミアの事は任せたぞ」
「はい」
ミアを参加させるつもりはなかった九条。しかし、本人の強い希望で参加することに。
危険はわかり切っている。絶対にダメだと制止したのだが、どちらも譲らず話し合いは平行線を辿った。
最終的にはカガリから離れないことを条件に、参加を許可した形になった。従魔たちには最優先でミアを守るようにと頼んである。
カガリに乗ったミアは最後尾。その前にネストとケシュア。中衛が九条で、前衛がバイスだ。
バイスが押さえている間に、後衛職の魔法と従魔たちで一気に叩く作戦。バイスにはかなりの負担を担ってもらうことになるが、現状の戦力ではそれが最適解であった。
「いっちょやりますかぁ」
気だるそうな掛け声。やる気がなさそうに見えるバイスだが、そうではない。緊張で体が強張らないよう、敢えてそうしているのだ。
嵐の前の静けさ。風はなく小鳥たちの囀りも聞こえない。程よい緊張感が辺りを包んでいた。
バイスはゆっくりと位置に着き、真っ直ぐ街道を見据えると、それは突如現れた。
「ガァァァァ!」
「”堅牢”!!」
バイスの盾が一瞬大きくなったように錯覚する。それに金の鬣が衝突し、凄まじい衝撃音が辺りに鳴り響いた。
上がる土埃。流石と言うべきか、バイスはその衝撃を殺すために数歩下がっただけで、その巨体を受け止めていたのだ。
「ふぅ。危ねぇ……」
両の足が地面に跡を残すほどに押し込まれていたものの、|金の鬣《きんのたてがみ》を前にしても、バイスは全く気後れしていない。
そして戦闘の火蓋が切られた。
バイスが|金の鬣《きんのたてがみ》を止めた。その一瞬を逃す手はない。
「【|鈍化術《グラビティドロウ》】」
カガリの上から魔法を放ったのはミアである。それは対象の動きを鈍くする弱体化の魔法。
「【|樹枝針《ブランチニードル》】!」
「【|魔法の矢《マジックアロー》】!」
それにケシュアが続き、ネストも後れを取るまいと杖を振るう。
数十もの尖った枝と八本の魔法の矢が高速で飛翔し、|金の鬣《きんのたてがみ》に直撃するも、外傷は皆無。
だが、それは|金の鬣《きんのたてがみ》の気を引くには十分だった。
|金の鬣《きんのたてがみ》はネストへと鋭い視線を向けるも、それはバイスが許さない。
「お前の相手は俺だ! ”グラウンドベイト”!」
バイスのスキルで、強制的に敵意を向けさせる。
瞬時に振り下ろされた前足での攻撃を両手の盾で受け止めると、バイスは後方へと飛んだ。間髪入れず白狐とカガリの蒼炎が|金の鬣《きんのたてがみ》を襲う。
「「”狐火”」」
それは九条が炭鉱で見たものとは段違いの威力を誇っていた。
|金の鬣《きんのたてがみ》にまとわりつくその炎が顔面を覆いつくすと、さすがに耐えきれず暴れ回る。
「ガァァァ!」
森に潜んでいたコクセイとワダツミが|金の鬣《きんのたてがみ》に食らいつく。その鋼のような体毛も二匹にとってはただの肉。
|金の鬣《きんのたてがみ》の後足付近を噛みちぎると、二匹の魔獣は瞬時に離れ、戦線を離脱する。
少しでも逃げ遅れれば、蛇の尻尾の餌食となる。ヒットアンドアウェイは戦闘の基本だ。
そこからドロリと流れる血液。これが初めて|金の鬣《きんのたてがみ》に与えた傷。
その巨体から見ればほんの小さな傷である。だが、それは九条にとっては致命傷にもなり得るものであった。
左手で開いた魔法書を持ち、右手を|金の鬣《きんのたてがみ》へとかざす。
「【|呪いの傷跡《カースオブペイン》】」
何も起きなかった。いや、そう見えているだけで、その変化は|金の鬣《きんのたてがみ》の中で確実に起こっていた。
後足のわずかな傷が、呪いの力で徐々に腐敗していく。それは止まることのない死の宣告。じわじわと命を蝕む死の病。
やがて狐火が消失すると、|金の鬣《きんのたてがみ》は距離を取り、竜の首が天を仰ぐ。
「九条殿! 来るぞ!」
それは|金の鬣《きんのたてがみ》が灼熱の炎を吐き出すであろう合図。
バイスが後方へと走り、皆を背にすると二枚の盾を合わせるように構え、地面へと突き立てる。
「”鉄壁”! ”要塞”!!」
鉄壁は自分の防御力を上げるスキル。要塞はパーティ全員の防御力を上げるスキルだ。
|金の鬣《きんのたてがみ》は両前足を大きく広げ、地面を力強く掴む。竜の瞳が輝きを増し、その口から吐き出された灼熱の炎が辺り一面を焼き尽くす。
「【|魔力障壁《マナシールド》】!」
バイスのスキルに加え、ネストの防御魔法による二重防壁にて保険をかける。
「あちぃー! 熱すぎんぞ! 畜生めッ!」
バイスの盾が迫りくる火炎を真っ二つに割るも、その熱量は凄まじく、後方で守られている者達でさえ肌がチリチリと焼けていく。
「九条! 替えの盾を! もう持たないッ!」
バイスの盾は既に真っ赤。端の方から溶解が始まっている。
「みんな少しだけ耐えて!」
ネストが|魔力障壁《マナシールド》を解除すると、すぐさま別の魔法を唱える。
「【|石柱《ストーンピラー》】!」
ネストがバイスの足元に魔法を放つと、目の前に出現したのは大きな石の柱。
それが炎を防いでる間に、バイスは新しい盾へと持ち替える。
使い捨てられた盾の外側は、まるでとろけたチーズのように丸まっていた。
「まだ、終わんねぇのか!?」
数秒、長くても数十秒で炎の勢いは衰えると予想していたが、いつまでたっても途切れる気配を見せない。
「【|回復術《ヒール》】!」
ミアも必死だ。灼熱の業火の中、バイスに向かって回復魔法をかけ続ける。
見たこともない巨大な魔獣を前に、恐れないわけがない。しかし、そんな暇もない。
(私がやらなくてどうする! お兄ちゃんの役に立つんだ!)
その一途な思いが恐怖を吹き飛ばし、勇気を奮い立たせていた。
ネストが出した石柱は焼け崩れ、時間にしておよそ二分ほどで徐々に炎の勢いが衰える。
やっと打ち止めかと安堵したのも束の間その炎が途切れた瞬間、一気に距離を詰めてきた|金の鬣《きんのたてがみ》。
そこから振り抜かれる前足からの渾身の一撃。
油断していたわけじゃない。バイスは盾を構えるとそれをしっかり受け止めた。だが、激しい炎にさらされ続けていた盾は、その衝撃に耐えられなかった。
鋭い鍵爪にあっさりと引き裂かれる盾。防御障壁が弾け飛び、バイスは後方へと吹き飛ばされる。
「ぐはっ!」
「バイスさん!」
「大丈夫だ!」
盾が破壊され防御障壁が剥がれただけ。通常の冒険者であれば撤退を考えてもおかしくはないが、バイスは違った。
着地と同時に予備の盾を素早く拾い、戦線に復帰しようと走り出す。
辺りは炎に包まれていた。城壁の一部は焼け爛れ、周りの森からも火の手が上がる。
城壁の中では消火活動が行われ、兵士たちが慌ただしく行き来する。
「”アースクエイク”!」
九条は手にしたメイスを地面に突き立てた。バイスが戦線復帰するまで、時間を稼がなくてはならない。
発動したのは、鈍器適性のスキル。指定範囲に震動を起こす能力だが、直接的なダメージは期待できない。
だが、足元を揺らしてバランスを奪うことさえできれば、相手の踏み込みを阻害するには十分だった。
大地は大きく揺れ、金の鬣《きんのたてがみ》はふらつきながら必死に体勢を保とうとしている。
そこへ、待ち構えていたワダツミ、コクセイ、白狐が一斉に飛び掛かった。
不安定な足場では、攻撃も回避もままならない。じわじわと、しかし確実に、従魔たちの攻撃が金の鬣を追い詰めていく。
「【|氷結槍《アイシクルランス》】!」
「【|樹根槍《ルートランス》】!」
ネストとケシュアが同時に魔法を放つ。
地面から突き出た鋭利な巨木の根が|金の鬣《きんのたてがみ》の前足を突き刺し、氷で出来た槍がその左目を穿つ。
「ガァァァァァァァ!」
「【|呪いの傷跡《カースオブペイン》】!」
呪いの力で増えた傷の腐敗をさらに加速させる。
「”グラウンドベイト”!!」
バイスの戦線復帰に安堵し、皆が気を引き締める。
仕切り直しだ。|金の鬣《きんのたてがみ》は、残った片目で眼前のバイスを鋭く睨み、牙を剥き出しにして唸り声を上げていた。
後足の傷は呪いにより酷く腐敗し、もうそろそろ骨にまで達する頃合い。呪いが神経にまで到達すれば、その脚はただの重りと化す。そうなれば九条たちの優位は免れない。
――その考えが油断を生んだ。
|金の鬣《きんのたてがみ》がバイスの方を向いたことで、自分たちが尻尾の射程に入っていたのに気が付かなかった。
尻尾の蛇は鞭のように体をしならせると、ケシュアに向けて一直線に飛び掛かる。
「ケシュア!!」
ネストが叫び手を伸ばすも、どう考えても間に合うタイミングではなかった。
「くっ……【|死骸壁《ボーンウォール》】!」
ケシュアの目の前に迫り上がる骨の壁。尻尾の蛇がそこに激しく身を打ち付けると、その衝撃に耐えきれず壁はゆっくりと崩れ去る。
「え、九条? あんた……」
|死骸壁《ボーンウォール》は禁呪に該当するであろう魔法だ。しかし、それを使わなければ、ケシュアは確実に石化の呪いを受けていた。
咄嗟のこととは言え、どう言い訳しようかと考えを巡らせる九条であったが、そんなことを考えている暇はなかった。
その隙を突かれ、尻尾の蛇はそのまま九条を薙ぎ払う。
凄まじい衝撃に防御障壁は砕け散り、九条はそのまま森の中へと吹き飛ばされた。
「九条ッ!!」
そこは燃え盛る炎の海。例え身体が無事であっても、あの煙では呼吸ができるかすら危うい。
九条を救出しようと従魔たちは踵を返すも、尻尾の蛇が邪魔をする。魔獣と言えど石化の呪いは脅威である。
「お兄ちゃん!」
ミアも九条の下へと駆け出したかった。だがここで戦線を放棄すれば、今度はバイスが持たない。
必死に耐えているバイスは防御障壁が剥げた状態。なんとかしてかけ直さなければ徐々にダメージが蓄積し、バイスもいずれは危機的状況に陥るだろう。
タンクの維持はパーティの鉄則。私情に流されるべきではない。それは何度もギルドで教わることだ。
「カガリ! バイスさんのところへ!」
戸惑うカガリだったが、今はミアの意見に従った。その声に迷いはなかったのだ。
(私が……私が油断したから九条が……)
ケシュアは自分を責めた……が、九条を助けなければならないと、すぐに気持ちを切り替えた。
「【|天変《コントロールウェザー》】!」
|天変《コントロールウェザー》は周囲の天気を操作する魔法。その範囲はそれほど広くはないが、ケシュアであれば半径五百メートルほどの範囲を操作することが可能だ。
空に小さな雲が集まり始め、やがてそれは大きな黒き雨雲へと進化する。
そしてそこから降り出した雨は激しく燃え盛る木々に降り注ぐと、炎は徐々にその勢いを弱めていった。
(九条の状態はわからないけど、焼死と酸欠という事態は避けられたはず……)
「【|強化魔法防御術《グランドプロテクションマジック》】!」
「【|強化物理防御術《グランドプロテクションフィジックス》】!」
ミアがバイスの元へ駆けつけると、防御魔法をかけ直す。
「ありがとうミア。こっちは大丈夫だから九条の下へ行ってやってくれ」
「うん!」
ミアはそれだけ言うと、カガリと共に九条の元へと駆けた。
その時だ。周囲にピリピリとした空気が流れ始め、感覚の優れた従魔たちだけが、その異変をいち早く察知した。
「雨雲はダメだ! 皆下がれ!!」
コクセイが叫ぶも、その言葉を理解する九条はいない。
カガリは九条を諦め、ミアを乗せたまま距離を取り、ワダツミはケシュアを。白狐はネストを咥え、|金の鬣《きんのたてがみ》から引き離す。
コクセイはバイスの元へと駆けようとしたが……遠すぎた。ほんの数メートル近ければ間に合っていたはずなのだ。
大気が震え、|鬣《たてがみ》の色が徐々に変化する。それがバチバチと不快な音を立て始め、黄金色に輝いた瞬間だった。
「ガァァァァァァ!!」
|金の鬣《きんのたてがみ》が天を仰ぎ咆哮すると、目の前が白き光に包まれた。
目を瞑っていても光を感じるほどの閃光だ。
それと同時に耳を塞ぎたくなるような雷鳴が轟き、天から降り注いだ光の柱がバイスとコクセイを貫いた。
……鳴りやまぬ地響き。その余韻が残る中、黄金色の|鬣《たてがみ》をバチバチと帯電させるその魔獣の姿は、正しく|金の鬣《きんのたてがみ》であった。