「ふふ。
皆様、お揃いで⋯⋯」
控えめなノックの音のあと
レイチェルの部屋の扉が
静かに開いた。
そこに立っていたのは
優しい微笑みを浮かべた時也だった。
品良く束ねられた
黒褐色の髪は穏やかに流れ
整った顔立ちは
家族が揃った嬉しさからか
以前よりもさらに
柔らかい光を帯びている。
その鳶色の瞳には
何かを乗り越えた者だけが宿す
静かで揺るがぬ強 さがあった。
「青龍。
そろそろ良ければ
降りてきませんか?」
時也は穏やかな声で呼びかける。
「彼女達も
お前と、話したいでしょうからね」
その声に
青龍はぴたりと顔を上げた。
「⋯⋯時也様」
銀白色の長い睫毛を伏せ
目を細める。
そして
ゆっくりと椅子から立ち上がり
深く一礼した。
「かしこまりました」
その背筋には
式神としての誇りと
長年支え続けてきた者の
静かな覚悟が宿っていた。
青龍と時也は
並んで部屋を後にする。
廊下をゆっくりと歩きながらも
二人の間には
言葉にしなくとも
通じ合うものがあった。
──その瞬間だった。
「青龍!
おかげでお母様とお父様と
ゆっくり話せましたわ!」
リビングの方から
元気な声が響いてくる。
高く澄んだ声には
晴れやかな喜びが満ちていた。
「次は青龍にも
私達の話を聞いて頂きたいです」
今度は
落ち着いた声がそれに続いた。
声の主はもちろん
あの双子──
エリスとルナリアだった。
「「ね、とと!」」
その呼びかけに
青龍は思わず足を止めた。
小さな肩が
僅かに震えたようにも見えた。
時也がふっと笑みを浮かべて
隣で言う。
「行ってきなさい、青龍」
「⋯⋯はい!」
少しだけ俯いて答えるその声は
どこか照れたような
けれど嬉しさを隠せない響きだった。
リビングでは
双子がソファに座り
二人してこちらを見ていた。
ルナリアは
ぴんと背筋を伸ばし
エリスは小さく手を振っている。
深紅と鳶色の
鏡写しのようなオッドアイ
二人のどちらの瞳にも
幼さを残しつつも
芯の強さが宿っていた。
青龍が
一歩リビングへと踏み出すと
双子がぱぁっと顔を明るくする。
「もう!
待ちくたびれましたよ、とと!」
「私達
お父様とお母様に
この間よりも長くお話して
手を繋げたのよ!」
「だから今度は
ととに聞いてもらいたいです!」
「ふふ⋯⋯」
青龍は目元を緩め
そっと歩み寄る。
「⋯⋯左様でございますか。
それは⋯⋯嬉しゅうございます」
柔らかな口調でそう返し
双子の前に膝をついて顔を上げた。
その姿を
レイチェルとソーレンは
二階廊下の柵の縁に凭れながら
並んでそっと見守っていた。
「ふふ。
青龍、きっと嬉しいだろうね!」
レイチェルが
目尻に残った涙を袖で拭いながら呟く。
その声には
胸が温かくなるような安堵が
滲んでいた。
「あぁ、だな」
隣で腕を組んだソーレンが
短く答える。
「なんたって
〝櫻塚家〟が揃ったんだからな」
時也とアリア
双子、そして──青龍。
長い時を超え
ようやくひとつの家族が
同じ空間に集っている。
その光景は
静かで
けれど確かに
美しい〝奇跡〟のようだった。
それは
誰かの〝祈り〟が紡いだ絆。
幾度も幾度も
絶望に飲まれそうになりながら
それでも諦めなかった者たちの
あたたかな幸せへの一歩だった。