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【本文】
「リカルド様?」
「黙って」
いつにない厳しい口調で、リカルド様に諫められてしまった。
リカルド様はそのまま目を瞑って額に手を当て、なにかに集中するように強く唇を引き結んだ。
なにがなんだか分からないけれど、ただならぬリカルド様の様子に、あたしの心臓もうるさく鼓動を打ち始めた。どうしたの、リカルド様。なにかよからぬことが起こっているの?
声すらかけられず、あたしはただただリカルド様を見上げる。
怖い。
どんどん表情が険しくなっていくのはどうしてなの?
リカルド様の眉の皺が深くなるごとに、わけもわからず胸が締め付けられるような気持ちになってしまう。
不安に支配されそうになったとき、リカルド様の目がカッと開いた。
「すまん、ちょっと待っていてくれ」
そう言ったリカルド様の手が、腰に佩いた剣に伸びている。
「待って! 何があったの!」
あたしはとっさに立ち上がって、リカルド様の腕をとらえた。こんなに何も分からないままおいて行かれたら、気になって気になって仕方がないじゃないの!
リカルド様は一瞬困ったような顔をして、だけどすぐに口を開いてくれた。
「ジェードから念話が来た。なぜかBランクの魔物数体に囲まれているらしい。見捨てられない、救助してくる」
「大事じゃないですか!」
「そうだ、すぐに行かなくては。離してくれ」
「あたしも……あたしも、連れて行ってください! 魔力タンクでいいから!」
Bランクならリカルド様は楽勝なのかも知れない。でも、さっき魔力補給してまで、Aランクを倒したばっかりなのに……いくらリカルド様でも、魔力が厳しいんじゃないの?
さっき見たばっかりの、リカルド様の真っ青な顔が思い浮かんで、あたしはどうしても放っておけなかった。
瞬間、迷ったような顔をしたリカルド様は、「わかった」とひとこと。そして視線をめぐらせると、テーブルの横に置いていたあたしの火渡り鳥のマントと帽子を取り上げる。
「これを身につけてくれ。役に立つかもしれない」
「!」
さ、早速このマントたちが役に立つかも知れないとは! 大慌てで着込んで、あたしはリカルド様の手を取った。
その手が、強く引かれる。
気がついたら、リカルド様の腕の中にすっぽりと収まっていた。そして接触している部分から、リカルド様にむけて魔力がぐんぐんと吸い取られていくのがわかる。
なんと、転移している間に魔力まで補充しようというのか。それだけ切羽詰まっているということだろう。
「行くぞ!」
「はい!」
リカルド様腕に力がこもる。次の瞬間には、目の前の景色が一変していた。
転移で跳んだ先は、昼なお暗い樹海の只中だった。
「ジェード! 無事か!?」
「リカルド……! 閃光魔法、気付いてくれたんだな……」
答えるジェードさんは顔も服も煤けて、服もところどころ溶けたり破けたりしている。
「良かった……もう、限界だった」
そう呟いてジェードさんが崩折れると、彼の周囲わずか2メートルくらいに張られていた結界も一緒に消え失せる。
同時に、魔物たちの咆哮が其処彼処からあがった。
「!」
瞬時に反応したリカルド様が、大きく体を回転させて剣で周囲を薙ぎ払う。襲いかかろうと押し寄せたうちの数体は、あっという間にその剣の餌食になった。
あたしを左腕で抱えたままなのに、なんでこんな動きができるんだろう。ていうか、リカルド様が回転した時、振り回されて足が地面から浮いたの、マジでびっくりした。
驚くあたしの頭上では、リカルド様が高速で呪文を唱えている。あっという間にあたしたちの周囲を結界が覆う。安全が確保されたのを確認したリカルド様は、ようやくあたしを地面におろしてくれた。
地面に足がついて落ち着いたあたしの足元には、真っ青な顔のジェードさんが横たわっている。
この顔色、見覚えある。リカルド様が魔力を使い果たした時とそっくり。きっと魔物たちとの死闘で、魔力を使い果たしてしまったんだろう。
それに……アリシア様の姿が見えないのはどうしてなの……まさか。
まさか。
「すまんが、気絶させておけるほど余裕がない」
嫌な考えに身を震わせるあたしの横で、リカルド様はこれまで聞いたことがない呪文を唱え始めた。胸の前で組み合わせた手の中で、魔力の塊が膨れ上がる。リカルド様はその魔力の塊を、ジェードさんのお腹に押し当てた。
「う……」
ああ、すごい。
リカルド様が作った魔力の塊が、ジェードさんの体に溶けていく。まるで雪が溶けて土に染みていくみたい。
魔力が体に馴染むほどに、ジェードさんの頬に赤みが戻っていく。リカルド様って、魔力を吸収できるだけじゃなくて、ほかの人に譲渡することもできるのね。本当になんてすごい人なんだろう。
「ジェード、わかるか?」
リカルド様がジェードさんのほっぺたをパシパシと叩くと、ジェードさんはうめきながらゆっくりと目を開けた。
「魔力を補充した。動けるはずだ」
「……っ」
つらそうにしかめたまま、ジェードさんが起き上がる。
「はは……ホントだ。お前めちゃくちゃだな」
「悪いが話すのはあとだ。まずは魔物を蹴散らそう」