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ジェードさんに右手を差し出して立ち上がるのを助けながら、リカルド様はもう一方の手をあたしの方へと伸ばす。
「ユーリン、度々すまないが」
「! はい、いくらでもどうぞ!」
ピンときた。魔力補充でしょ、どうぞどうぞ。
ジェードさんに分けたから、リカルド様自体が使える魔力が少なくなっちゃったんだろう、きっと。あたしの魔力はすでにたっぷり回復してきてるから、いくらでも持ってっちゃってOKですよ!
リカルド様の手を両手で握って、今度はあたしも自分の体の中の魔力を右手に集める。出力には問題があっても、体の中の魔力の扱いは随分とうまくなってきたと思うんだよね。
これで少しでもリカルド様が魔力を吸収しやすいといいんだけど。
どうかな、少しはやりやすい? そう思ってリカルド様を見たら、少しだけ驚いたような顔をしたあと、口元を緩ませて「ありがとう」と言ってくれた。
どうやら、あたしのもくろみは成功したらしい。あたし、グッジョブ!
「え、待って。二人して見つめ合って……え、なに、まさか」
誇らしくて嬉しくて、ついついにやけていたら、ジェードさんが急に頬を赤らめて、意味ありげにあたし達を見ているのが目に入った。
途端、リカルド様が慌てたようにあたしの手を離す。
「お前にやった分の魔力を、補充させて貰っただけだ」
怒ったような口調だけれど、耳が赤い。これって照れているのかな。
反応が可愛くて、ジェードさんがからかいたくなる気持ちも分かってしまう。リカルド様、ごめんなさい。
一方、リカルド様の言葉少なな説明を受けたジェードさんは、それでもすべてを理解したようで、あたしとリカルド様を交互に見て納得したように頷いた。
「そっか、ユーリンちゃんは魔力量が人並み外れて多いって聞いたことあるよ」
「そうだ、これで俺もお前も魔力は充分だろう、行くぞ」
話を打ち切りたかったのか、リカルド様が結界の外を顎で指す。そこには、十に近い魔物達がひしめきあっていた。
「なにをすれば、こうも大量の魔物に囲まれるのか……あとで吐いて貰うからな」
リカルド様に睨まれて、首をすくめたジェード様は「お手柔らかに」と言い置いて、結界を飛び出す。
ジェードさんが結界を出た途端、魔物達がいっせいに色めきだつ。正気をなくしたように奇声を発しながら魔物が押し寄せてくるさまは、ただただ恐怖をかきたてるものでしかなかった。
「くそっ……本当に、どうなっているんだ」
魔物達のあきらかな反応に、リカルド様は腰に佩いた剣を一瞬で抜いて、ジェードさんを追うように結界をあとにした。
それからはもう、ただただ胃が痛くなるような時間だった。
明らかに魔物たちはジェードさんを狙っていて、襲いかかってくる魔物達を相手にジェードさんは攻撃をかわすだけで手一杯。
ジェードさんが防戦に徹すれば、彼を襲う魔物たちにも隙ができる。
その隙をついて、リカルド様が一匹、また一匹と確実に仕留めていくんだ。よく言えば役割分担ができている。
ただ、あまりにも魔物の数が多い。すべては防ぎきれなくて、ジェードさんの体にはいくつもの深い傷ができていた。
致命傷ではない。
でも……。
今ほど、自分の無能さを呪ったことはなかった。
あたしが参戦できれば、あんなにも危険な戦い方をしなくても良かったはずだ。
あんなにも、ジェードさんが血まみれにならなくて、良かった筈だ。
あんなにも、リカルド様がすべての敵を屠らなくて良かった筈だ。
情けない。
魔力の出力がうまく制御できないから、二人を巻き添えにしそうで、怖くて援護射撃もできないなんて。
悔しい。申し訳ない。
結界の横に、巨大な魔物たちの亡骸が積み上がって。
ジェードさんは自らの血で赤く染まり、リカルド様は魔物の返り血で青く染まり……ようやく、魔物の叫びが聞こえなくなった頃には、あたしは自分の無能さ、ふがいなさに、涙が止まらなくなっていた。
「終わったか」
ビュッと鋭く剣を振って、青い血を振り払ったリカルド様は、剣を鞘に収めながら、悠然と結界に戻ってくる。
「Bランクの魔物を大量に……あんな簡単に仕留めるって、お前ホントおかしくない?」
「簡単にではない。どの魔物も命がけで仕留めている」
ジェードさんの軽口に、リカルド様が至極まじめに答えているのが聞こえてくるけれど、反応なんてできなかった。
あたしから見たら、複数のBランクの魔物の攻撃を見極めて、最小限の負傷でとどめたジェードさんだって充分にすごい。彼が魔物をひきつけていたからこそ、リカルド様だってあれだけの数の上級魔物を屠ることができた。
「まぁでもおかげで命拾いしたよ、ありがとな。ユーリンちゃんも……って、え!? なんで泣いてるの!?」
「だ、だって、血が……」
二人がこんなに血まみれで戻ってきているっていうのに、回復魔法すら自信がなくてかけられない自分が、心底イヤだ。
なのに、リカルド様はなにを勘違いしたのか、なぜか「そうか、すまない」と呟いた。
そして、淡い水色の光がふわりと浮かび、リカルド様とジェードさんを洗っていく。瞬く間に、二人の体からは血の痕跡が消え失せた。