テラーノベル
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お目汚し失礼します。
拙作です。
前回は♡を沢山頂きありがとうございます。
今回は彼女を失った人の話です。
彼女を愛してしまったのだ。
私は小学生の頃は『頭の良い子』として扱われていた。田舎暮らしで子供も少ないためか、偏差値60そこらで賢い子というレッテルを貼られていたのだ。
実際は全くもって賢くなく、惰性で日々を過ごす唯の駄目人間であった。親に言われた通り塾に行き、授業を受け、宿題をし、テストを受ける。自主性の欠けらも無い木偶に過ぎなかったのだ。だが、幼少期に受けた待遇というものは精神の成長に多大なる影響をもたらす。自分は頭のいい人間だと思いこんでいた。
そんな思い込みから脱することも出来ぬまま、ろくに勉強もせず過ごしていたせいで私は堕落してしまった。元から堕落しきっていたのかもしれない。ただし肥えた自尊心だけが依然として存在していた。その自尊心が自分が劣った人間だということを頑なに認めなかった。もっと早く気付けていれば結果は変わったのかもしれない。覆水盆に返らず、今更そんなことをうじうじ書いたところでどうしようもないのだが。落ちぶれた成績から目を背けるためか、私は積極的にリーダーを担った。小さなイベントの進行から部活の長まで、様々な場面で人々を従えた。そうすることで自分は立派な人間だと錯覚したかったのだ。寂しい人間である。実際心の底から親友だと思っていた相手に利用され捨てられたのだから本当に寂しい人間だ。成長した私に残ったものは家族からの失望の眼差しと空虚なプライドだけだった。話せる友達も尊敬できる先輩も慕ってくれる後輩もいた。しかしそれでも埋まらぬ寂しさがそこにあった。
ある日のことである。趣味を共有出来る相手を欲してインターネットでコミュニティを立ち上げた。インターネットについて全くの無知であり、趣味自体も素人レベルだったので様々な不安はあったものの初めて人が来た時は飛び上がる程嬉しかった。
最初に来たその人は礼儀正しく、話していて心が穏やかになる人だった。このコミュニティを立ち上げる前にネットで心に傷を負ったのだが、そのことすら忘れてネットを素晴らしいと心の底から思える程その人との出会いは私にとって幸福だった。
愚かな私は心の渇きを潤してくれるその人に惚れ込んだ。柔らかな物腰で、常にいたわってくれる。私を尊重し、周りに気を配り癒してくれる。まさに穏やかな海に浮かぶ月の様な人だった。
そんな人が私を好いていると言ってくれた時は間違いなく自分こそが世界でいちばん幸せな人間なのだと思った。何もしなくても私を愛してくれる。存在を肯定された気がした。私の成績でも絵でもない、私との会話を純粋に楽しみ、私に溢れんばかりの愛情を惜しみなくくれた。こんなに愛してくれた人が今までいただろうか。私は溺れる様に彼女に夢中になった。
現実に疲弊しきっていた私は彼女を生きる目的にした。彼女と会うために勉強をし、将来は彼女と並んでも恥ずかしくない様な立派な人間になるのだ。
なのに彼女は消えてしまった。ただ一時的に抜けると行って帰ってこなかった。最初は帰ってくるまで待とうと思っていた私の心も次第に擦り切れていった。彼女が消えてから再び私は粗大ゴミへと戻った。成績は落ち、趣味への興味も失せた。何をしても心にぽっかりと空いた穴は埋まらなかった。自分への怒りと彼女が消えた悲しみが体をギリギリと締め付ける。私を愛してくれるのは彼女だけだった。
友情では埋めきれない寂しさ。恋愛感情と友情は違うのだから当然の話である。あの毛布のように温かく私を包んでくれる愛情はどこを探したって見つけられなかった。等身大の私を愛してくれる存在なんて世界のどこを探したって彼女以外見つからないだろう。こんなどうしようもない人間を彼女は好いてくれたのだ。どんな言葉でも彼女の愛情深さは表しきれない。彼女が教えてくれた温もりは彼女以外が与えられるものではなかった。
彼女が消えた理由は分からない。親からの制限かもしれないし、ただ私を嫌いになったのかもしれない。理由がなんであれ、彼女との再会を夢見ている。彼女が幸せに生きていることだけを願っている。とは言ってもそれだけだ。それ以上のことは何も出来ない。私は無力な人間なのだから。愚かで無知でどうしようもない屑なのだから。
今でも愛しているはずの彼女との会話が徐々に記憶から消えている。愛おしい、あの低く心地よい声すら朧げなのだ。己の記憶力が恨めしい。彼女を忘れることへの恐怖。恩知らずなこの小さな脳には嫌悪感で吐き気すら感じる。忘れたくない。私の唯一の希望、私の最愛、私の──
己の少ない語彙力では表現しきれない程彼女は私の大部分を占めている。彼女にとって私はネット上で知り合った人間の一人に過ぎないのかもしれない。もう私のことなど忘れているかもしれない。それでも彼女が私の大切な人であることは紛れもない事実だ。
そんな彼女を記憶に残すため、私は彼女を描くことにした。あの愛おしい彼女の絵を。彼女が私にしてくれた様に。彼女の言葉を思い出しながら絵に喋らせる。すると、ノートの中に彼女が生まれた。ずっと逢いたかった彼女が、私に向かってあの頃と変わらぬ様子で話しかける。自分の記憶を頼りに書いているのだから当然なのだが、私は彼女と再会出来たような気がした。あいたかった。ずっと。ずっとあいたかった!ずっとさみしかった。ずっとずっとまっていた。ようやくあえたね。
涙が溢れ黒鉛の線が滲む。ああ、ああ!赤子のように、ただただ声を上げて泣くことしか出来ない。
『どうしたの?』
君とまた出会えて嬉しいんだよ
『私もまた会えて嬉しい!』
柔らかに微笑む彼女。幸せの象徴。モノクロの彼女は私をあの頃のように優しく包み込む。彼女と話したいことは山ほどあった。けれど言葉が喉に詰まって出てこない。それでも変わらず微笑んでくれる。好きだ、愛してる。そんなありきたりな言葉ばかり出てくる。心の底からそう思っているのだから仕方ない。
彼女は私を見つめる。もっと彼女に触れたい。彼女にもっと近づきたい。彼女ともっと会話したい。
無我夢中で彼女を描く。私だけの彼女が、私だけを見つめ私に話しかける。
ノートに次々と描かれる三つ編みの青年。それも笑顔でこちらにほほ笑みかけるものばかり。それは彼女に嫌われたくないという私の心と彼女との優しい記憶を映し出したものであった。
幸せだね、また一緒だね。
現実から逃げ出す様にシャープぺンシルをノートに走らせる。右手が黒鉛で汚れる。それすら彼女と私が共にいる証拠に思えた。
大好きだよ
私もずっと君が大好きだよ。数年間の恋心をぶちまける。愛しい彼女が幸せそうに笑っている。それ以上望むことがあるだろうか。
食事も睡眠も忘れて描き続ける。何者にも彼女との時間を邪魔されたくなかった。やっと一緒にいられるのだ。幸せだった。このまま死んでもいいと本当に思った。いや、このまま死んでしまいたいと思っていたのかもしれない。
私は過労で倒れた。当然である。
目を覚ました私に母が一言。
「お絵描きなんて無駄なことで倒れるなんて」
私の行為は、好意は彼女に届くことは無い。
意味なんて全くない。
全て私の自己満であり、ノートに彼女は存在しないのだ。
落書きまみれのノートをゴミに出す。
全て無駄だった。
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