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「アイナさん、おはよう。
朝食の準備はもう出来てるよ」
……時間は早朝。
宿屋の入口カウンターに向かうと、ルイサさんに声を掛けられた。
彼女は座りながら、帳簿のようなものを付けているようだ。
「おはようございます!」
挨拶をしながら、ルイサさんの足を鑑定してみる。
──────────────────
【歩行障害(小)】
通常の歩行が難しい状態。
ゆっくりとなら歩くことが可能
──────────────────
……うん。昨日の広場で見かけたお婆さんと同じだ。
「あの、今お話しても良いですか?」
「別に構いやしないけど、どうしたんだい?」
「ルイサさんって、私が錬金術師だってことは知ってましたっけ?」
「ああ、何だかんだで耳に入ってるよ。
それがどうしたんだい?」
「足に良く効く薬を調合してみたんですけど、飲んでみませんか?」
ルイサさんは私の言葉に、少し驚きながらも話を続けた。
「ははは、私もいろいろと診てもらってきたけどね。
足に効く薬なんて、そんな話は出てきたことが無かったよ?」
そもそも『足を治す薬』が存在しないような口振りだ。
私の使った素材には、特に珍しい素材は無かったんだけど。
「それじゃ、栄養剤だと思って飲んでみませんか?」
私はルイサさんに、後ろに隠していた瓶を差し出した。
「えぇ……?
何だい、宿代は安くできないからね?」
少し怪訝に笑ってから、ルイサさんは瓶を口に付けた。
そしてそのまま飲み終えると、ルイサさんは空になった瓶を私に返してくる。
「うん、少し甘くて美味しかったよ」
……何故か味の感想を伝えてくる。
そうか、甘いのか。
それじゃ飲みやすくて良いかも――って、そこじゃない。
ルイサさんを再び鑑定すると、『歩行障害(小)』の項目は綺麗に無くなっていた。
よーし、治ったかな?
「それで、足はどうですか?
いつも引きずってらっしゃいましたけど、上げることは出来ますか?」
「あはは、上がるわけなんか――」
ルイサさんは座りながら、足をもぞもぞさせた。
「……おや?」
自分の足を不思議そうに見つめるルイサさん。
椅子から立ち上がって、太ももをゆっくりと上げる。
「あれ……? え……まさか……。
う、嘘だろう? ……足が、足が上がるよ、アイナさん!!」
ルイサさんは目を大きく開いて、自身の足を前後に動かしている。
上下にも動かし、地面を強く踏みしめたり蹴ったりもしている。
「良かった、ちゃんと効きまし――」
その台詞を遮って、ルイサさんは私を強く抱きしめた。
私の顔にはルイサさんのふくよかな胸が当たり、口を開くことを許さない。
「あ、ありがとう! ありがとう、アイナさん!!
うう、ううぅう~……」
……感激の涙で声を詰まらせるルイサさん。
その声に、私の目にも水っぽいものが溜まるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ところでルイサさん。
アイーシャさんってご存知ですか? 赤髪で、品が良い感じの」
ようやく落ち着いたルイサさんに、ゆっくりと尋ねてみる。
「ああ、知っているよ。
会ったときに少し話をするくらいだけどね」
お、知り合いとは話が早い。
「アイーシャさんも足が悪そうでしたので、よろしければこれを……」
そう言いながら、ルイサさんの目の前に『歩行障害(小)治癒ポーション』を置いてみる。
実は昨晩、このポーションは2つ作っていたのだ。
「アイーシャさん……に?」
ルイサさんは食い入るようにポーションを眺めていたが、はっと気付いたように顔を上げる。
「……それでアイナさん。
この薬のお代はいくらだい?」
「お世話になってますし、無料で良いですよ」
依頼されたわけでも無く、お節介で作っただけなのだ。
最初からお金を取るつもりは無かった。
……そもそも相場を知らないし、相場なんてそもそも無いだろうし。
「もしかして、アイーシャさんにもそのつもりかい?」
「はい、そのつもりです。何か問題でもありますか?」
「……アイナさんは、アイーシャさんとはどういう関係なんだい?」
ルイサさんは険しい顔で、私を見てくる。
うーん? 特に関係なんて無いけど……。
「えぇっと、実は――」
隠していても仕方無いので、一通りの説明をしてみた。
広場でアイーシャさんを見て、ルイサさんの足を治せないかと思ったこと。
遠目に見ただけとは言え、折角の縁なのでアイーシャさんも治してあげたかったこと。
アイーシャさんの名前は鑑定スキルを使って一方的に見たため、そこは申し訳なく思うこと……などなど。
「……他に、理由は無いんだね?」
最後に、ルイサさんは念を押すように聞いてくる。
私が素直に頷くと、ルイサさんはようやく緊張を解いてくれた。
「うん……、疑って悪かったね。
実はアイーシャさん、没落した貴族の出身なんだよ。
その関係で、未だに悪い連中が寄ってくることがあってね……」
……ははぁ。
品の良い感じだとは思っていたけど、まさか元は貴族の方だったとは。
「そうかい、見返り無しで……アイーシャさんも助けてくれるんだねぇ……。
本当にありがたいことだよ……。
……それならさ、出来ればアイナさんから直接渡してあげてくれないかな」
「でも、見ず知らずの私が急に行っても……飲んでくれそうですか?」
「ああ、確かにそうだね。
それなら、ルークにも一緒に行かせようかな」
「ルーク?」
「あれ、アイナさんと顔見知りのはずだけど?
ルークっていうのは――」
「ルイサおばちゃん、おはよう。
あの、アイナ様ってまだ――」
挨拶をしながら、一人の青年が宿屋に入ってきた。
どこかで見た顔だな……思っていると、街門で何回か話した騎士だと気付く。
……いつもの鎧姿じゃなかったから、気付くのに少し遅れてしまった。
「ああ、ちょうど良いところに来た。
アイナさんに用事かい? こっちもお前にお願いがあったところだよ」
「え……? あ!
アイナ様、おはようございます!」
「おはようございます、良い朝ですね」
なんだろう。この若い騎士……ルークさんには、何だか笑顔を送りたくなってしまう。
私はもう、思いっきり微笑んであげることにした。
「なんだいなんだい、この子は。
照れて赤くなっちまって!」
「そ、そんなんじゃ――」
ルイサさんとルークさんの掛け合いを微笑ましく見つめる。
昔からの知り合い、なのかな?
私にはそんな人、この世界にはいないから……ふと、とても羨ましくなってしまった。
その後、ルイサさんはルークさんに今までの経緯を話した。
「……ルイサおばちゃん、足が治ったの……?
え、本当に?」
疑うような目を向けるルークさんの前で、軽快に踊り始めるルイサさん。
「う、うわぁ……本当だ……。で、それが薬で――
……作ったのが、アイナ様!?」
信じられないような眼差しで、ポーションと私を交互に見つめるルークさん。
「信じられない気持ちは分かるのですが、その通りでして。
それで、ルイサさんの知り合いのアイーシャさんにも飲んでもらいたいんです。
面識のない私が行っても難しそうなので、ルークさんにも来てもらいたいなぁ……と?」
ちらっとルイサさんを見ると、うんうんと頷いていた。
「……と、そういうわけなんです」
「今日は鎧を着ていないし、非番なんだろう?
それにアイナさんを誘いにきたようだし……ふふっ、デートのついでに行ってくれないかね?」
「ちょっ……! デートって……っ!!」
……え、あれ?
今日来たのって、もしかしてそういうことだったの?
私がルークさんを見ると、彼は声を慌てさせていた。
「もう、分かったよ!
アイナ様をアイーシャさんのところにお連れして、薬のことを話せば良いんだね!?」
「悪いねぇ。私は仕事があるからさぁ……」
にやにやとルークさんをいじるルイサさん。
ルークさんは完全に振り回されっぱなしだ
「それじゃ、お願いするよ。
ふふふ、グッドラック!」
「グッドラックじゃないよおおおおおお!?」
ルークさんの叫び声が辺りに響く。
見ていて楽しい二人だねぇ、うんうん。