「あの、すいません。
ルイサおばちゃ……いえ、ルイサさんが変なことを言って」
宿屋から出ると、ルークさんが謝ってきた。
家族がはしゃいでるのを、友達に見られて恥ずかしい――
……簡単に言うと、そんな感じかな?
ルークさんはとても申し訳なさそうに、バツが悪そうにしている。
「あはは、仲が良くて羨ましいなって思いましたよ。
私なんて独りですし」
「……そう言えば、アイナ様はお独りで旅をされているんですか?
お供などは付けずに――」
「はい、ずっとそうです」
ずっとも何も、この世界でのスタート地点はこの街のすぐ外だったわけだけどね。
「ところでルークさん、何で私のことを『アイナ様』って呼んでるんですか?
別に、普通に呼んでもらって大丈夫ですよ?」
ルークさんは固いキャラなのかな……と思っていたけど、ルイサさんとのやり取りは実に普通だった。
「そ、そんな失礼なことは出来ません!
プラチナカードをお持ちのような方を、普通にだなんて……!!」
……プラチナカード? ああ、そんなのもあったね……。
でもそれって、そんなに恐縮するものなのかな?
私は鞄のプラチナカードを取り出して、頭の中で鑑定をしてみた。
──────────────────
【プラチナカード】
王族や神職者に与えられるとても貴重なカード。
身分や身元は秘匿され、暴こうとした者には重大なペナルティが科される
──────────────────
……ナニコレ。
いや、確かに神様からもらったものだけど……。
『身分や身元は秘匿』っていうことは、王族のお忍び漫遊記……みたいに思われているのかな?
そうであれば、『様付け』にこだわるのも……まぁ、仕方ないか。
「何だかごめんなさい」
そう言う私に、いやいや! と手振りで慌てるルークさん。
「それよりアイナ様こそ、私には敬語など使わず、呼び捨てにでもして頂ければ!」
いや、あんまり親しく無い人には、私は敬語を使う派なんだよね。
「いえいえ。
それでは引き続き、今のままで呼び合いましょう」
なおも反対するルークさんを、私は笑顔で屈服させるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あら、ルークじゃない。
こんなところまで、一体どうしたの?」
長屋のような建物の、ひとつのドアから品の良いお婆さんが顔を出した。
先日広場で見かけた、足の悪いお婆さんだ。
「アイーシャおばちゃん、おはよう!
あのね、今日は良いお知らせを持ってきたんだ!」
「良いお知らせ……?」
そう言いながらアイーシャさんは私を見て、静かに優しく微笑んだ。
「あらあら、そうなのね。
こんな可愛いお嫁さんをもらうんだね、お幸せにねぇ」
……そうだよね。
若い男性が若い女性を連れてきて、『良いお知らせ』だなんて言ったら……まぁ、そう思うよね。
「えっ!? ……あっ!
違うよ、アイーシャおばちゃん! そうじゃないっ!!」
アイーシャさんが何を言っているのか理解すると、ルークさんは真っ赤になって慌て始めた。
ああもう、昨日までの真面目で爽やかなイメージが台無しだよ、ルークさん。
そんなことを思いながら、ルークさんとアイーシャさんの話に割って入る。
「はじめまして、私はアイナと申します。
錬金術師をやっておりまして、足に効く薬を調合したのでいかがかなと」
横からそう言うと、アイーシャさんはポーションの瓶を見て驚いた。
「そうそう、このポーションの話をしに来たんだよ!
俺も信じられなかったんだけど、今朝ルイサおばちゃんに会ったら、足が本当に良くなっていたんだ!」
「え? ルイサの足が……?
……それって本当の話? ……いえ、ルークが言うんだから、嘘じゃない……わよね?」
困惑するアイーシャさんに、私は瓶を静かに差し出した。
「ただのお節介なので、代金は要りません。
栄養剤だと思って、是非いかがでしょう」
「アイーシャおばちゃん!
どうかアイナ様を信じて飲んでくださいっ!!」
ルークさんも懸命にお願いをしてくれる。
この二人がどういう関係なのかは知らないけど、子供の頃からお世話になっている……って感じかな。
「もう、ルークったら……。
……それじゃ、ありがたく頂きますね」
アイーシャさんはにこりと微笑み、静かに瓶を口を付けた。
その姿にすら、どこか気品を感じてしまう。
飲み終わった後、すぐにアイーシャさんを鑑定してみる。
その結果、『歩行障害(小)』は綺麗に無くなっていた。
「治ったと思いますが、いかがですか?」
「え、もう?
やだわ、そんなにすぐに治るわけが――」
アイーシャさんは足を眺めながら、軽く身体をよじった。
そしてしばらくしてから、少しずつ足の上げ下げを始める。
「……あら? あらら? う、うそっ!?
ね、ねぇ、見て! 足が……上がるわよ!?」
信じられない光景に驚くアイーシャさん。
その横で、ルークさんも呆然とつぶやいている。
「……信じていたけど……、本当だったんだ……」
ルークさん……それって本当に信じていたんですかね?
じとっとした目でルークさんを見つめるも、彼がこちらを見ることは無かった。
「アイナさん! 素敵なお薬をありがとう……!
本当に、本当にありがとう……っ!!」
アイーシャさんは両手で私の手を取って、拝むように頬を当ててきた。
……うん。
そんなに喜んでくれると、こっちも嬉しくなってしまうよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――それにしても、アイナ様は本当にすごい錬金術師だったんですね!」
アイーシャさんの家からの帰り道、ルークさんは興奮気味に話し掛けてくる。
何せ、私の錬金術はレベル99だからね!
得意げに答えるのもどうかと思い、外面的には誤魔化すように微笑み返す。
ところで――
「そういえばルークさんは、私に何か用事があったんですか?
ルイサさんの後押しもあって、アイーシャさんの家まで付き合ってもらいましたけど」
「あ……、えっとですね!
それはもう大丈夫になりました! 気にしないでください!」
……え?
アイーシャさんの家までの往復で、解決しちゃったってことかな?
何だか分からないけど、それならいいか。
「そうですか。てっきりデートのお誘いかと思ったんですけど」
改めて、からかい直す。
ルークさんはあわあわと何かを言っているが、やはり真面目な青年なんだなぁと思い直す。
「わ、私がアイナ様を、デ、デートにお誘いするなんて!
そんなことが、許されるはずもありませんっ!!
その台詞を力強く言わせるのは、きっとプラチナカードの影響だろう。
「ああもう。
私はそんなに偉くなんて無いんだから――」
……ふと、遠くの方から歓声のような声が聞こえてきた。
「何だか向こうの方、賑やかですね?」
「あ、はい。
今日はですね、この街に英雄シルヴェスターが訪れることになっていまして」
「へー。英雄……ですか」
「はい!
世界を股に掛けて、行く先々の国でたくさんの難題を解決していて――」
……その後、ルークさんの熱弁は5分ほど続いた。
「――はっ!?
も、申し訳ありません、自分ばかり長々と!」
「いえ、とても楽しかったです。
ルークさんは英雄に憧れてらっしゃるんですね」
「はい!」
元気に肯定するルークさん。
男の子って、強い人に憧れるものだからなぁ。
「それでは、私たちも見に行きますか!」
「気を遣って頂かなくても大丈夫です。
私はアイナ様を宿屋までお送りする義務が――」
「ああもう、私も見たいんです!
良いから行きましょう?」
「――ッ!?」
ごちゃごちゃと言うルークさんの手を取って、私は歓声の方に向かって走り出した。
手を握って走るだなんて。
いやー、青春だね!
……我ながら、そんなことを考えてしまったよ。
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