昼下がり。
ワイは寝苦しさに目を覚ました。
じっとりと汗が滲んどる。空気は生ぬるく、まとわりつくような不快感が肌に張り付いとる。息をするたび、湿気が肺の奥に絡みつくような気がする。なんや、熱帯夜でもあったんかと思うほどの蒸し暑さや。寝返りを打とうとした瞬間、腕に妙な重みを感じた。動かそうとしても、しっかりと何かが乗っとる感覚。違和感に眉をひそめ、ゆっくりと目を開けた。
「……ん?」
視界の端に映ったのは、淡い陽の光を浴びる綺麗な肌やった。まるで陶器みたいに滑らかで、じんわりと浮かぶ汗が光を弾いとる。乱れた衣服の隙間から、華奢な肩と鎖骨が無防備に露出しとった。
ケイナや。
彼女はワイの隣で、ワイの腕を枕代わりにしながら、すやすやと寝息を立てとる。長い睫毛がわずかに震え、寝息に合わせて肩がゆっくりと上下しとる。髪が寝乱れ、額に貼り付いとるのがやけに無防備に見えた。
……いや、ちょっと待て。これは明らかにおかしい。
「……おい」
ワイはそっと声をかけた。が、ケイナは反応せん。ただ、ゆるく唇を開いたまま、心地よさそうに息を吐くだけやった。細い指先がワイの袖をちょんと摘まんどるのが、なんや妙に幼げで――少し戸惑う。
それにしても、なんでこんなことになっとるんや……?
昨夜の記憶を辿る。宵闇に紛れ、果樹園にチンピラ共が押し寄せてきたんやったな。軽く一時間を超える死闘の末、ワイらはそれを撃退。ワイの【戦後】能力でチンピラ共を捕縛して、朝方に衛兵に引き渡した。その後、疲れ果てて仮眠を取ることにしたんやが――確かケイナは自分の寝床に入っとったはずや。
(……いや、そういや寝る前の様子がおかしかったか?)
ぼんやりとした記憶の端に、ケイナの不安げな表情が浮かぶ。戦闘の疲労か、それとも戦闘後の興奮や恐怖のせいか。普段の彼女は幼いながらもどこか気丈で、弱音や動揺をあまり表に出さん性格やが――そういえば、昨夜は違った。口数も少なかったし、ちらちらとワイの方を見とった気がする。
……そういうことか。
ワイは小さく息をついた。慎重に腕を引き抜こうとした、その瞬間。
ケイナがふにゃっとした顔でワイの腕を抱きしめた。
「……んぅ……あったかい……」
かすれた寝言混じりの声が、やけに耳に残る。まるで心の奥にじんわりと染み込むような響きやった。
「……やめんか」
軽く声をかけるも、ケイナの腕の力は緩むどころか、逆に強くなる。まるで温もりを手放すまいとする子猫みたいや。ワイの腕にすり寄るように、無防備な寝顔を晒しとる。その表情は、かつての彼女とはまるで別人やった。
痩せ細った体で、必死に生きとった頃のケイナ。骨ばった手足、痛ましいほどに突き出た肩。そんな姿はもうない。今の彼女はちゃんと飯を食っとる。ナージェ果樹園自慢のリンゴやマンゴー、それに市場で買ってきた肉類や穀物。栄養のあるもんを摂るようになって、身体つきも柔らかく、丸みを帯びるようになった。
……こらマズいで。
ワイはそんなつもりでケイナを助けたんやない。ましてや、こういう展開を望んどったわけでもない。せやけど、もしこの状況を誰かに見られたら……間違いなく言い訳不可能や。
本気で引き剥がさなアカン。そう決意した刹那、背後に鋭い気配が走った。
「――何してるの?」
ピキッと、空気が凍る音が聞こえた気がした。
ゆっくりと振り向く。そこに立っとるのはリリィやった。腕を組み、真昼の太陽を背負って佇む彼女。その表情は無――けど、目が完全に怒っとる。
「ちゃうねん、これは――」
「ナージェの寝相が悪いせい?」
鋭い言葉。まるで逃げ道を封じるような問いや。
「いや、そうやなくて――」
「ケイナの寝相が悪いせい?」
「……せやな」
「ふぅん。そういう言い訳をするのね……」
その言葉にゾッとする。これは完全に詰みや。逃げ道ゼロ。
レオンは後ろで苦笑いしながら髪をガシガシかいとる。こいつ、絶対楽しんどるやろ。
「……朝から騒がしいな」
レオンが呟く。その瞬間、ようやく状況を理解したケイナが、目をぱちくりさせながらワイの腕を凝視した。
「ん……あれ? あ、あれれ? ナージェさんの腕……? って、ええええっ!?」
ほんの一瞬の沈黙の後、弾かれたみたいに飛び退るケイナ。その顔は見る間に真っ赤や。
「ち、違うの! 私、そんなつもりじゃ――!」
「わかってるわよ」
リリィはため息をつきながら、呆れたように髪を払った。その表情に非難の色はあるものの、怒りは薄れとるようや。
「とりあえず、起きなさい。朝食――いえ、昼食の支度もあるし」
「そ、そうですね!」
ケイナはバタバタと服を整え、必死に平静を装っとる。ワイも心の中でそっと胸を撫で下ろした。
(……朝から心臓に悪いで、ホンマ)
窓の外を見ると、陽はもう高い。けど、さっきまでの騒ぎのせいか、まだ朝の続きを生きとるような気がした。
リリィが先に部屋を出て、ケイナがその後に続く。レオンがワイの横を通り過ぎる時、ふっと小さく笑った。
「……にぎやかで、いいじゃないか」
ワイはそれに何も言わず、ただ肩をすくめた。
ほんま、騒がしい寝起きの一幕やった。けど、まあ――たまにはこういうのも、悪くないんかもしれん。
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