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side mio
もときさんに手を取られ、並んで洗面所へ。
石けんを泡立てる間、ちらりと視線を感じて胸がきゅっとなる。
――こんなふうに隣に立って手を洗うだけで、どうしてこんなに落ち着かないんだろう。
タオルで手を拭き終えると、自然にキッチンへ足が向く。
もときさんはダイニングの椅子に腰を下ろし、頬杖をついてこちらを見ていた。
「エプロン……借りますね」
声をかけてから、キッチンにあるエプロンを手に取る。
素早く腰で結び、準備完了。
「僕も手伝おうか?」
頬杖をついた彼が、にこやかに問いかける。
「いえ、大丈夫です。もときさん、今日はおつかれだと思うので。あしたからお仕事ですし」
冷蔵庫へ向かい、食材を取り出して並べる。
「……じゃあお言葉に甘えて、先にお風呂入ってこようかな」
彼が立ち上がり、ふらりと私の背後へ。
次の瞬間、後ろから腕が回され、きゅっと抱きしめられた。
「……っ」
声にならず、手が止まる。心臓が跳ねて、顔が一気に熱を帯びる。
「ほんっと、かわいいなぁ」
耳もとで低く囁かれて、息が詰まった。
返事もできず固まっていると、彼はいたずらっぽく笑って手を離す。
「じゃ、行ってくる」
おどけるように手を振り、軽い足取りで脱衣所へ消えていった。
落ち着かせるように、私は黙々と料理を進めた。
お米をとぎ、野菜を切る。包丁がまな板を打つ音が、心のざわめきを少しだけ整えてくれる。
手際よくオムライスの下準備を済ませながら、ふと「オムライスだけじゃ味気ないかな」と思い立ち、冷蔵庫にあった野菜とベーコンをざくざく刻んでコンソメスープも仕込む。
鍋から立ちのぼる湯気に包まれていると、少しだけ落ち着く。
――あとはオムライスの卵を焼けば完成。
静まり返った部屋に、火の音だけが響いている。
無音なのは少し寂しい。
……でも、さっきのことを思い出すと胸が落ち着かない。
後ろから抱きしめられた感触、耳元の声。
思い出すだけで心臓がまた跳ねる。
「……テレビ、つけてもいいかな」
つぶやくように言って、リビングのテーブルに置いてあるリモコンに手を伸ばす。
画面が明るくなり、賑やかなバラエティ番組の声が部屋に広がった。
少しだけ空気が柔らかくなる。
ふと、大きなテレビの下――テレビ台に視線が吸い寄せられた。
そこにはDVDが飾られている。ほとんどは奥にしまわれているのに、一枚だけ、まるで見せるように立てかけてあった。
「……これ」
そっと近づき、手に取る。
ジャケットには『Harmony』と書かれていて、裏面にはライブのセットと、演奏するミセスの三人が映っている。
ステージの照明を浴びて、真剣に音を鳴らすその姿に、自然と胸が高鳴る。
――やっぱり、もときさんってすごい人なんだ。
そして……もときさんの歌ってる姿、ちゃんとみてみたいな。
side mtk
脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ。
さっきから頭の中は彼女のことでいっぱいだ。
「……ぼくは、男子高校生か!」
シャワーを浴びながら、小さく自分にツッコミを入れる。
ひと通り汗を流したあと、湯船にお湯をためる。
ざぶん、と肩まで沈むと、ようやく熱が落ち着いていく。
風呂から上がり、リビングへ戻る。
そこで目にした光景に思わず足が止まる。
彼女が、テレビ台に飾ってある僕たちのライブDVDを手に取って眺めていた。
ジャケットに映る自分たちを、まっすぐで真剣な目で見ている。
「みおちゃん……お風呂、出たけど」
声をかけると、彼女がぱっと振り返った。
「あっ、おかえりなさい。あの、このDVD、ちょっと見てみたくて……お借りできますか?」
その遠慮がちな言葉が、どうしようもなく愛おしい。
「もちろん。むしろ、うちにあるDVD全部貸してあげるよ」
思わず笑って答える。
「えっ……でも持って帰るの大変じゃないですか〜〜。でも……全部、お借りしたいです」
困ったように眉を下げながら、それでも素直に言葉を重ねる彼女。
その仕草に胸の奥がきゅっと締めつけられる。
――ほんとうに、どこまでかわいいんだろう。
side mio
「あっ、そういえば……もうすぐごはんできるので。食べますか?
あと、勝手にテレビつけちゃってごめんなさいっ……!」
急に恥ずかしくなって、口が勝手に動く。
「大丈夫だよ。食べようか。準備するね」
優しい声でそう言ってくれるもときさん。
私はオムライスの仕上げに取りかかる。卵をかき混ぜ、フライパンに流し込む。
その間、彼は支度を終えてダイニングの椅子に座り、スマホを眺めながらもチラチラとこちらを見る。
「ねぇねぇ、オムライスに僕の名前書いてよ」
いたずらっぽい笑顔でそんなことを言う。
「っ……! そんな恥ずかしいことしません!」
「え〜〜、サービス精神ないなぁ〜」
からかう声に、耳まで熱くなる。
卵でごはんをくるりと包み、仕上げに冷蔵庫からケチャップを取り出す。
名前はさすがに無理。でも……。
――なら、猫ちゃんを描こう。自分の分にも。
皿に盛りつけ、スープを先にテーブルへ運ぶ。
あとからオムライスも出すと、彼が目を輝かせた。
「おおっ、猫ちゃんじゃ〜ん。かわいいし、おいしそう。ありがとね」
私はようやく席につき、二人で「いただきます」をする。
……だけど、彼が最初に一口食べるまで、不安で箸をつけられなかった。
「……うっま。みおちゃん、ほんと料理うまいよね。しかも猫ちゃんの絵、かわいいし」
口いっぱいに頬張りながら笑う彼。
「……メイドさんかな、みおちゃん」
「まっ……! へんなこと言って……!」
思わず声が裏返る。
「だって、みおちゃんかわいいからなぁ。メイド喫茶で働いたら、みんな絶対ほっとかないよ」
半分茶化すように、でも半分は本気みたいな声色で。
胸がきゅっと締めつけられる。
――どうして、そんなことさらっと言えるんですか……。
side mtk
「だって、みおちゃんかわいいからなぁ。メイド喫茶で働いたら、みんな絶対ほっとかないよ」
――まあ、ぼくがほっとかないんだけどね。心の中で付け足して、ひとり苦笑する。
彼女は「ほんともときさん、ずるいっ」と顔を赤らめて抗議するように言った。
「そういえば、みおちゃん休みの日とかは何してるの?」
ふと思いついて話題を変える。
「んー、いまは毎日休みみたいなものですけど……」
くすりと笑い、続ける。
「仕事してたときは、休日はほぼ家に引きこもって配信とかゲームとかしてました。あ、あと映画を観たり……かな。基本インドアです」
「ふふっ、僕と似てるね」
自然と笑みがこぼれる。
そんな他愛のない話を交わしながら、気づけば食事も終わっていた。
彼女が素早く食器を片づけようと立ち上がる。
「僕がやるから、みおちゃんはお風呂入っておいで。さすがに任せっきりは申し訳ないから」
「ありがとうございます……じゃあ、お言葉に甘えて」
軽く会釈し、トートバッグを手に取る。
「タオルとか置いてあるから、好きに使っていいよ」
「わ、わかりました!」
慌てて返事をして、小走りで脱衣所へ消えていく。
その背中を横目で見送りながら、僕は水音を立てて皿を洗い始めた。