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side mio
脱衣所に逃げ込むように入り、扉を閉める。
久しぶりにひとりきりになれたことで、ようやく息がつけた。
衣服を脱いでいき、ふと鏡に映る自分の姿に目をやる。
――首元に、赤く残った彼の痕。
やっぱり何回見てもドキリとする。
そして同時に、自分が「お預け」なんて言ってしまったことも。
胸がざわつき、顔まで熱くなる。
自分で口にしたくせに、何をされるのかを想像してしまっている。
そんな自分が恥ずかしくてたまらない。
「……っ、ばか……私……」
小さく呟き、逃げるように浴室のドアを開け放った。
お風呂から出て、体と髪をタオルで拭く。トートバッグから下着と部屋着を取り出し、半袖のワンピースを着込む。膝丈で、ふんわりしたかわいいシルエット。
バッグの中を探っていると――
「……あ、化粧水……忘れた……」
家に帰ったのに、持ってくるのを忘れるなんて。
借りるしかないけど……流石に勝手に使うのは気が引ける。
今朝は気を利かせて置いておいてくれたけど、今回はどうしよう。
思い切って脱衣所のドアを開ける。
首だけ出してキョロキョロすると、ソファでスマホをいじっていたもときさんの腕が見えた。
「あのー……もときさん」
声をかけると、彼が顔をあげる。
「ん?」
ゆっくり体を起こし、こちらを見た。
「化粧水とか……借りても大丈夫ですか? 家に帰ったのに、忘れちゃって」
「ふふっ。いいよ。でも場所わかんないでしょ? 行くわ」
side mtk
彼女に呼ばれて立ち上がる。
脱衣所へ向かうと、ワンピース姿の彼女がちょこんと立っていた。
濡れた髪から滴る水滴が鎖骨をつたい、首筋へと消えていく。
「昨日も見てるけど……すっぴんのみおちゃんも、かわいいね」
化粧をしているときよりも、ずっと儚げに見える。
可愛いというより、美しいガラス細工のようで――思わず目を奪われる。
「えっ……」
頬を染め、目を泳がせる彼女。
「もときさんだって……肌、綺麗じゃないですか!」
急に続けてくる。その論点のズレ方すら、かわいくて仕方ない。
「んー、美容オタクだから仕方ないんだと思う」
笑って、棚を開ける。
「今朝見たとき、リップの数にびっくりしました」
「あはは、集めるの好きなんだよね」
「ふふ……私も、ちょっとは見習わないとですね」
「みおちゃんは、そのままでも十分かわいいよ」
スキンケア一式を手渡しながら、さらりと言葉を落とす。
「まっ……! そんなこと……よく淡々と言えますね!」
顔を真っ赤にして抗議する彼女。
恥ずかしさが頂点に達したのか――
「も、もときさんっ……出てってください!」
僕の家なんだけどなぁ、と思いつつも、口元が緩む。
「はいはい。じゃあソファーでお待ちしておりまーす」
軽く手を振って、扉を閉めた。
彼女が洗面所から戻ってくる。
ぱちっと目が合うと、自然と隣をぽんぽんと叩いた。
「……おいで」
「し、失礼します」
少し照れたように腰を下ろす。
柔らかな黒髪はヘアクリップで後ろにまとめられていて、
その首筋から覗く白い肌がやけに眩しい。
「まだ21時過ぎだし、映画でも見る?」
「んー、いいですね!」
声は弾んでいて、目がきらきらと輝いている。
リモコンを手に取り、VODをぽちぽち。
すると、彼女が前のめりになって画面を指差す。
「あ! この映画、新作出たんですね!」
シリーズものの“魔法界”を舞台にした人気ファンタジー。
「ほんとだ、僕も逃してたから観てないや。これにする?」
「しますっ!」
嬉しそうに頷く彼女の声に、思わず笑みがこぼれる。
二人で飲み物とお菓子を準備しにキッチンへ向かう。
グラスを並べながら、ふと横を見れば――。
彼女は、なんだか落ち着かない様子で視線を泳がせている。
その肩を抱き寄せたら、多分もう理性は持たない。
だからこそ、あえて何もせず、笑ってスルーする。
(……誘われ待ち、してる?)
そんなふうに見えて仕方なくて、胸がきゅうっとなる。
side mio
ふたりでキッチンからグラスとお菓子をテーブルへ運び込む。
さっきから、意識しすぎて心臓がうるさい…
ソファに並んで腰を下ろすと、もときさんがリモコンを手に取った。
「じゃ、はじめるよ」
画面には魔法界の世界が広がる。主人公と魔法動物たちの冒険が続く――。
「この魔法動物……!かわいい!」
思わず声を上げると、彼が横でくすっと笑う。
「みおちゃんみたい」
「えっ?! わたし、こんな盗人みたいなことしません!」
慌てて否定し、頬をぷくっと膨らませる。
ちらりと横目で見てきた彼が「ごめんごめん」と言いながら、自然に私の頭をぽん、と撫でた。
そのまま肩を抱き寄せられ、私は彼の胸元に身体を預ける格好になってしまう。
「……っ」
息が止まる。彼の体温がすぐそばにあって、呼吸のリズムまでも伝わってくる。
(やばい……映画どころじゃない……!)
視界の端で魔法動物たちが動き回っているのに、頭の中はぜんぶ彼のことでいっぱいだった。
side mtk
彼女の肩を抱き寄せながら、映画の画面に視線を戻す。
でも意識はぜんぶ隣にある。
ちらりと見やると、澪ちゃんは頬を真っ赤にして目を逸らしていた。
指先は落ち着かないようにワンピースの裾をいじっている。
からかうように、わざと耳元でささやく。
「映画、集中できてる?」
「……っ、で、できてます」
言葉とは裏腹に、声は震えていた。
肩をすくめて笑うと、彼女は観念したようにため息をつき、
そっと僕の肩に頭を預けてきた。
柔らかい髪が頬に触れて、心臓が跳ねる。
彼女の体温がじんわり伝わってきて、理性の糸が緩んでいく。
スクリーンの光に照らされた横顔は、無防備で、愛おしかった。
映画が終わり、エンドロールが流れる。
「おもしろかったねー」
僕が伸びをすると、彼女も頷いて微笑んだ。
「みおちゃん、眠くない? 片付けて歯磨きしよっか」
そう促すと、彼女はこくんと頷く。
「じゃあ、私が洗い物します」
「ん。じゃあ僕、先に歯磨きしてくる」
洗面所で歯ブラシを動かしていると、すぐに澪ちゃんもやってきた。
並んで、カチャカチャと同じ動作をする。
鏡に映る二人の姿が妙に“夫婦感”あって、思わず口元が緩む。
「な、なんですか」
「ん? 別にー」
…かわいすぎて言えない
歯磨きを終えて、洗面所の電気を消す。
「じゃ、お布団行こうか」
声をかけると、彼女はこくんと頷いた。
その頬がほんのり赤いのを見逃さなかったけど、あえて何も言わない。
僕が先に布団に潜り込む。
「……おいで」
手を軽く伸ばすと、彼女は一瞬ためらったあと、遠慮がちに布団へ入ってきた。
「もっとこっち。端っこで寝る気?」
少し笑って、彼女の肩を引き寄せる。
小さな抵抗があったけれど、結局はすぐに力が抜けて、僕の胸に背中を預ける形になった。
彼女がくるっと体制をかえて僕の胸に顔を埋める。
「…あのっ…おあずけ…なんて言って…ごめんなさい。」
か細い声でそう言うと、顔を上げて触れるだけのキス。
ついに折れたか——そう思った瞬間、ずっと我慢してきた分、今度は少し悪戯してやりたくなる。