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「……は?」
理解できない。何故俺の胸から腕が飛び出しているんだ?
「なんだ……これ……」
その腕がゆっくりと俺の体から引き抜かれると、熱い血が噴き出し、俺はたまらず前に倒れ込んだ。視界がぼやけていく。
「ごっ……」
声を出すたびに喉に血が絡まり、息が苦しい。理解できない。何が起きているのかもわからない。ただ、背後に立つ人影が楽しそうに笑っていることだけがはっきり見えた。
「クックックッ……ああはははは!」
そいつは、俺の混乱も苦しみも嘲笑うかのように、腹を抱えて大笑いしていた。
「ひー……ふっはっはっは……ふぅ……
君たち僕に騙されていたんだよ!実に滑稽だったね!」
騙されていた? こいつは何を言っているんだ? 視界が揺れる中、なんとかそいつの顔を見ようと視線を上げる。すると、俺の記憶にある顔がそこにあった。
「え……?父さん?」
「そうだよ!僕が君の父さんだよ!」
そいつはニヤリと笑みを浮かべ、倒れ込んだ俺を無慈悲に何度も踏みつけた。
「君がっ!馬鹿正直にっ!信じてくれたっ!おかげでっ!全部上手くいったんだ~よっ!」
言葉とともに、俺の体が地面に叩きつけられる。しかし、痛みはすでに感覚から遠のいていた。痛み以上に、信じていたものが裏切られた衝撃と絶望が、心をえぐっていた。
「とりあえずぅ、そいつにとどめ刺しちゃおっか!」
奴は俺を踏んで、隠れて治癒魔法を唱えていたヘラクレスの元へ向かった。
「君も残念だったね!|風切断《ウインドカッター》!」
ヘラクレスの首と胴体が別れた。
奴は次に少年の方へ向き直り、冷たい目で言い放った。
「君は……誰だい?うーん、まあいいや。死ね」
その言葉が終わると同時に、少年の胸が奴の腕によって貫かれた。少年は血を吐き出し、倒れ込む。引き抜かれた腕から血が滴り、奴はそれを少年の服で拭った。
奴は満足そうに笑い、やがて俺を見下ろすようにして立ち止まった。
「さて……君も、気になってるんじゃない?今まで何が起きていたのか」
奴は楽しげに、まるで劇場で観客に語りかける役者のように身振りを交えながら饒舌に語り出した。
「それじゃあ教えてあげるよ。君の父さんとか師匠を殺したの、ぜーんぶ僕」
「え……?じゃあなんで父さんの顔……」
「まーだわかんないの?しょうがないなあ……」
奴の顔が液体の様にぐにゃりと変形していく。そして、瞬く間に、そこにはヘラクレスの顔が浮かび上がっていた。
「僕、顔変えれるんだ。君の父さんなわけないだろ」
「は?何を……言ってるんだ……?」
よくわかっていない俺を横目にやつはため息をついた。
「……君、理解力ないね。だーかーらー、全部僕が仕組んだの。ヘラクレスに怨みがいく様にね。」
そこで俺はやっと理解したがやつは続ける。
「道中うまく行きすぎて疑う事はなかったかい?迷宮の一発目から当たりを引いたり、修行中とか絶好のチャンスなのに襲って来なかったり、挙げ句の果てには転移した瞬間ヘラクレスだよ?」
それ以外にも、確かにうまく行った事はいくつもあった。その時、何故疑問を持たなかったのだろう。
「君は僕にいい様に使われてたってこと!今までご苦労様!君、治癒魔法は使えないだろう?そのまま苦しんで死んでね!」
俺が今までしてきた事は全部無駄だった……?
それを自覚した瞬間、奴へのどうしょうもない怒りと、一つの疑問が生まれた。
背を向けて歩いて行こうとする奴に疑問を掠れた声で投げかけた。
「……何故こんな事をするんだ?」
奴はふと足を止め、振り返りながら肩をすくめて言った。
「えーだってヘラクレス、僕のこと殺そうとするんだもん」
怒りで砂を握りしめる。
「他に方法があったんじゃないか……!」
すると、奴は再び顔を変え、今度は血まみれの父さんの顔にして嘲笑した。
「アレス!助けてくれぇ~。…………ねえ、こっちの方が楽しいじゃない?」
そう言って、奴は笑いながら歩いてどこかへ行ってしまった。
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そうして今に至る。
あそこからどうやって助かったかと言うと、治癒魔法のスクロールを使い、かろうじて生き延びた。少年にも同じ物を施したが、ヘラクレスはすでに息を引き取っていた。
奴は俺を苦しませる為にわざと一撃で死ぬ急所を外していやがった。皮肉にも奴のおかげで俺は助かったのだ。
奴を今すぐにでも追いたい。自分にできるなら、どこまでも追って、その顔に報いを与えてやりたい。しかし、現実は厳しい。ヘラクレスとの戦いの後、何故か体に後遺症のようなものが残っている。魔力が全く回復しないのだ。
そして、最も厄介なのは、奴が顔を変えられることだ。こんな世界で、そんな能力を持った奴を探し出すなんて、果たして可能なのだろうか。奴がどこにいるのか、今の俺には何の手がかりもない。もし再び遭遇したとしても、あの時のように簡単に騙されてしまう気がしてならない。
だが、それでも俺は、あいつの思うようにさせるわけにはいかない。俺みたいな奴が増えてしまわないように、この本を残しておく必要がある。それだけは、何としてでも果たさなければならない。
「全てを疑え」
「何も信じるな」
「二度と後悔は消えない」
……これが、俺の最後に残す言葉だ。後悔はしてほしくない。これだけは、覚えておいてほしい。
わかったな。
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「ふぅ……」
やっと書き終えた。うまく書けただろうか。正直、無駄かもしれないが、これが少しでも誰かの役に立つことを願うしかない。
……心の中にぽっかりと穴が開いたような、虚無感が広がっている。俺はこれからどうすればいいのだろうか。
……うーん、考えてもわからない。
だが、俺みたいな奴が増える事は絶対に許されない。俺にはもう、何も残っていない。でも、どこかにいる誰かのために、後もう少しだけ頑張ろう。
そう思い、俺は重い腰を上げた。
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結果として彼の本は世に出回る事はない。
あの、顔を変えられる謎の人物が燃やしてしまうからだ。
だが、アレス=ディスタス、彼の生き様は後世にこう語り継がれることとなる。
五界覇神を二人も葬ったとされる最恐の人物。
「神殺しの英雄」と。