ハロウィンの日から、ミセスはいくつかのライブを行なっていた。菜穂さんが懇意にしているライブハウスで、多くのバンドが一緒にライブをする中に、俺たちも組み込んでもらっているのだ。
 「涼架くん、だいぶキーボードに慣れてきたわね」
 上達した、とは決して言わない、プロの菜穂さんの言葉がありがたくも辛辣に身に沁みる。皆よりも遅れて加入した上に、キーボード歴はゼロ。俺は、元貴の恋人であるが故に、実力を伴って皆に認めてもらわなくては、と必死になってキーボードに熱中していた。
 季節はだいぶ寒さを増して、気付けば12月半ばに暦が移り変わっていた。
 「涼架くん、久しぶり」
「あー、亮平くん、久しぶり〜」
 大学構内を歩いていると、後ろから肩を叩かれ、亮平くんが話しかけてくれた。
 「次、講義入ってる?」
「ううん、練習室行こっかなって思ってたけど、亮平くんは?」
「俺もない。ゼミまでまだ時間あるし、良かったらお茶でもどう?」
「行く行く〜」
 俺たちは、学食へ向かい、自販機で飲み物を買って、流石に外は寒いからと、中の席に適当に着く。
 「涼架くん、最近どう? やっぱりバンド忙しい?」
「うーん、そうだねー。練習やってもやっても、なかなか追いつけないな、って感じで。なんせ初心者なもんでね」
 俺は、ホットココアを啜って、あち、と声を漏らした。亮平くんは、ホットコーヒーを飲みながら、眼を細める。
 「頑張ってるね」
「ふふ、ありがとう。いつもさ、ライブ、蓮くんと観に来てくれて。凄く励みになってるよ、ほんとに」
「蓮も行きたがってるし、俺だって皆のこと応援してるからね。高野も綾華も、若井くんも元気にしてる? 」
「うん、それはもう。それぞれに充実した日々をお過ごしですよ」
「はは。それは涼架くんもでしょ」
「…はい。…って、亮平くんもじゃん!」
 俺は、顔を赤くして、亮平くんの言葉に同じ事を返した。元貴と付き合い始めて、元貴に承諾を得てから、すぐに亮平くんに報告をした。亮平くんは、自分のことの様に喜んでくれて、俺は本当に嬉しかった。
そういう亮平くんも、文化祭の後も何度か蓮くんとデートを重ね、この度晴れてお付き合いを始めたと、少し前に教えてくれたのだった。
亮平くんが、机で腕を組んで、少し身を乗り出す。
 「ね、涼架くん、進路って、大森くんと話したりしてるの?」
「進路? いや、別にしっかり話してもらった訳じゃないけど、元貴は進学はしない、と思う。このまま菜穂さんの事務所でお世話になるんじゃないかな 」
「ふーん、ということは、涼架くんも、って事だよね?」
「うん、そう…だと思うけど…クビにならなければ…」
「ちょっとぉ、後ろ向きだなぁ」
 亮平くんが困った様に笑って、俺の肩を叩いた。ごめんごめん、と笑って謝る俺を見つめて、亮平くんが口を開いた。
 「…実はさ、蓮に、誘われてて」
「なにを?」
「留学」
「留学?! なんの?!」
「ダンス。アメリカのダンスチームの留学制度に参加しないかって」
「はぇー…」
「…俺、ダンスのプロはどこかで憧れながらも、踏み出せないでいたんだよね」
「…うん」
「だけどさ、蓮が…蓮となら、もしかしたら…って、思っちゃったんだよね」
「…そっか…」
「…うん」
「うーん、進路ねぇ…。そんな時期だね…」
「まぁ、まずは2人とも選考に受からないと話にならないんだけどね」
「亮平くんと蓮くんなら大丈夫だよ! 俺、2人のダンスほんとに大好きだから、全力で応援する!」
「ふふ、ありがと」
 亮平くんは嬉しそうに微笑んだ。
留学選考、俺はダメだったから。亮平くんと蓮くんは、チャンスを掴めたらいいな。俺は、ぬるくなったココアを飲みながら、そう思った。
 亮平くんと別れ、練習室へ歩きながら、俺はぼんやりと考えていた。進路、かあ。元貴は、当然このままバンドのメジャーデビューを目指して邁進していくのだろう。俺は、それに精一杯の努力でついていくつもりだし、元貴はこれからの未来に俺を組み込んでくれている。俺の未来にも、すでに元貴は当たり前のようにいてくれている。
今は、とにかくキーボードの技術をしっかりと、ミセスの、元貴の求める表現まで高めていくことに集中しないと。
 12月のメインイベントといえば、クリスマス。ハロウィンの時と同様に、俺たちは事務所のスタジオから、クリスマスの生配信でライブを行った。みんなでサンタ帽子を被って、煌びやかな装飾の中で、18時から1時間ほどの配信だった。最後にはみんなでわやくちゃに喋って、挨拶をして締めようか、となった時。
スタッフさんから、お知らせがあります、とカンペが出た。
 「え? カンペ…お知らせがあります、って、なにこれ?」
「知らないー、なにー?」
「怖い怖い」
 元貴と綾華と若井が口々に話す。
 「皆さんの、メジャーデビューが、決定しました」
 スタッフさんから、そう告げられて、一同はぽかんとした表情でお互いを見た。その瞬間、周りのスタッフさんからクラッカーが鳴らされ、俺たちはビクッと肩を竦めた。
 「え、ほんとに? いつ?」
「お2人の卒業がまず第一関門です」
「うわー!」
 元貴が天を仰ぐ。皆が元貴の肩を揺すって、おい頑張れ! と叱咤激励した。その後は、皆で喜ぶ姿を見せ、次のライブの告知をして、配信は終了した。
 「ほんとに元貴知らなかったの?」
「知らない知らない! やられた!」
「まずは卒業だって。元貴はアレとして、若井は大丈夫なの?」
「大丈夫だわい!」
 俺たちが戯れていると、菜穂さんが笑顔で近づいてきた。
 「皆お疲れ様、詳しい事は、年明けから詰めていきましょうね」
「はい、よろしくお願いします」
「まずは、卒業ね」
「はいー…」
 元貴が苦笑いで返す。若井に肩を組まれ、がんばろーな、と励まされていた。
皆が、いそいそと帰り支度を進めている。ハロウィンですらデートをしていた彼らだ。クリスマスの今日などは、言わずもがな、だった。
 「若井も、中条さんと?」
「うん。でもま、あっちもクリスマス公演観に行ってんだけどね」
「あそっか、吹部の定演か」
「そーそー、引退したけど友達と観に行くって言ってたから」
「そっかー、忙しいね、2人とも」
「いーよなー、涼ちゃんと元貴は」
「う…すみません…」
「別に責めてないし。羨ましいってだけ」
 文化祭の時は、素直にお付き合いを始めていた若井と中条さんが羨ましいと思っていたのに、いつの間にやら若井に羨ましがられる方になっていた。嬉しいような、恥ずかしいような、申し訳ないような…。
 「へへ、でもさ、今日は俺、あやみの家にお呼ばれしてんだよね」
「へえ! じゃあご挨拶じゃん!」
「いやもう何回も会ってんのよ。自分で言うのもなんだけど、結構気に入られてると思う、俺」
「おおー、さすが若井さん」
「いつまで喋ってんだ、さっさと行けよ」
 元貴が俺たちの間に割って入り、若井を追いやった。若井は時計を確認して、やべっ、と言いながら、急いでスタジオを後にした。
 「じゃ、俺らも行こっか」
「うん」
 今日は、スタジオのキーボードをお借りしたので、俺はあの大荷物は持たずに済んでいる。元貴はギターを背負って行かねばならないので、代わりにリュックを持ってあげた。
 駅前に着くと、街路樹や植栽などそこかしこに、煌びやかなイルミネーションが施されていた。冬の澄んだ空気に、キラキラと眩い光が揺れている。
 「わー、きれー」
「…こーいうの、好き?」
「うん、好き!」
 俺が光に見惚れていると、ふと元貴の視線を感じて、そちらを見た。元貴は、イルミネーションではなく、俺を見ている。
 「なに?」
「…別に」
「なにさ」
「…単純だなぁ、と思って」
「いーじゃない、綺麗なんだから」
 俺が拗ねた声でそう零すと、元貴が俺の左手を握って、光を見上げながらぽつりと呟いた。
 「うそ。可愛いなって思って」
 俺は、頬が緩むのを感じながら、元貴の手を優しく握り返した。
 「…俺の部屋、来る…よね?」
「うん。ちゃんと片付けてる?」
「今日は、ちゃんと綺麗にしてきたよ」
 目を細めた元貴が、ふふ、と笑う。あの日の約束通り、俺たちは少しずつ、2人の行為を進めてきた。今日は、とうとう、最後まで結ばれる日だ。
俺たちは、少しの恥ずかしさと、しかし大きな期待を胸に抱きながら、俺の部屋へと帰りついた。
 コンビニで調達した食べ物を冷蔵庫にしまいながら、俺は元貴に話しかけた。
 「お風呂さあ、洗ってあるから、お湯入れて先入っちゃってよ」
「…一緒に入らなくていいの?」
「…ちょっと、今日は………ひとりで…」
「…ん 」
 後ろからぎゅっと抱きしめた後、元貴はお風呂場へ歩いていった。
お風呂を上がった元貴と入れ替わりで、トイレを済ませていた俺はお風呂へ入る。
 
 
 いつもより念入りに、全身をくまなく綺麗に洗い上げた。きゅ、と鏡を手で擦り、自分の顔を見てから、その緊張している表情に自分で苦笑いを零す。
 今日は、元貴と、最後まで。
 その為にも、俺はしっかりと準備をする必要がある。洗面所の戸棚の中に隠していたものを手に取り、浴室内で自分の後ろを解し始めた。
指で、毎日のようにマッサージをして、そこはだいぶ柔らかさを持つようになっている。先端が細く、根元にいくにつれその太さを増していく形をした道具を、潤いを与えた自身に埋めていった。
 「…っ 」
 絶対に元貴にはバレないよう、声を殺して、元貴を受け入れる為に柔らかく広げていく。恥ずかしい。怖い。でもそれ以上に、元貴とひとつに繋がりたい。その一心で、俺は1人でなんとか充分と思えるまでに解し終えた。
 リビングに行くと、薄暗い照明の中で元貴がベッドに腰掛け、少し緊張した面持ちで俺を待っていてくれた。その様子に、思わず顔が綻ぶ。元貴も、俺と同じに、緊張しているのかもしれないな。
 「お待たせ…」
「…うん。涼ちゃん、来て」
 両手を広げ、元貴が俺を呼ぶ。素直にその中へ入り、抱きしめられたまま、ぼすんとベッドに横たわった。
 「…いい匂い」
「…元貴も」
 俺が顔を見上げて見つめると、元貴も顔を近づけてきた。ちゅ、と唇が触れたかと思うと、何度も唇を喰み、熱い息を漏らしながら舌が絡み合っていく。ゾクゾクと腹の奥が疼き、もぞ、と脚を動かしたその腿に、元貴の硬くなった熱が当たる。そのまま擦り付けるように腰を動かす元貴に、服をするすると脱がされていく。露わになった胸の尖りを舌で転がされ、お互いの手でそれぞれの熱を包んで動かす。
 「あ………」
「…ん………」
 お互いに甘い声を漏らし、元貴が身体を動かして上に覆い被さってきた。手に潤いをつけ、俺のそこの柔らかさを確認する。元貴の眼が見開かれ、下肢に落としていた視線をこちらに向けた。
 「…涼ちゃん、これ…めっちゃやらかいんだけど…」
「…うん…」
 恥ずかしさに頭がぼーっとする程、血流が上へ昇ってきた。元貴の顔が、嬉しさに綻ぶ。そして指が、緩やかに奥へ進んできて、中を探り始めた。
 「あ…! え…っ?!」
 びくん、と身体が跳ね、先程ほとんど作業の様に自分で道具を使って解していた時とは全く違う、お腹の奥が切なくなる様な、まだ知らない快感へと誘われる様なぞくりとしたもので、身体の芯が痺れた。
 「あ…だ、や…だめ…っ!」
「痛い?」
 全然強くない力で、やわやわとそのしこりを触られ、俺は頭を振って初めて知る快感に怖さを感じていた。だけど、決して痛くはないし、どちらかと言うと…。
 「き…きもちい…けど…あっ!」
「ほんと? ここが気持ちいいの?」
 嬉しそうに顔を近づけ、笑顔でキスを落としつつ、まだそこを刺激し続ける。射精にまでは至らない、だけどそこへ向かうようなぞくぞくとした快感に、ずっと腹の奥から突き上げられている感覚。ふるふると勝手に内腿が震え、元貴の腕を強く握ってしまう。
 「あぁ…! ま、って…、とめ…て…!」
「…かわいい…」
 つ、と指を引き抜き、キスで少し舌を絡めた後、元貴が熱い視線で見つめてきた。
 「…涼ちゃん、舐めてくれない…?」
「…うん」
 元貴が服を全て脱ぎ、ベッドの枕の辺りに上半身を預ける。俺は、元貴の脚の間に身体を据え、ゆっくりと口に熱を含んだ。元貴のものが大きいのか、俺の口が小さいのか、そのどちらもなのかは分からないが、歯を立てないように全体を咥えるだけでも一苦労だ。とてもじゃないが根元までは入れられず、これで合っているのか不安を覚えながらも取り敢えず頭を上下に振る。すぐに、自分の口だけでは含みきれない唾液が、じゅ、と溢れ出して、音を立ててしまう自分が恥ずかしかった。
元貴は、天井を仰いだり、熱を含んだ眼で俺を見つめたりして、ちゃんと気持ちよさを感じてくれているようだった。その姿が可愛くて、俺はしばらく頑張って動いていたが、だんだんと顎が疲れてきてしまって、そっと口を離した。
 「…はぁ…」
「大丈夫…? ありがとう、めちゃくちゃ気持ちよかった…」
 元貴が腕を広げて、俺を呼ぶ。その中にぎゅっと入り込んで、ちゅ、ちゅ、と何度か口付けをしながら、元貴が俺を布団にそっと寝かせた。身体を起こして、元貴がゴムをつけるのを、心臓の音を煩く感じながら見つめていた。とうとう、あれが、俺の中に…。
元貴が俺の脚を持ち上げ、大きく広げる。羞恥心は最高潮になり、顔を背けて枕をぎゅっと握る。
 「…涼ちゃん、ちから、抜いてね…」
「…うん…」
 潤いを与えた元貴の熱を、俺の後ろにそっとつける。ふぅー…と息を吐いて、迎える気持ちの準備を整えた。元貴は、そこを見つめながら、手を添えてぐっと前へ押し進めた。潤滑液によってぬるりと開かれたところへ、圧迫感と共に大きな違和が中へ入ってきた。
 「は…あ…っ!」
「っ…痛い?」
 俺の声に驚き、元貴が動きを止めた。ふる、と頭を振って、止めなくていいと伝える。元貴は心配そうに俺を見つめていたが、またゆっくりと奥へ向かって腰を前へ進めていく。だいぶ解せていたからだろうか、違和感は物凄いものの、痛みはさほど感じない。ぐ、と最後まで入れ込み、元貴の下腹部が俺にくっついた。
 「元貴…」
「うん、入った、全部。涼ちゃん…」
 俺が手を広げると、元貴がぎゅっと抱きしめてくれた。とく、とく、と、身体を密着させたところから互いの鼓動が聴こえる気がする。唇を重ね、ぬるりと腰を引くと、優しく元貴が抽挿を始めた。内壁を、元貴の膨張しきった熱で擦られ、言いようのない感覚に、お尻へ意識を集中させられる。ぞくぞくして、ちょっと気持ちいい。でも、少し苦しい。
元貴が身体を起こし、少し抽挿の角度を変えた。右手で俺の熱を包み込み、ゆっくりと扱き始める。さっき、指の腹で探られた気持ちのいいところを、元貴の熱で擦られる。同時に俺の熱も刺激されて、枕を強く握りしめ、首を反らせて声が漏れた。
 「う…ん…あぁ…は…あ…!」
 俺の反応を、嬉しそうに顔を綻ばせて見る元貴が、手の動きを早めていく。腰の動きも大きくなり、元貴の荒い息遣いが耳に届いた。ぞくぞくと、身体の奥を絶頂へ向かう快感が這い上ってくる。
 「ん…あ、い、…っく…あぁ!」
 身体を震わせて、元貴の手の中から白濁を吐き出した。お腹にぱたぱたと落ちたそれを、元貴が手で塗り広げるように撫でる。唇を噛み締めて、元貴も強い打擲音を鳴らしながら、俺の奥を容赦なく穿つ。荒い息を繰り返し、元貴が息を呑むように喉を詰まらせる。と同時に、俺の中で何度か元貴の熱が膨張し、ようやっと彼も果てたことを感じた。ふぅ、と息を吐いて、元貴がゆっくりと熱を引き抜く。
ゴムを処理して、ティッシュで軽く俺の身体を拭いてくれた。後ろは流石に恥ずかしいので遠慮させてもらい、自分でそっと拭く。ひりつくような甘い痛みが、そこに残っていた。
 「ん…」
「…ごめん、最後、我慢できなかった。痛かった、よね? ごめんね」
「ううん、大丈夫…」
 優しく俺を心配する瞳で、元貴が抱きしめながら見下ろしてくる。俺は、緩く笑って、嬉しい痛みでもある、この後ろに残る熱を噛み締めていた。
 しばらく抱きしめ合って、とうとう結ばれたという幸せに2人で浸った後、服を着て冷蔵庫から食べ物を出し、温め直してローテーブルに並べる。
定番のチキンや、パスタ、サラダにジュースなどを用意して、2人でローテーブルに向かい合って座椅子に腰を据えた。元貴が初めて家に来た後に、2人とも座れるようにと、一つ座椅子を新しく買ったのだ。
 「じゃあ、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
 元貴がグラスを傾けて、俺がそれにかちんと合わせる。しゅわしゅわと口内を刺激しながら、炭酸の甘味が喉に降りていく。
 「…甘い」
「ん? やっぱ涼ちゃんはお酒の方が良かった?」
「ううん、そうじゃなくて」
 炭酸のような青春。そんな歌詞を、つい思い出してしまう。本当に、あの歌に、元貴に、俺は救われたんだな。こんなにも幸せな時間を、まさか自分が貰えるなんて。実習初日に、少し不貞腐れながら元貴の家に向かっていた時には、思いもよらなかった未来だ。
 「…こうして、元貴と付き合えて、こんなにも幸せで。不思議だなぁ、って思っただけ」
「ほんとだね」
 元貴は、目を細めて俺を見つめる。
 「まさか、涼架ちゃん先生が、俺に靡いてくれるとは思わなかったしなぁ」
「なに、涼架ちゃん先生って。もう先生じゃないし、それちょっと罪悪感持っちゃうんけど」
「え? 罪悪感?」
「…未成年に、教え子に、手ぇ出しちゃった、ていう…」
「…どっちかっつったら、手ぇ出されてんじゃん」
 顔が熱くなって、もう! と怒ると、元貴がケラケラと嬉しそうに笑った。美味しいねと言い合いながらご飯を食べ進め、もうはち切れそうな程にいっぱいになったお腹に、最後のケーキを押し込んだ。
 「あー…買いすぎたか…」
「テンションあがっちゃったね。来年はもうちょっと量を考えてから買おうか」
「来年」
 ベッドにもたれるように座椅子を並べて隣に座っていた元貴が、嬉しそうにエクボを見せてこちらを覗き込む。来年もまた一緒にクリスマスを過ごす、それを当たり前のように話す俺に、嬉しさを感じてくれてるようだ。
 「あ、そーだ。クリスマスプレゼント」
 元貴がそう言って、部屋の隅に置いた鞄を取りに行った。俺も、座椅子の横に置いた鞄から、小さな袋を取り出す。
 「はい、これ」
「ありがとう。開けていい?」
「うん」
 元貴に渡されたシックなプレゼント包装を開けると、からし色のシンプルな手袋が入っていた。手に取ると肌触りが良く、する、と手を通してみると優しく温めてくれた。
 「わ、凄い、なんか気持ちいい」
「中はカシミヤだよ」
「カシミヤ?! 高そう…」
「外は合皮だけどね」
「あ…ありがとう。動物さんの革性は苦手だから、嬉しい…」
「ふふ…。やっぱりね」
 にこっと笑って、もう片方の手袋を元貴が嵌めてくれた。手を合わせてすりすりして、へへ、と元貴に手のひらを見せる。
 「あったかい」
「…かわい…」
 そう呟くと、慌てて元貴が俺の膝にある小さなプレゼントに目を移した。
 「それ、プレゼント?」
「うん、はい」
 手袋を嵌めたまま、元貴にそれを手渡す。微笑んだまま、元貴が袋のリボンを解いて開いた。逆さまにして、手の中にころんと取り出したそれは。
 「え…」
「…いつでも、来ていいからね」
 ふわふわとした灰色のネコちゃんのキーホルダーを付けたこの部屋の合鍵を見て、元貴が固まった。あれ、もしかして、なんか違ったかな。心配になって顔を覗き込むと、がばっと急に首元に抱きつかれた。
 「うぶっ」
「…めちゃくちゃ嬉しい…」
「ふふ、よかった」
「…涼ちゃん、大好き」
「俺も、元貴が大好きだよ」
 首に腕を回したまま、膝立ちをして俺を見下ろす元貴が、甘い視線で愛を囁く。俺も、元貴の腰に腕を回して、微笑んで愛を返した。
そっと唇を触れ合って、クリスマスの高揚感と、幸せな暖かさを感じながら、俺たちは抱きしめ合った。
幸せな時間だけが、2人の周りに降り積もっていた。
 
 
 冬休みに入る直前、俺はゼミの教授に呼び出されていた。人もまばらな大学構内を歩き、教授の部屋の前に着くと、ノックをしてドアを開ける。
 「失礼します」
「ああ藤澤くん。すまんね、どうぞ」
「いえ、失礼します」
 お辞儀をして中へ入り、教授に促されるままにソファーへ腰を下ろす。
 「うん。実はね、君にいい話があってね」
「いい話?」
「君、今年の春に、選考受けたでしょう。フルートの」
「ああ、フランス留学の。はい、受けました」
「あれにね、欠員が出たらしくて 」
「え…」
「来年の春からにはなるんだけど、次点合格してた君に優先的に声がかかっているんだよ。選考を受け直す必要がないらしいんだが、どうする?」
 膝に置いた手に、じわ、と汗をかく。ズボンをぎゅっと握りしめて、俺はごくりと喉を鳴らした。
 「…今すぐの、お返事が必要ですか?」
「いやいや、急な事だからね。君も少し考える時間が欲しいだろうと思ってね。先方には3月の選考準備までには返事をすると伝えているよ」
「そう…ですか」
「留学期間は2年だからね。さらに向こうの楽団に入れるとしたら、こちらへの復学は難しいと思っておいた方がいい。大学の事も併せてご家族とも良く相談して、返事を聞かせてもらえるかな」
「わかりました…。お時間を頂いてありがとうございます」
「うん」
 深々と頭を下げて、教授室を後にした。
 構内を歩き、ポケットから、からし色の手袋を取り出す。そっと手に嵌めると、俺の冷えきった手を優しく温めてくれた。
 
 
 『涼ちゃん』
 
 
 俺の名前を呼ぶ優しい元貴の声が、頭の中に響く。ほう、と白い息を吐いて、俺は冬天を見つめた。目尻からは、温かな雫がひとつ、こぼれ落ちていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
コメント
124件
テラー開いてなかったー😭相変わらず好きです
ここまでの話、一気見させてもらいました!過去のことがあって恋愛に踏み出せずにいた涼ちゃんと、音楽に没頭していた大森さんが、最初からは想像もできないほど仲良くなっていって、嬉しくなりました!若井も、最初は涼ちゃんに対して冷たい態度とってたけど、めっちゃ仲良くなってたなぁ、松嶋先生も、苦手だなぁ〜って思ってたんですけど、めちゃくちゃいい先生で、なにより出てくる人が豪華で!長文すみません!続き楽しみにしてます!
600人、おめでとうございます🎉嬉しい!🫶 きましたね!クリスマスセンシティブ🎄🥰待ってました😊めちゃくちゃ潤いました😚手を出した出された、そんなの、どっちも正解です正義。ちゃんとクリスマスセンシティブに向けてお部屋片付けちゃうりょさん…何考えながら片付けてたんだろうな…妄想する… 続きも…りょさん、どうするのかな?答えを聞いて、元貴さんはどうするんbだろう…待ってます☺️