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──夏が過ぎやがて秋が訪れて、冬には挙式でドイツへ渡るため、予約スケジュール等の調整からなるべく早めに休業の報告をする必要があり、差し当たって結婚することをクリニックでも知らせなければならなくなった。
「スタッフへ、結婚を伝えなければならないですよね…」
食事を終えた後で、テーブルに頬づえをついた彼が口にして、ふぅーっとひと息を吐く。
「あの、先生が言いにくいようなら、私の方からそれとなく話しておきますけど」
眉間にしわを寄せやや困っているようにも窺える彼にそう伝えると、「いいえ」と首が左右に振られた。
「そういうことは私の方からはっきりと言わなければ、示しがつかないでしょう」
グラスに注いだ白ワインをごくっと一口飲んで、
「それともうひとつ…皆にも私の口からしっかりとした形で結婚の報告をしたいので」
そう言って、かつては見たことのなかった清々しい顔で笑う彼に、「はい」と頷いて、「ではお任せしますね」と、微笑い返した。
朝の申し送りの時間が済んで、それぞれの業務に向かおうとする私たちを、
「待ってください。今日はまだ少し話があります」
政宗先生が呼び止めると、
「今度、結婚をすることになりました」
と、唐突に切り出した。
不意討ちで告げられて赤面する私の横で、松原女史が「えっ、結婚って…先生がですか? 誰とです!?」と、声を上げる。
「やったじゃん…智香」と、真梨奈に肘を小突かれ、森川さんには「おめでとうございます」と、声をかけられて、いよいよ顔が真っ赤になっていると、「こちらに……」と、彼の隣へ引き寄せられた。
「私は、彼女とこの冬に結婚をします」
彼の言葉に森川さんが拍手をすると、真梨奈も一緒に手を叩き、松原女史も釣られるように拍手をして、その場は一気に祝福ムードに包まれた。
「……先生、あの…ちょっと恥ずかしいんで…」
もう少し落ち着いた雰囲気で報告をしてくれるものだとばかり考えていたので、突然の発表には照れが隠せなかった。
「何も恥ずかしがることなどはないでしょう?」
耳元で囁かれて身体がぐっとそばへ抱き寄せられると、顔はますます熱く火照った。
「智香、よかったねー! そうだ、今日の閉院後におめでとうのパーティしようよ?」
真梨奈が言い出して、「いいですよね? 政宗先生」そう声をかけると、
あまりそういう話には乗らないようにも思えた彼が、「そうですね」と意外にも頷いた。
「やった! 森川さんも、松原さんももちろん行きますよね?」
「はい、是非に」と、答える森川さんに対し、「そう…ね…」と、やや複雑な表情で応じる女史の顔を見やりながら、
政宗先生は、本当に変わったな…と、感じていた。
以前の彼なら、きっと賑やかなパーティーの席なんて即座に否定していたんじゃないかと思う。
もしもお付き合いの中で彼も変わるものがあったのだとしたら、こんなにも幸せなことはないと感じた。
そしてそれは、結婚してからも続いていく幸せでありたいと、心から願った──。