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次の日、早めに職場に行った。
「おはよう!今日は早いのね?」
同僚が話しかけてくる。
「うん、ちょっと用事があってね」
答えながら、同僚たちを見る。
みんな、だいたい同じくらいの年齢、同じような見た目。
で、どうなんだろ?
まさか、「してる?」とは聞けないけど、気になる。
「おはよう、どうしたの?こんなに早く」
「この前はどうもありがとうございました。チーフのおかげで娘のことは片付きました」
りんごを陳列しながらの洋子にお礼を言った。
「お礼を言われるようなことは、してないけどね」
「いえ、お金より浮気の方がマシかも?って聞いていたから、助かりました。で、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。ここってパートから正社員になれたりします?」
「正社員?もしかして小平さんが?」
洋子は、少し驚いた様子だ。
「正社員の採用条件は、30歳までなのよ。ごめんね」
「やっぱり?そうですよね。もう45ですもんね」
「まだ45、なんだけどね」
にっと笑う洋子。
やっぱり、無理だよなぁ、年齢制限にひっかかるか。
「仕事の邪魔しました、ごめんなさい」
ちょっと考えよう。
事務所に行き、着替えて仕事の準備をする。
今のままではあまり自由になるお金はない。
旦那の扶養の範囲内ということで、収入は月に8万円までに抑えている。
生活費は、食費とスマホ代以外はすべて旦那が払ってるから、私のお小遣いとしては3万くらい。
これじゃあ、ジムに行ったりお洒落をしたりするのには、絶対足りない。
パートを増やしても、中途半端な額だとよけいに損をしてしまう。
この際、新しい仕事を探してみるか。
年齢を不問にしてくれるところ、ないかなぁ。
今の私にできる仕事って、なんだろ?
玉ねぎとニンジンとじゃがいもを並べながら考える。
本日の特売品だ。
今夜の晩ごはん、あちこちでカレーの匂いがしそうだなと思った。
仕事が終わって、車で帰ろうとしたとき、エンジンのかかりが悪かった。
「えっ、もしかして、バッテリーが弱ってる?」
4、5回トライしてやっとなんとか、エンジンがスタートした。
次の点検は3ヶ月後だ。
帰り道にある車の整備工場に寄って帰ろう。
完璧にバッテリーが悪くなる前に。
「あの、車のバッテリーが弱ってると思うので、ちょっと見てもらえませんか?」
通勤路に以前から看板だけは見つけていたけど、店舗は角を曲がったところにあった。
車は念のため、エンジンをかけたままだ。
「いらっしゃいませ、いま、エンジニアを呼んで来ますね」
受付の女性がにこやかに対応してくれてほっとした。
もうすぐ閉店の時間だと思うのに、嫌な顔をされなくてよかった。
「お待たせしました、拝見しますね」
紺色のツナギの作業服を着た男性が出てきた。
ボンネットを開けてバッテリーを見る。
「すいません、ちょっと、エンジン切ってもらっていいですか?」
「あ、はい、いま」
運転席に座り、エンジンを切った。
「あ、キーをどうぞ」
「お預かりしますね」
何回かエンジンをかけたり切ったりしていた。
「やはりバッテリーのようですね、交換しますがいいですか?」
「お願いします」
パタパタと走り、新しいバッテリーと工具を持って来て作業にかかる。
テキパキと早い。
よく見ていると、工具入れの中は綺麗に整理整頓されて、工具もひとつひとつキレイに磨いてあった。
バタンとボンネットが閉まる音。
「終わりましたよ、ちょっとエンジンをかけてみてもらえますか?」
「はい、やってみます」
キーを受け取り、エンジンをかけた。
軽くエンジンが始動する。
直った。
「あ、大丈夫みたいですね」
「ありがとうございました、よかった」
工具を片付けて、受付へと案内してくれる人。
こっそりネームプレートを見た。
【真島貴】
真島さん、か。
後ろからついていく。
肩くらいの長さの髪を、後ろでひとつに結んでいる。
少しの汗と香水が混ざった匂いがした。
おー、働く男のニオイだ、なんて思う。
受付カウンターで、女性が待っていた。
「バッテリー込みで8600円になります」
「カードでいいですか?」
「はい、お預かりしますね」
カードで精算中、真島が名刺を出してきた。
「また何かありましたら、こちらまでご連絡くださいね。いまのところ他に悪いところはないみたいですが」
「ありがとうございます、こんな遅くに駆け込んでしまって」
「いえ、いいんですよ。帰る前でよかったです」
「ホントに…」
ふと見上げた受付カウンターの後ろの壁に、一枚の大きな写真があった。
車のレースに参加したのだろうか?真島と数人の男性が車を囲んで写っている。
「ありがとうございました、カード支払いの明細と領収書です」
「どうも。あ、あのその写真って?」
気になって聞いてみた。
「これですか?これは去年レースに出たときのやつです、アマチュアですが」
真島が答えてくれた。
「カッコいいですね!写真見てるだけでも楽しそうなのがわかりますし」
「ありがとうございます、楽しいですよ。唯一の趣味なんです」
「レースが、ですか?」
「走るのもイジるのも」
「車も楽しそうですね、私、バイクなら少しやるんですけど」
「バイク、乗るんですか?カッコいいじゃないですか!」
しばらく、車とバイクの話が盛り上がった。
「あっ、ごめんなさい、仕事、いつまでも終われませんね」
「構いませんよ、話題が楽しかったので時間を忘れてました」
にっこりと笑う人。
そんなに大きくない目が、笑ったことでクシャッと見えなくなった。
ほんわかと笑う人だな。
「ん?」
その笑顔越しに、壁に貼られたチラシに目がいった。
「どうしました?」
「あの、あそこのチラシって…」
「チラシ?あー、求人の?なかなかいないんですよ」
「年齢制限とかありますか?」
「仕事ができる人なら、関係ありませんよ」
「ちゃんと資格がないとダメですよね?」
「資格がないなら、給料が下がりますが、働きながら資格をとってもらえば上がりますので」
ぴん!ときた。
これだ、この仕事がしたい。
「私、やりたいです!資格はないです、でも頑張って資格をとりますから」
「整備士ですか?」
「ちょっとだけやってたことがあるだけですが、興味があって。ダメですか?」
「俺の一存では決められないから、明日にでもまたきてくれますか?」
思いもよらない展開。
「じゃ、明日、履歴書を持ってきますので、社長に面接をお願いしておいてください」
「いいですよ、でも、女性にはキツイかも?」
「かまいません、勉強して資格を取れば給料も上がるんですよね?」
「はい、それは保証します」
「じゃ、また明日、来ます。ありがとうございました」
急いで車に乗って、コンビニへと急いだ。
履歴書とそのための写真を撮るために。
ワクワクしてきた。
なんでこんな気持ちになったのだろう?
あの人のおかげかな?
真島貴。
いい人みたいだし、どうせ仕事をするなら楽しそうな仕事がいい。
「頑張って資格を取って、給料アップだ!」
思わず声に出る。
コンビニでご褒美に、新製品のパイナップル酎ハイとイカピーを買った。
ご褒美が、すっかりオジサン化してるって思ったけど。