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「おいで、可愛い子ちゃん。僕とお散歩しよう」
レオンが爽やかスマイルで手を伸ばした瞬間。
バチィィィッ!!!
「あ、がっ!?」
強烈な魔力静電気が炸裂した。
レオンの自慢の金髪は重力を無視して全方向に爆発し、見事な「ライオンのたてがみ」に変貌した。
「……」
アレクが威圧感を放ちながら、無言でリードを構える。
バチバチバチバチッ!!
「……っ!」
青白い火花がアレクを包み込む。彼の漆黒の髪は、ウニのようにツンツンに逆立ち、頭からシュウシュウと白い煙が上がっていた。
「……加減が難しいな」
「それ、僕が最初に言いたかったよ」
***
その頃、私は教室で魔獣カフェの配置図に赤ペンを入れていた。
客席の導線。
ワークショップ用の机の位置。
羊の待機スペース。
餌やり体験の時間割。
考えることは山ほどある。
(よし。アレクとレオンに散歩を任せている間に、私は売上予測と安全対策を詰めるわよ)
そう思った、直後。
「ドゴォッ!」
「ズドォン!」
校庭から、轟音みたいな音が響いた。
「……え?」
私は窓の外を見下ろし、固まった。
なんとか首輪をつけたらしい羊たちが、広い校庭で本能を覚醒させていた。
跳ねる、などという可愛いものではない。
駆け回り、垂直方向へ数メートル級の弾丸ジャンプを繰り返している。
「ま、待て! 止まれ……うわあああ!?」
リードを握ったアレクとレオンが、一瞬で宙を舞った。
羊が着地するたびに、地面へ叩きつけられる二人。
ドゴォッ!
バフッ!
ズドォン!
「……」
私は窓辺で絶句した。
(これ、散歩よね?)
(戦場じゃないわよね?)
アレクが反射的に闇魔法を練り上げた。
赤黒い魔力が、彼の腕にまとわりつく。
「これで大人しく──」
「待って!!」
私は慌てて窓を開け、校庭へ向かって叫んだ。
「毛並みに傷をつけないでって言ったでしょ!」
「……っ」
アレクの魔力が、寸前で止まる。
「じゃあ、僕が光の鎖で拘束しようか」
レオンが、爆発した金髪のまま指先に光を集めた。
「それもダメ! 魔法で毛色が変質したら商品価値が下がるわ!」
「商品価値……」
レオンの笑顔が、ほんの少し引きつった。
「つまり、僕たちはこの暴れ羊を、ほぼ素手でどうにかしろってことかな?」
「そういうこと! あなたたちなら出来るでしょ!」
「これ、散歩っていうより戦場だよね!?」
「黙れ、レオン! リードを離すな!」
「離したら君も飛ばされるよ!?」
もはや、どちらが散歩されているのか分からない。
私は窓からその光景を見守りながら、資料に追記した。
【注意:散歩係は必ず体力及び防御力の高い者を配置】
(……これは重要事項ね)
***
「もう、水を使おっか?」
レオンが、半分魂の抜けた顔で提案した。
アレクも無言で頷く。
二人がそれぞれ水の入った大きなバケツを持ち上げた、その瞬間。
「メェ!」
羊が突進した。
ばしゃん!!
水は見事に羊へかかった。
ついでに、アレクとレオンにも盛大にかかった。
羊の毛並みはあっという間にしぼみ、二回り以上小さくなっていく。
ふわふわだった毛玉は、綿あめサイズの愛らしい羊に戻った。
「めぇ」
何事もなかったように、羊は可愛く鳴く。
そこには、ずぶ濡れで、服はボロボロ。全身から疲労を漂わせた二人の姿だけが残された。
***
一時間後。
散歩を終えた羊たちは、魔力を放出しきったのか、綿あめサイズの愛らしい姿に戻っていた。
「めぇ」
何事もなかったように、私の足元へトコトコと寄ってくる。
「まあ、いい子ね」
私は羊の頭を撫でながら、帳簿に必要経費を書き込んでいた。
その後ろから、服はボロボロ、ずぶ濡れの幽霊のような二人が、足をもつれさせながら帰還した。
私は帳簿をつけたまま、顔も上げずに告げた。
「ああ、お帰りなさい。しっかり散歩できたみたいね。ご苦労様」
「…………あ、ああ……」
「……バイオレッタ、君、意外と人使いが荒いね……」
「当然よ。文化祭まで時間がないもの」
私は二人の前に、書類を置いた。
「はい、これ次の『やることリスト』よ。15分後には什器の搬入作業があるから、クラスのみんなと手伝ってちょうだい」
アレクとレオンの顔から、さらに血の気が引いた。
「……まだ、あるのか」
「文化祭準備って、結構過酷なんだね……」
「何を言っているの。まだ始まったばかりよ?」
私はにっこりと笑った。
学園祭の成功のためなら、たとえ相手が婚約者だろうが王子だろうが、使える労働力は使い倒す。
それが、社畜として鍛え上げられた私の流儀である。