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「遠慮しなくてもいいのにぃ。減るもんじゃないし」
湊の口から漏れた、少しだけ甘えたような女性らしい語尾。
その響きが、完璧な「男装」のビジュアルとぶつかり合って、穂乃果の脳内で激しいエラー音を鳴らす。
(バグる……! 脳が、激しくバグる……!!)
「男」としての圧倒的な美しさと、「女」としての柔らかな気遣い。
バーのカウンターでは女性として君臨しているナオミと、バックヤードでモーニングを完璧に着こなす女性の湊。
病院で押し付けられていた「性別」や「役割」という名の常識が、ここでは紙屑のように脆く崩れ去っていく。戸惑いはある。けれど、そのカオスな空間が、今の穂乃果には不思議なほど、呼吸しやすい安息の地に感じられた。
「……穂乃果さん、顔真っ赤。へぇ、意外と可愛いところあるんですね」
湊がくすくすと笑いながら、ようやくガウンを穂乃果の肩にかけた。
その指先がうなじに微かに触れた瞬間、穂乃果はまた、粟立つような熱い鳥肌に包まれる。
「これは、ナオミさんが気になっちゃうのもわかるなぁ……」
「へっ!?」
情けない声が漏れた。
あまりの衝撃に、湊にかけられたガウンをぎゅっと握りしめる。
ナオミが自分を気になっている? あの、美の化身のような、自分勝手で、傲慢で、けれどどこか孤独を纏った彼女が?
「な、ナオミさんは、単に私が家事が得意だから、居候させてくれてるだけで……」
「あはは、本当にそう思ってるんですか? ナオミさんが、自分のプライベートな空間に他人を入れるなんて、よっぽどのことですよ」
湊はいたずらっぽく片目を瞑ると、穂乃果の耳元で囁くように続けた。
「穂乃果さん、気を付けて下さいね? ナオミさん、かなり凄いらしいから」
「す、すすす……凄いってなにが……」
「やだなぁ、そんなの僕の口からは言えませんよ」
湊は、指先を唇に当てて「内緒」のポーズをしてみせた。その仕草一つとっても、溜息が出るほど絵になっていて、それがまた穂乃果の混乱に拍車をかける。
「あとは、穂乃果さんの――ご想像にお任せします」
「っ……!?」
顔から火が出そうな勢いで真っ赤になる穂乃果を見て、湊は楽しそうに笑い声を上げた。その時、バーの方からナオミの鋭い声が飛んでくる。
「ちょっと! 随分時間かかってるみたいだけど、どうなってるのよ!」
「やべっ、ちょっとからかいすぎちゃいましたね。穂乃果さん、急いで着替えちゃいましょうか」
「えっ、あっ! はいっ」
そうだった。手伝いに来たのに、これでは何のために来たのかわからない。
どこからどう見ても完璧な美少年にしか見えない湊に、この半裸に近い状態で手伝ってもらうのは、正直に言えば正気の沙汰ではない気がした。 けれど、背に腹は代えられない。
震える手でライトブルーのワンピースを掲げると、湊は「失礼しますね」と、まるで映画のワンシーンのように流れるような所作で穂乃果の背後に回った。
湊の指先が、穂乃果の剥き出しの背中に微かに触れる。
女同士だと分かっていても、その「男性的」な骨格を宿したシルエットが間近に迫るだけで、穂乃果の肌には粟立つような熱い鳥肌が立った。指先は硬くて長いのに、動きは驚くほど繊細で丁寧。肩甲骨の間を撫でるように通っていくその感触が、どこか罪深い秘密を共有させられているようで不覚にもドキドキしてしまいそうになる。
「こっちへ。髪も簡単にセットしなおしますね」
「す、すいません。お願いします」
促されるまま椅子に座る。鏡の前にはいつの間にか、クリーム色のターバンやピンクのヘアクリップ、そして繊細な装飾のヘアピンが整然と並べられていた。
湊の指先が魔法のようにヘアピンを操ると、あっという間に重たかったトップの髪がふんわりとまとめ上げられていく。
鏡の中にいるのは、穂乃果の知らない、一人の「女」だった。
いつもはゴムで一括りにするだけの、生活感にまみれた髪型ばかり。自分で自分をこんなに華やかに彩れるなんて、想像すらできなかった。新鮮な驚きが、胸の奥で小さな熱となって弾ける。
「うん、よく似合ってる。穂乃果さんって素材はいいのに、今までは宝の持ち腐れだったんですよね」
「……そんなこと……」
「そんな事あるって。体型を隠すような服だったからどうかなって思ったけど……。こうやってみたら穂乃果さんって意外と……」
湊はそこで言葉を切り、鏡越しではなく、直接穂乃果の顔を覗き込むようにしてまじまじと見つめてきた。
至近距離にあるのは、女性の柔らかさを微かに孕みながらも、凛々しく整った「美青年」の顔だ。
穂乃果は思わず肩を竦め、行き場のない視線を彷徨わせた。
直樹にはいつも「地味にしていろ」「目立つな」と言われ続けてきた。だから、誰かにこうして正面から、しかも熱を帯びた瞳で観察されることなんて、今の穂乃果にとっては耐えがたいほどの刺激だった。
かんな
あかね ♛❤️♛