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第五話 強すぎる君
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今日が始まってしまった。
そんなことを思いながらのっそりとベットから起き上がり、綺麗にベットと毛布を整える。
目覚めは最悪だ。
理由は何と言っても昨日の出来事の他ならなかった。
昨日、切り替えてやっていこうと決めて、夜に作戦を沢山考えて、シミュレーションをしたが全て上手くいかず、勉強も行き詰まってしまった始末だ。
この状況は流石にまずい。
そう思ったが、いい解決法が思いつくわけもなく、気付けばスマイルをいつもの交差点で待っていた。
どうしよう。
そんな漠然とした答えの出ない問題を抱えたままスマイルと合流し学校へと向かう。
「あの図書館デカいよな。」
彼が唐突にそう言った。
何を藪から棒に、と思ったが、確かにここから見えるし図書館のことはあまり話していなかったから一応筋が通っている話題だった。
「行きたいの?」
「うん…まぁ?」
疑問形で答えた彼にどっちだよ、と苦笑するが、そこで俺の頭にある一つのアイデアが思いついた。
放課後までにこの考えをまとめよう。
そう決意したきりやんだった。
――――――――――――――――――――――
きりやんは、よく話しかけてくる。
最初は偶然だと思っていた。
席が隣だから、とか。学級委員だから、とか。そういう理由で。
でも最近は、なんとなく違う気がしている。
(……頻度、多くないか)
朝、昼、放課後。
気づけば隣にいる。
別に、嫌ではない。
むしろ静かな時間に慣れていた分、話しかけられること自体は新鮮だった。
ただ。
(……何が目的なんだろう)
それが、よくわからない。
たまに考えるのだ。なんで俺なんだろう、と。
でも、考えても答えは出ないし諦める以外になかった。
「スマイル」
「……何」
教室の人がまばらになってきて外から運動部の掛け声が運動場に響く放課後。
いつもの声が飛んでくる。
「今日さ、ちょっと遊び行かね?」
特に深い意味はなさそうなトーン。
(……暇だし、いいか)
「……いいよ」
了承する。
きりやんは少しだけ嬉しそうに笑った気がしたが、たぶん気のせいだ。
――――――――――――――――――――
向かったのは、例の新しくできた図書館だった。
ガラス張りの外観。広いエントランス。中は明るくて、人も多い。
「やっぱ人多いなー」
「……そうだね」
きりやんは周囲を見渡しながら、どこかそわそわしている。
(珍しいな)
いつもはもっと余裕があるのに。
そんなことを思いながら、奥へ進む。
館内の一角にあるカフェスペース。前、地域のローカルテレビで特集的なのをやっていた気がする。最近の流行を取り入れた何とも今の若者向けらしいカフェだ。
「ここ寄ってかね?」
きりやんが指さす。
「……いいけど」
特にこだわりはない。
ただ。
「……混んでる」
28,625
席はほぼ埋まっていた。
注文待ちの列も長い。
まぁ、最近出来たものだし注目が集まるのもしょうがないだろう。
「うわ、マジか……」
きりやんの声が、少しだけ落ちる。
(……残念そう)
珍しい。ここにそんなに欲しいものがあったのか、こんなに落ち込んでいるのは彼らしくないなと思う。
「……やめる?」
「……そうだなー……」
少し迷ったあと、きりやんは諦めたように肩をすくめた。
「しゃーない、また今度でいいか」
「……そうだね」
―――――――――――――――――
そのあと。
図書館の外に出て、近くの自販機の前で立ち止まる。
「なんか飲む?」
きりやんは先程のカフェに行けなかった気持ちがヤケになってそう問いかけた。
「……飲む」
特に理由はないが、喉は渇いていた。
きりやんは少しだけ考えてから、白桃のサイダーを選んだ。
自分は、少し迷ってから定番のコーラを押そうとして——
「……」
手を止める。
(白桃、気になるな)
さっき、選ぶのを少し迷っていた味。
この季節限定という言葉がついていて美味しそうなのだから気にならないわけがないだろう。
ただ、結局ボタンは押さずに、コーラを選ぶ。
自販機がピッ、となりガコン、と見慣れたペットボトルが落ちてくる。
「定番だな〜」
「…好きだから」
短いやり取り。
プシュッ、とペットボトルの蓋を開ける音が同時に鳴った。
きりやんが先に一口飲む。
「……あ、これうまいわ」
少しだけ目を細めて言う。
(……そうなんだ)
やっぱり、気になる。
スマイルも同様に一口飲む。
いつも通り美味しいな。白桃の味は気になったが、それだけで満足だった。
「スマイル、」
「…何」
「……飲む?」
きりやんが、少し躊躇いがちながらもそう言った。
一瞬も迷わなかった。
「……飲む」
先程満足したと思ったが、やはり気になるものは気になるのだ。
そのまま、手を伸ばす。
きりやんの持っているペットボトル。
そのまま、口をつけて飲む。
ただ、気になった。それだけ。
「――っ、!?」
隣で変な声が聞こえたような気がするが飲み物を楽しむことにした。
炭酸の刺激と、白桃の甘さ。
(……美味い)
「……美味いな、これ」
甘すぎず、酸っぱすぎない。
素直に感想を口にする。
——そのとき。
妙に、静かだと思った。
「……?」
横を見る。
「え、いや、あの」
きりやんが、明らかに挙動不審だった。
顔が赤く、目線が泳いでいる。
「……どうした」
首を傾げる。
もしかして、炭酸がきつかったのかと思い、
「炭酸飲みすぎじゃないか?」
「違うわ!!」
即ツッコミ。
「じゃあなんだよ」
「いや……え、普通に飲むんだな……?」
「……?」
何を言っているのか、よくわからない。
「……だめだった?」
「いやダメじゃないけど! ダメじゃないけど……!」
なぜか焦っている。
(……よくわからない)
「……別にいいだろ」
そう言うと、きりやんは一瞬言葉に詰まって、それから視線を逸らした。
「……そ、そうだな……」
彼は納得していなそうだったがそう答えた。
「…はい」
彼に炭酸を返す。
「あ…ありがと」
彼の炭酸を受け取る手は若干、震えている気がした。
(……炭酸がヤバかったか?)
そう結論づけたが、本人は何も言わないので、言われたくないのかなと思い、深くは考えないことにする。
―――――――――――――――――――
その後。
特に何かあったわけでもなく、普通に歩いて帰った。
会話も、いつも通り。
少しだけきりやんの様子がおかしかった、というか静かだった気もするが、まあ誤差の範囲だろう。
―――――――――――――――――――
一方、その頃。
(……無理)
きりやんは、内心で崩れ落ちていた。
(今の、何???)
頭の中で、何度も再生される。
——自分が口をつけたペットボトル。
——迷いなく、それに口をつけるスマイル。
(間接キスだぞ???)
事件である。
重大事件である。
(なんであんな普通なの???)
動揺ゼロ。
躊躇ゼロ。
(いや俺だけ!? 俺だけ意識してんの!?)
答えは、明白だった。
(……俺だけだなこれ)
ガックリと肩が落ちる。
(作戦……完璧だったはずなのに……)
カフェで写真を撮って距離を縮める。
そのための流れも、全部考えていた。
(なのに)
結果。
(自販機で間接キスされて、俺だけ死んでる)
意味がわからない。
(しかもあいつ、たぶん何も考えてない……)
それが一番きつい。
(……強すぎるだろ)
スマイルの“無自覚”。
それはもはや、防御ではなく——
(カウンター技なんだよな……)
きりやんは、深く息を吐いた。
「……はあ……」
完全敗北。
だが。
(……でも、まあ)
ふと、さっきの光景がよぎる。
何の迷いもなく、口をつけたあの瞬間。
(……近い、よな)
距離は、確実に。
少しずつ、縮まっている。
「……次だな」
小さく呟いて、きりやんは顔を上げた。
——この戦い、まだ終わる気はなかった。