テラーノベル
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夏休み、俺は高校生だった時の元カノの実菜に会った。
「久しぶり、幸人くん。」
「……久しぶり。」
10年ぶりに出会った実菜の指には結婚指輪が嵌めてある。
「ここのファミレス懐かしいね。高校の時よく行ってたっけ。」
そう言って笑う実菜は綺麗な白いワンピースを着て小綺麗にメイクをして、まるで別世界の住人だった。
「悪かったな、急に呼び出したりして。」
「平気だよー。夫にはちゃんと伝えてあるし。」
夫、という言葉にもう実菜は自分の恋人ではないことを嫌でも自覚させられる。
「よく旦那さんからOKもらえたな。」
「こういう後ろめたくないことはちゃんと伝えた方がいいじゃん?」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんだよ。お腹空いたしなんか食べよ?私パエリアがいいな。」
「じゃあ俺スパゲッティー。」
「幸人くんほんとここのスパゲッティー好きだよねー。」
「そうか?」
「うん、よく頼んでた。」
実菜が昔のことを覚えている。たったそれだけのことで頬が緩みそうになる。自分の単純さが嫌になった。
「それで、どうしたの?十年ぶりに連絡なんかして?」
珈琲を飲みながら実菜が俺の目をじっと見つめる。
「実菜、頼みがある。」
そう言って俺は3万円を取り出した。
「このお金で実菜と俺が付き合ってた時の記憶、売ってくれないか?」
(中編)
「あー……。まさか記憶売買をもちかけられるとはねー。てっきり借金とかまた付き合ってくれとか言われるのかと思ってたから断る準備してたんだけど。」
「そんなわけねぇだろ。ってか断るつもりだったのかよ。」
「っていうか私から買わないでも幸人君だって覚えてるんじゃないの?」
「売った。」
「え?」
「実菜との思い出は全部売った。
実菜との思い出だけじゃない。楽しかった思い出は全部売っちまった。」
実菜の手に持つコーヒーが静かに揺れ、波紋が広がる。
「……仕方なかったんだ。事業に失敗して借金背負って、返すには金が必要だったんだ。…….いい時代になったよなぁ。感情売買に記憶売買。俺みたいななんの取り柄のない奴でも、心を売れば金が手に入る。お蔭で借金はなんとか返せて、今はコンビニバイトでなんとか食いつないでいけてる。」
「……すごいじゃん。ちゃんと借金返したんだね。えらいよ。」
「別にマイナスを0にしただけだっての。」
「マイナスを0にするのって1を100にするのと同じくらい大変で大切なことだよ。」
「…….ありがとう。励ましてくれて。」
「どういたしまして。」
しばらく沈黙してると、頼んでたスパゲッティーとパエリアが届いた。
「……それで、どうして私から記憶を買おうと思ったの?」
「実菜の言うとおり、俺はマイナスから0に戻ったんだ。でも0は0、空っぽなんだ。なーんにもいいことなんてない。朝起きてバイトしてメシ食って寝るだけの毎日。そんな時、高校時代のアルバムを見たんだ。それで実菜のことを思い出した。」
「それまでずっと私のこと忘れてたの?」
実菜が冗談めかして唇を尖らせる。
「しょーがねーだろ記憶売っちゃったんだから。そんで、記憶も全然思い出せないけど……楽しかった気がしたんだ。だってアルバムの俺は笑っていたから。」
「幸人くん…..。」
「だからお願いだ。実菜の記憶を売ってくれ!!頼む。」
俺は実菜に頭を下げる。
「……残念だけど、幸人くんに記憶を売ることはできないわ。」
実菜は目を伏せながらそう言った。
「どうして……。」
俺は落ち着くためにコーラを飲む。
「私にとって、幸人君との思い出は
大切な青春なの。だからこの思い出は
誰かに売ったりできない。」
「……別の男と結婚したのにか?」
「うん。夫は私にとって大切な人。
幸人君との思い出は私にとって大事な青春。この二つは矛盾しないよ。」
まっすぐな瞳で見つめられ、俺はたじろぐ。もう思い出せないけれど、きっと俺は実菜のこんなまっすぐなところが好きだったんだろうな。
「思い出を売ることはできないけれど
思い出を語ることはできるわ。覚えてる?ファミレスで一緒に勉強した時に 幸人君が言ったこと。」
「忘れたよ。売っちゃったから。」
「『俺はこんな田舎には収まらねぇ!!
将来企業してビックになってやるぜぇ!!』ってきらきらした目で言ってた。…….可愛かったなぁ。」
そういって実菜がくすっと笑う。
「…….俺そんな恥ずかしいこと言ってたのか!?」
売ってよかったー。ってか思い出さなきゃよかった。
「あと、カラオケ言った時に替え歌で実菜Loveって連呼したり……。」
「待て待て待て黒歴史じゃん!?もっと恥ずかしくないエピソードないの!?」
「嬉しかったんだけどなー。」
それから実菜は俺の忘れてしまった俺達の思い出を、それはそれは楽しそうに話した。
「それじゃ、そろそろ行くね。今日は楽しかった!!」
実菜が無邪気に手を振る。
「実菜!!」
「……どうしたの?幸人君。」
「…….元気でな。」
「……うん、幸人君もね。」
実菜とファミレスで別れた後、俺は3万円を使って就職用のスーツを買った。実菜の思い出に恥じない人生を送れたらいいなと切に願う。
猫型かいじゅう
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野々さくら
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コメント
3件
わあ…すごく切なくて、でも温かいお話でしたね。記憶を売ってしまった幸人くんと、その記憶を「大切な青春」として守り続ける実菜さんの対比が美しくて。特に「マイナスを0にするのは1を100にするのと同じくらい大切」って実菜さんの言葉、胸に沁みました。最後にスーツを買うシーン、幸人くんの再生の兆しを感じられてじんわりきました。実菜さんの優しさが、忘れられたはずの思い出を超えて幸人くんを動かしたんですね…素敵な1話でした🌷