コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
―――『フェンリル』襲来の翌朝……
改めてドラゴンのアルテリーゼ・シャンタルさんを
交え、私の屋敷で彼女と話し合いの場が持たれた。
(大人の話になる可能性を考慮して、ラッチは
児童預かり所行き)
ルクレセント―――
魔狼といった狼系の魔物、また獣人族から神として
崇められているフェンリル族。
基本的には単体で生活しているらしいのだが、
彼女はドラゴン族との交流も持っていて、
アルテリーゼ・シャンタルとは古い付き合いの
友人であった。
それがどうしてこんな事をしたのかと問うと、
「だって五十年前まで、どっちも結婚して
なかったじゃん!!」
という人類基準ではない目線の言葉が飛び出し、
私とパックさんは夫として事情を詳しく聞く事に。
まとめると……
アルテリーゼが40年ほど前に結婚した事も、
30年前にラッチが生まれた事も―――
ルクレセントは知らなかったらしく、
50年ぶりにドラゴンの住処である深山を
訪ねたところ、何と2人とも結婚したという
話を聞いて、
居ても立っても居られず……
この町へ急行したのだという。
「それがどうして、我が夫に襲い掛かるという
話につながるのじゃ」
「まあ、シンなら負けないと思うけど」
妻2名を前にして、ルクレセントは視線を
そらしながら、
「いや、アルテリーゼを嫁にするほどの男だし?
ウチにも少しは幸せおすそ分け……」
つまりあれは襲おうとしたのではなく、
さらおうとしていたのか。
言葉として『襲う』のは同じかも知れないが。
「言っておきますけどパック君に手を出したら
消 す ♪」
「はひぃっ!!」
笑顔で怒りMAXの殺気を放つシャンタルさんに、
ルクレセントだけではなく、そこにいた全員が
姿勢を正す。
落ち着きを取り戻すと、メルの方から口を開き、
「んで、これからどうするの?」
確かにそれは聞いておかなければならない事だ。
敵意が無いのはわかったけど……
「で、出来ればウチ……
この町にしばらくご厄介になりたいなぁ、と」
下を向きながら言いにくそうに話すルクレセント。
ギルド長や町長代理に話を通せば
大丈夫だろうけど……
ドラゴンの人妻2名がジッと『目的は何だ?』
と無言の圧力をかける。
「あ、い、いや~……
アルテリーゼだってシャンタルだって、この町で
結婚したんでしょ?
だからこの町にいればぁ、ウチにも誰かいい人が
見つかるかも、なんて♪」
その言い分にみんな脱力し―――
とにかく、ルクレセントの受け入れに向けて
動く事にした。
それから3日後の夕方……
私は児童預かり所で、エイミさんと立ち話を
していた。
「どうですか、彼女の様子は」
「とても助かってます。
特に小さな子供たちに取ってあの人は―――」
ルクレさんの受け入れは、ちょうど留学に来ていた
獣人族のティーダ君が、
『是非ともフェンリル様のお世話係に!!』
と立候補してくれたので、
彼女は児童預かり所で暮らす事になり―――
またフェンリルの姿になればかなり大きいので、
人間・魔狼・ラミア族問わず子供たちの人気者に
なった。
眠る時はいつも大部屋で、20人ほどの子供たちと
一緒だそうだ。
また、町にフェンリルが加わった事で、メルの
水魔法による魚類巨大化も、ドラゴンだけでなく
フェンリルも獲ってきたと誤魔化せるようになり、
さらに彼女自身も狩りで獲物を獲ってきたりして、
食料供給の安定に貢献する形となった。
そのお礼と様子見も兼ねて、ここへ
来たのだが―――
「……子供が出る?」
情報共有も兼ねてエイミさんと雑談していた
ところ、そんな話が彼女から飛び出した。
「男の子か女の子かわかりませんが、
ちっちゃい子供が夜中、施設内を歩いたり
走ったりするんです。
アタシも見た事がありますが……」
彼女の話によると、夜、何かの気配に気付いて
目を覚まし、建物を見回ったところ―――
小さな子が裸で廊下や敷地内をうろついて
いたのを目撃したのだという。
「後でその場所を確認したら、足跡も
あったので……
見間違いでは無いと思います」
となると、物理的な存在という事だよな。
危険な感じはしないが……
「特徴は?
何か、見てわかる物とか」
「シッポと、猫か犬のような耳がありました。
なので獣人族の子供かと思ったんですけど。
足跡もちょうどそんな感じで。
でも、今ここにいる獣人族はティーダ君だけ
ですし、何より身長が」
そう言って彼女は腰の下あたりの何も無い
空間に手の平を置く。
「それくらいなら5、6才ってところですか。
彼とは違い過ぎますね。
その事はティーダ君に?」
「はい。一応彼にも聞いてみたのですが……
足跡があった現場を見てもらったら、
確かに足跡は獣人っぽいと―――
それと魔狼に近い匂いがする、との事でした」
近い匂い、と断っているという事は―――
厳密には違うという意味か。
「何か被害とかは」
「別に物が無くなったとか、壊れたとか……
そういう事はありません。
ただ目撃した人たちの話を集めると、どうも
複数いるっぽいので―――
いるならいるで、保護しなければなぁ、と」
最悪、『児童預かり所』の噂を聞きつけて、ここに
捨てられた可能性も無くはないからなあ。
施設としてもだいぶ大きくなったし、
小さい子ならどこかに隠れられるかも知れない。
だがこれも仕方のない事だろう。
何かすれば何らかの問題が生じるのは、
地球でも異世界でも同じ事だ。
「あ! シン殿ですね。
差し入れ? 差し入れですか!?」
「お、落ち着いてくださいルクレセント様!」
ちょうどそこへルクレさんが現れた。
銀髪のロングヘアーに切れ長の目―――
狼というより狐を思わせる顔立ち。
身長は170cm後半というところだろうか。
その足元に、小さな子供たちが3人ほど
くっついていた。
その後ろには従者のように、ティーダ君が
控えており……
「こんにちは、ルクレさん。
しかし、すっかり子供たちに懐かれた
ようですね」
「ウチの魅力には抗えないでしょーからね!」
ドヤ顔でルクレさんは胸を張る。
「ここでの生活は慣れましたか?」
「そりゃあもう!
ここは食事も美味しいし、あの温かい湯に
入るのも気持ちいいし……
あの2人が人間の町に住むなんて、と
思ってましたけど、納得です!」
今のところ不満は無いようで、ホッと胸を
なでおろす。
「こちらとしてもいろいろと感謝しています。
何より、肉や魚の供給量が上がりましたからね。
ティーダ君もお疲れ様です」
「い、いえ!
フェンリル様にお仕え出来る事は、
獣人族に取ってこの上ない光栄ですから!」
上機嫌のフェンリル様と、頭を低くする
獣人族の少年に―――
私は心の中でやれやれという表情を作る。
すると、ルクレさんの足元にいた一人の少女が、
トコトコとエイミさんまで近付いてきて、
「エイミおねーちゃん!
アレやって! くるくるー!」
「はいはい」
くるくる? とは何ぞや? と思っていると、
目の前でエイミさんは蛇の下半身のシッポを
その子に巻き付ける。
「あー、なるほど。
くるくるってこういう事ですか」
「そう! くるくるー!」
全身を抱きしめられるようなものだから、
安心するんだろうな。
よもやラミア族にこんなコミュニケーション方法が
あったとは……
「んん~……
ウチだってモフモフ具合じゃ負けてないぞ」
「そ、その通りですっ」
そこで対抗心を燃やしてどうする。
ティーダ君も苦労するなあ。
「大人気ないですよ、ルクレさん」
そして私はエイミさんへ視線を移し、
「そういえば、アーロン君は元気ですか?」
「ええ、他の子供たちに混ざって―――
すっかり馴染みました。
最近は、アタシに料理を作って持ってきて
くれるんですよ」
エイミさんを姉のように慕っていたからなあ。
何より、いろいろと興味を持ってやってみるのは
いい事だ。
その後、いくつか最近の状況を聞いた後―――
私は自宅である西地区の屋敷へ戻った。
「ふーん。
ルクレさん、そんなに馴染んでいたんだ」
「まあ、この地上ではどこよりも居心地が
いいであろうからな。
しかし、旧知の者が迷惑をかけてすまなんだ、
シン」
「ピュウ~」
自宅で遅めの夕食を取りながら、今日の件を
家族と共有する。
「アーロン君も元気そうで何よりだけど……
でもその~、小さい獣人族のコ?
しかも裸って……」
メルが眉間にシワを寄せながら、預かり所に
出没する子供の話題に変える。
「確かにこの町中であれば安全であろうし、
預かり所なら食べ残しもそこそこある―――
じゃが捨て子なら、聞いてて気分の良い
ものではないのう」
アルテリーゼの表情も険しくなる。
すでに子供のいる彼女は、特に思うところが
あるのだろう。
「捜索依頼とかが来たら協力すると思うけど、
その時は頼むよ、2人とも」
「もっちろん!」
「それは任せてくれ!」
「ピュピュッ!」
私は『裸の獣人族の子供たち』について、
家族と意思統一したのだが―――
この件は少し後で、別の形で解決する事になる。
ただこの時の私たちは……
それを想像も予想も出来なかった。
―――1週間後。
私は町の冒険者ギルドの応接室で、
とある女性と久しぶりに顔を会わせていた。
「お久しぶりです、シン殿」
ブラウンのストレート・ヘアーの彼女は、
初対面の時とは対照的な―――
いかにもな職業軍人らしい表情を見せる。
「お久しぶりです、マリサ・ドーン伯爵令嬢様」
「いっぱしの顔になったじゃねえか。
騎士団『副団長』様?」
私のあいさつの後に、ジャンさんも続く。
それに対し彼女はやや自嘲気味に笑い、
「ジャンドゥ殿とシン殿、この2人に師事して
おきながら、無様な顔は見せられません」
どうやらやっと、実力通りの自信がついたようだ。
師と言われると気恥ずかしいものがあるが……
「ですが、今回ここへ来たのは騎士団としてでは
ありません。
個人的に―――というわけでもないのですが、
少々事情がありまして」
マリサさんの言葉に、同席していたレイド君と
ミリアさんが顔を見合わせる。
「ン?」
「どういう事でしょうか」
彼女はいったん、出された飲み物に口を付けると、
「シーガル・レオニード様をご存知だと
思いますが」
「あー、シンさんが根性を叩き直した
一人ッスね」
「確か侯爵家の……
彼がどうかしたんですか?」
すると彼女は若い男女には答えず、視線を
下に落として、
「実は今現在―――
彼が行方不明になっているんです」
「……!」
不穏なワードが彼女の口から出ると同時に、
室内に緊張が走った。
「そりゃあ、ちと不用心だな」
「ジャンドゥ殿の言う通りだと思います。
王家に関わる事ですから、当然騎士団にも
その情報は伝えられたのですが―――」
ギルド長の判断で、部屋を支部長室へと移し、
詳しい話を聞く事になったのだが―――
発端は、王都で『足踏み踊り』のために
搾取・酷使されている子供たちの救出に
あるとの事だった。
「騎士団は本来、王家とその一族を守る
組織なので、今回の件は管轄外なのです。
まして我々は、諜報機関や捜査機関では
ないのですから」
彼らは軍であり、言ってみれば親衛隊のような
位置にいるのだ。
その本分は王家を外敵や何らかの危険から
守り抜く事にある。
いくら王都内の出来事とはいえ、治安維持や
犯罪組織の調査までは彼らの『仕事』ではない。
「それで、子供たちを助けるために一人で
動き出してしまったッスか」
「気持ちはわかりますが……」
レイド君とミリアさんも孤児だったからか、
複雑な表情になる。
「そうでなくとも、ただでさえ救出するのは
平民の孤児ですから―――
騎士団は元より、警備兵たちも乗り気では
無かったと聞いております」
「人身売買が絡んでいるなら、相手はガチの
犯罪集団だからな。
危険が多い上に、評価は『仕事をこなしただけ』
とくりゃあ……」
ガシガシとギルド長が頭をかきながら
感想をもらす。
手柄にならなければやる気が出ないのは、
どこの世界でも同じだろう。
ましてやこの世界でいう兵とは、徴兵で……
自衛隊や警察のように自らの意思でなるものでは
ないのだ。
中には正義感の強い者もいるだろうが、全員の
士気が高いはずもなく。
「しかし―――
シーガル様は騎士団の一員ですよね?
その彼がどうやって単独行動を」
私の質問にマリサ様が振り向き、
「今回の結婚は、彼の妹であるフラン様も
当事者ですので……
『無関係ではない』と強弁したそうです」
そういえばクロート様の相手が彼女だったな。
王家と一緒に結婚式を挙げる予定だし、
その前に『足踏み踊り』に関する不穏な噂や、
縁起の悪い話は解決しておく―――
強引ではあるが筋は通っているか。
「そういうお前さんは?」
そこで、立ったままのギルド長がニヤリと
意地悪そうに笑う。
マリサ様がフー、と一息つくと、
「……お見通しですか。
自分は有志を募って、巡回という名目で
子供たちの救出に加わろうとしていました。
ですがそれは、ある程度の捜査が終わって
からの話で……
シーガル様ともそう打ち合わせしていた
はずなのに」
それで先走って犯罪組織に捕まった―――
と考えるのが自然だろう。しかし、
「彼、騎士団の一員なんですよね?
私も戦った事がありますけど、実力はそれなりに
あると思うのですが」
「それはシーガル様からも聞いております。
シン殿から手ほどきを受けた事も。
その彼が捕まったとしたら、正面からではなく
何らかの搦め手を使われたかと思います」
そこまで話したところで、ジャンさんが
割って入り、
「大方の事情は理解した。
それで―――
どうしたいんだ?」
彼女はハー……と大きく息を吐くと、
意を決したように、
「自分個人での―――
ここのギルド支部への依頼です。
シーガル・レオニード様の『確認』を
お願いします」
確認、とは妙な依頼だが……
他のギルドメンバーである3人へ視線を
向けると、
「……わかった。
ミリア、手続きに入れ」
「はい。わかりました」
「それで―――
人員や報酬はどうするッスか?」
と、それが当然であるかのように……
3人とも事務的に対応していく。
「人員や方法はお任せします。
報酬は、自分の騎士団・副団長の
年棒と同じ―――」
ぽかん、としている私を残し、依頼とそれに
関する作業は進められた。
「これで手続きは一通り終わりました。
依頼を受ける人員の選抜が終わるまで、
当ギルドの客室で待機していてください」
「わかりました。
では、自分はこれで―――」
軽く会釈して、依頼者であるマリサ様は部屋から
退出した。
一人アウトオブ蚊帳だった私は、まずギルド長へ
目を向ける。
「えーと……」
「あー……
貴族絡みの依頼って、だいたいこんな
感じなんだよ」
そこで、レイド君やミリアさんを交えて、
私にレクチャーが行われた。
3人の話によると、ギルドへの依頼は原則
非公開であり、第三者は見る事が出来ない
ものらしいのだが―――
税金の関係上、国家直属の徴税局に対しては、
依頼内容を明かさなければならない。
また、そうしないと悪用されてしまうとの事。
依頼は、依頼者と受注者の合意で行われるので、
例えば薬草採取・金貨100枚でも可能なのだ。
それを許すと脱税の温床になるので―――
依頼内容は全て記録され、後で審査を
受けるのだという。
「それで今回のような場合―――
マリサ様が本当に依頼したい内容は、
シーガル様はもとより、子供たちの救出も
含まれていると思うッス」
「でもそれを直接記録に残すと、シーガル様が
囚われた事や、子供たちの救出に国の機関が
消極的だったので個人で動いたとか―――
痛くもない腹を探られかねません。
なのでシンプルに、『確認』だけを依頼する
形にしたんですよ」
やれやれ、という感じでレイド君とミリアさんが
補足するように話してくれる。
徴税局に依頼内容が渡ったところで、一応は
原則非公開だろうが―――
貴族階級が誘拐されたとか書けば、それは
その家の恥となるし……
また騎士団や警備兵が動こうとしないから個人的に
動いた、と取られたら国への批判となってしまう。
国家機関にそれを知られるのは確かにマズい。
「『確認』とだけ書いておけば、どうとでも
言い訳は出来るからな。
『依頼料』が高額なのも―――
結果があれば納得はするだろう」
フンッ、と荒い鼻息でジャンさんは話を
締めくくる。
「それでどうするッスか? シンさん」
レイド君が話を振ってくる。
なぜか私が動く前提で―――
「まあ、シーガル様の安全がかかっていると
なりますと……
それに子供たちが酷い目にあっているのが、
『足踏み踊り』が原因だとしたら、
私が行くのが筋なんでしょうねえ」
「弟子の不始末は師匠がするモンだ。
パパっと終わらせてきな」
意地悪そうに笑いながら、ジャンさんが私の背中を
バンバン、と叩き―――
「明日の朝イチで行きましょう。
マリサ様にはそうお伝えください」
「了解ッス!」
「わかりましたー」
若い男女が返事をするのを見届けると、
こうして私は、ギルド支部を後にした。
「なるほど。
魚の巨大化の処理をパックさんと
シャンタルさんに頼んだのは、
それが理由かー」
「そっちはあの夫妻に任せておけば問題は
あるまい。しかし急な話だのう」
「ピュッ」
あの後、私は翌朝には王都に行くため―――
各種の仕事の代替や、その調整に駆け回っていた。
「でもさー、どうするの?
あのシーガルって貴族サマも捕まって
いるんだよね?」
「シンの能力であれば、戦闘は問題無いで
あろうが……」
今までは一騎打ちや対戦、仕掛けなどを
無効化して何とかしてきたが……
今回は毛色が違う。
本格的な組織を相手の、潜入や救出活動は
経験がない。
メルとアルテリーゼの心配はもっともだろう。
「それなんだけどさ。
彼が捕らえられたって事は、マリサ様も
言ってたけど―――
搦め手の可能性が高いんだよね。
薬か、前に私たちがくらったような、
麻痺魔法か誘眠魔法を使われたかも
知れない」
(50話 はじめての ごえいtoばしゃ参照)
ふむふむ、とうなずく妻2人と、つられてうなずく
ラッチを前に、
「だから―――
こういう手を考えているんだけど」
それから30分ほど、作戦、というほどでは
ないが……
この件の『解決手段』について妻たちに話した。
―――翌朝。
町の郊外で、マリサ様、それにギルドの
主要メンバーと合流する。
今回は妻2人にラッチも同行。
すでにドラゴンに戻ってもらったアルテリーゼに、
職人たちに作ってもらった『乗客箱』を装備、
王都行きになるマリサ様と私とメル、ラッチは
次々と乗り込んでいった。
「それでは行ってきます」
私が片手を振ると、ギルド長が思い出したように、
「あ、シン。
帰り、肉買ってきてくれんか?」
続いてレイド君とミリアさんが、
「そうッスね。
今、食料はいくらあっても足りるって事は
無いッスから」
「もしお金が足りなければ王都の本部で
都合してもらってください。
後で清算します」
まるで日常の、ついでに買い物を頼むような
会話に、マリサ様は目を白黒させる。
「うむ! それでは行ってくるぞ!」
「『なる早』で帰りま~すっ!」
「ピュー!」
アルテリーゼが翼を羽ばたかせると―――
ゴンドラのような『乗客箱』は空に舞い上がった。
「そ、早急に動いてくださり、
ありがとうございます」
『乗客箱』の中は、左右に座席を10ずつ付けた
電車のようになっており―――
座席にはシートベルトが付いていて、これは
アルテリーゼが装備している器具に直結している。
なるべく中央でお互いに対面に座りながら、
マリサ様は感謝の意を伝えてきた。
「事態が事態ですからね。
貴族ですから、いくら何でも殺されるという
事は無いと思いますが―――」
「しかし、どうやって解決を?
シン殿の実力は、ギリアス兄上やアリスから
聞かされておりますので、疑うわけでは
ありませんが」
この疑問は、昨夜の妻たちと同じものだろう。
個人的な戦闘力が強くても、騎士団の一人が
さらわれている以上―――
それはアテにならない。
「彼が行方不明になった場所は、わかって
いるんですよね?」
質問で返す私に、彼女は意図が読めないという
顔をしながらも、
「だいたいのところは。
でも、どうするのですか?」
質問が元の位置に戻る。
「そこへ行って―――
シーガル様と同じように、捕まってみようかと」
それを聞いた彼女の目は点となり―――
数秒後に『は?』と気の抜けた声が発せられた。
3時間後、マリサ様と私たち一家は、王都の
ギルド本部を訪問していた。
「『乗客箱』は郊外に置いてきたが、
大丈夫かのう?」
「まさか盗まれる事は無いと思いますが……」
「私はラッチ預けてくるねー」
そこに、本部長であるライオットさんが姿を現す。
「おう、もう来たのか。
……ってドラゴンがいれば、そりゃ早いわな」
すでに彼にも話は伝わっていたようで―――
「こっちで何かする事はあるか?」
「帰りにお肉買っていく予定ですので、その分
お金を貸して頂ければと」
「またかよ。
じゃあ、買い付けも手配しておくか」
すでに帰りの話をしているこちらへ、不安そうに
マリサ様が話し掛けてくる。
「あの、自分はどうすれば」
「これから、例の彼が行方不明になった地区へ
行きますので―――
有志と共に、近場で待機してください」
もし子供たちを保護するのであれば、人手は
あった方がいいだろう。
と、そこで自分はライさんに振り向き、
「んー……
本部長に、彼女と同行してもらうってのは
出来ますか?」
「あん? 何があるんだ?」
「もし交渉が必要な場合になったら―――
そのサポートと、立会人としてお願いを」
私の要請に、彼は少し両目を閉じて、
「(新生『アノーミア』連邦の連中が絡んでいる
可能性は低いだろうが……念のため行くか)
わかった。
マリサさんだっけ? よろしく頼むぜ」
「え!? あ、はい。
ほ、本部長の方も来てくださるとなれば
心強いですが……」
冒険者ギルドの、文字通りトップが突然同行すると
聞いて、彼女は戸惑いを隠せない。
かくいう私も―――
こうもすんなり引き受けてくれるとは思わなかった
のだが……
「本当にいいんですか?
自分から言っておいて何ですが」
「まあジャンの野郎から、このお嬢さんの事は
聞いているしな。
何かあったら後味悪ぃし」
ガシガシと頭をかいて説明するライさんに、
マリサ様は
「わ、わかりました。
では自分についてきてください!」
彼女は一礼すると、本部長と一緒に冒険者ギルドを
出ていった。
それとすれ違いのように、ラッチを預けに行った
メルも戻ってきて、
「じゃあ行く?」
「そうだね。
後は『打ち合わせ通り』に―――」
「うむ! シンに従うぞ。
では向かおうか」
こうして私たちは、ギルド本部を後にした。
「このあたりで失踪した貴族サマ?
……知らねぇなあ。
何か知りてぇんなら、『顔役』に話を通しな。
金さえ払えば会わせてやるぜ」
王都の中でも―――
あまり治安のよろしくなさそうな、
スラムと言って差し支えない地区。
そこで何度か聞き込みを続けているうちに、
ようやく『当たり』に引っかかったのか、
典型的なチンピラが案内を買って出た。
その男について行くと―――
細い路地裏のようなあたりで、いきなり男が消え、
「悪ぃな♪
ちょっと眠ってくれ」
声だけが聞こえたかと思うと、急に睡魔が
襲ってきた。
ここで私たちは『打ち合わせ通り』に―――
魔法・魔力を無効化させた上で、わざと
やられたフリをして倒れた。
本当にかかっても良かったのだが、万が一
殺される可能性を考慮してそれは避け、
その後、無抵抗になった私に何らかの手錠か
拘束具が後ろ手に付けられ……
そのままどこかへと運ばれていった。
「シン、もういいんじゃない?」
「お目当ての場所へ着いたようじゃが」
メルとアルテリーゼの声に、自分も目を開けて
今の状況を確認する。
「……ふーむ。
またスタンダードな牢屋ですね」
石の壁に床、鉄格子―――
まるで見本のような『牢屋』だ。
「まさか……
その声はシン殿ですか!?」
よく見ると、対面にまた牢屋があり―――
その中には見知った顔があった。
少しやつれてはいるが、肩まであるロングミドルの
金髪のその青年は、探していた人物で……
「シーガル様、無事でしたか」
「お、見つけたー」
「これで依頼の半分は達成じゃな」
緊張感の無い私たちに、彼はやや呆けながら、
「い、依頼、ですか?」
「ええ。シーガル様救出と、『足踏み踊り』を
強制されている子供たちの解放を―――
子供たちについては、出来れば話し合いで
済ませたいのですが」
そこへ足音と共に、複数の人影が現れた。
「話し合い、ねえ。
こんな状態で出来ると思ってんのかい?」
座り込んでいる私たちを見下ろすように、
その人物が立っていた。
やや横に広がった体形の、40代くらいの……
いかにもな水商売と思われる衣装を着た女性が、
両側に用心棒っぽい男を引き連れている。
「ブロウ一家の縄張りへようこそ。
ワタシはここの『顔役』―――
一家の頭さ」
タバコの煙をふかしながら、あいさつする。
「あ、冒険者ギルド所属のシルバークラス、
シンです、初めまして」
「シンの妻、メルです。
同じくシルバークラスです」
「同じく。我はアルテリーゼじゃ」
それを聞いた3人とも、不審そうな表情になり、
「あんたらさあ、自分の立場わかってんのかい?」
「と言いますと?」
思わず聞き返すと、向こう側からため息が漏れる。
そして両側のゴツイ筋肉質の男2人が、
「あのな。
お前らを拘束しているその魔導具は、
一ヶ月は魔力を無効化させるシロモノなんだぜ」
「当然、身体強化も使えない。
食事もしなけりゃ死んじまう。
それで話し合いって、何の冗談だよ?」
改めて、自分たちを拘束している道具に目をやる。
フム、魔導具という事は魔力を使っているのか。
「あそこのお坊ちゃんも―――
見かけによらず、根性はあったけどさ。
3日も飲まず食わずにしたら音を上げたわ」
「く……っ!」
3人の背後から、彼の悔しそうな声が
聞こえてくる。
なるほど。
身体強化が使えないって事は、生命維持の分の
エネルギーも回せないのか。
この世界ではなかなか厄介な道具だ。
「身代金さえ頂けりゃ帰してあげるから、
あんたらも大人しくしてるんだね。
貴族サマほどじゃないが、シルバークラスなら
そこそこ払えるだろう?」
それには答えず、私はメルとアルテリーゼの方へ
振り向き小声で、
「(単純に魔力無効化……はダメか。
魔力まで無くなったら壊せないよね?)」
2人に相談すると、彼女たちも小声で
「(身体強化も使えなくなるからのう。
ドラゴンの姿に戻るのも、多少の魔力が
必要じゃし)」
「(限定すればいいんじゃない?
『魔力を使った道具』だけ無効化出来ない?)」
メルの意見にアルテリーゼと私はうなずいて、
「(メルっち、それじゃ!)」
「(よし、やってみる)」
そこで、男の一人が口を開く。
「オイ、てめぇら何をボソボソと」
と彼が言い終わらないうちに、『バキン』と
何かが壊れた音が牢屋内に響き、
「えっ」
「おっ?」
何が起きたのかわからない、という顔を
3人ともしていたが、
「メル、私のも壊してくれ」
「りょー!」
と、彼女の声と共に私の拘束も解かれた。
アルテリーゼの方は、鉄格子の隙間から
男2人の頭をつかむとそのまま持ち上げ、
「ぐあ、あぁあっ!?」
「カ、頭……!
コイツら、やべぇ……」
あれ? 彼女は……
と思ったが、アルテリーゼの前で鉄格子を
挟み、腰を抜かしたようにへたり込んでいた。
「我が夫は話し合いを望んでおる。
場所を変えぬか?
壊して出てもよいのだが」
先程とは逆に、彼女に見下ろされている
『頭』は―――
「ワタシの未来予知魔法が……
何の抜け道も示さない、なんて……
―――わかった。
取り敢えずカギを開けるから、その2人を
放しておくれ」
その言葉と同時に、2人の男が落下して
彼女と一緒に床に崩れ落ちた。