コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……で、話し合いって言ったって―――
どうするんだい?
ワタシらが今さら、交渉出来る材料なんて
あるとは思えないんだけどねえ」
赤毛の、恰幅のいい女性が半ば達観したように
口を開く。
牢屋とは打って変わって……
いかにもな、マフィアのボスの部屋ともいうべき
豪華な部屋で、私たちは席に着いていた。
拘束の魔導具から解放されたシーガル様は、
魔力を戻して体力を回復し―――
自分の両隣にはメルとアルテリーゼが、
そして対角上に救出した彼が……
その後ろに待機してもらっていた本部長を呼んで、
文字通り立会人として『交渉』を見守っていた。
「そうですねえ、まずは……
シーガル様との『交渉』はどれくらい
進んだのか、『確認』させて頂けますか?」
私の質問に当人の彼はきょとんとするが、
「いや、俺は交渉なんて」
そこでライさんが背後から耳打ちする。
「いいからシンにやらせておけ。
悪いようにはしねぇだろ」
改めて彼女―――
ここの一家の主・ブロウさんに話を聞く。
「ブロウさんの一家は、何人くらい
いるんですか?
あと、『保護』している子供たちの数も」
今いち状況を理解出来なそうにしつつも、
彼女は答える。
「一家はだいたい100人くらいだね。
王都じゃ五本の指に入る組織だよ。
子供は……30人はいるんじゃないかな?」
「『足踏み踊り』に従事しているんですよね?」
「……ああ、今じゃ重要な稼ぎ頭さ」
少しの沈黙が訪れた後、私の方から切り出す。
「では、その子供たちをこちらで『保護』させて
頂きたい。
もちろん、その分の経費はお支払いします。
一人当たり、金貨5枚でどうでしょうか」
「いや、保護ったってコイツらは……!」
シーガル様が腰を浮かせようとすると、
本部長が上から肩をポンポン、と叩く。
「……いい。シン、続けてくれ」
彼は座り直し、話し合いが再開される。
「それと―――
もし身寄りの無い子供たちがいたら、
引き続き『保護』して、こちらへ
引き渡してもらいたいのです」
「それも金貨5枚で?」
「ええ」
部屋の隅には、ブラウさんの護衛と思われる
あの筋肉質の2人を含め、部下が何人も
いたが―――
事の成り行きにざわつき始めていた。
「あと、出来れば別組織へその情報を
伝えてもらえれば助かります。
子供を『保護』し―――
国の然るべき機関に届ければ、一人につき
金貨5枚の報酬が出ると」
ブロウさんはその話を聞いた後、しばらく
目を閉じていたが―――
「王都じゃ、身寄りの無いガキなんてそれこそ
三千人は下らないだろう。
それを保護するって?
その後はどうするんだよ」
「保護施設を作ります。
そこで子供たちでも出来る事を、自活のために
覚えさせようかと思っています。
米や芋の栽培と調理の仕方、卵を産む鳥の世話、
あとマヨネーズも」
40代の濃い化粧をしたその女性は、トントン、
とテーブルの上を指で叩いた後、
「あれは確か、ドーン伯爵領の貴重な輸出品の
一つだと聞いているんだけど。
貴族サマの利権に手を突っ込むってのかい?」
すると両側に座っていた妻2人が、
「問題無いと思うよ?
そもそも、それは全部シンが作った物だし」
「『足踏み踊り』もマヨネーズも―――
ドーン伯爵領経由で王都に入ってきた
『流行り物』は、たいていシンが作った物ぞ?」
ざわ、と一層どよめいた声が室内に響く。
「そういや、ココじゃギャンブルにアレ使って
ねえのか?
リバーシやトランプ、チェスやマージャンも
コイツが発案者だ」
ライさんの言葉に、いやあれは自分が発案したの
ではなく、祖国から持ち込んだだけで―――
と言おうとしたが、
「ウソだろ!?」
「いや、確かにアレはここ最近で短期間の間に
流行ったものだが……!」
「アレ全部一人の人間が考えたのかよ!!」
部屋の喧騒をよそに、ブロウさんはふぅ、と
小さく息を吐いて、
「なるほど。
それだけの利権を作った人間なら……
伯爵サマも一目置いているんだろう。
当面の予算の心配はなく―――
それでいて、今後も『引き渡せ』という事は、
一過性で済ませるつもりは無いって事……
ようやく国も本腰を入れ始めたって事かい」
組織のトップにいるからか、さすがに理解は
早いようだ。
「では、それで了承して頂けますか?」
「わかった。
ワタシの後釜にも、それを守らせるよう
キツく言っておくよ。
ケジメはワタシの首ひとつでいいかい?」
ん? と思い首を傾げると、彼女は続けて
「今回の件の『ケジメ』についてよ。
いくら何でも、無罪放免ってワケじゃ
ないだろ?」
そこで私は本部長に視線を向けて、
「あのー、今回の依頼に『どこかの組織を潰せ』
とか、『摘発しろ』とかありましたっけ?」
「ねえな。
あるのはシーガル・レオニードの『確認』―――
これだけだ」
ライさんに続き、メルやアルテリーゼも、
「それ以外は契約外労働になります♪」
「追加料金をもらえるのであれば、
お望み通りにするがのう♪」
妻たちの言葉にブラウさんは苦笑し、
「何でワタシが自分のクビを差し出すのに、
金払わなくちゃならないんだい!
わかったよ。
お前たち! ボサっとしてないでガキどもを
呼んできな!」
そこで室内にいた部下たちが慌ただしく
動き始める。
30人ともなれば、それなりに時間もかかる
だろう。
私はふと片手を上げ、興味本位で彼女に問う。
「あの、ブロウさん。
貴女の魔法、未来予知魔法ですか?
正直、とてつもなく強力なものだと思うん
ですけど。
あと私たちを捕まえた、ええと」
「ジャーヴの誘眠魔法かい?
あれはすごく限定的な範囲でしか使えないし、
ワタシの未来予知魔法も、ほんの少し先の
危険対応しか教えてくれないのさ。
もっと使い勝手が良けりゃ―――
こんな稼業はしていないだろ」
そういうものなのかな、と聞いていると、
「確かに、戦場で華々しく戦果を挙げるには
不向きかも知れねぇが……
使い方次第だと思うぜ?
防御や敵を引き込んで使うなら、あの誘眠魔法は
効果は絶大だと思うし、撤退の際にお前さんの
ような人間がいれば―――
例えば二手に別れているような道で、常に安全な
行先を選べる」
本部長の言葉を、彼女はポカンとしながら
見上げる。
「シンが教えてくれた―――
『ソンシのヘイホウ』ってのと組み合わせりゃ、
ゴールドクラスも真っ青の戦力に……」
ブツブツと話しながら考え込むライさんに、
私は手を振って、
「あの、そろそろこっちに戻ってきて
もらえますか?」
「ん? ああスマン。
じゃあシーガル様―――
ブロウさんとの『交渉』は承諾って事で
構わねえな?」
突然本部長から名指しされた彼は困惑し、
「えっ!?
い、いや俺は救出されただけで」
「この中で一番身分が高いのはお前さんだろ?
こういう時くらい責任取れや。
子供たちの『保護』について―――
ある団体との『交渉』が長引いていたのを
『確認』しに来たが、ちょうど『締結』された
ところでした、と」
実は一番身分が高いのは、そう言うライさん
なのだが……
ん~、と伸びをする彼に続いて、
「これで依頼はかんりょー!」
「さて、子供たちを連れて……
まずはどこへ保護するかのう?」
ここで私は本部長と顔を見合わせ、
「ひとまずギルド本部で預かってもらう、
という事でいいでしょうか」
「そうだな。
食事も寝泊まり出来る場所もあるし」
そして私たちは子供たちを引き連れ―――
建物を出る事にした。
外に出ると、『捕まった』時はまだ夕方くらい
だったが、すでに日はどっぷりと暮れ……
まず待機していた女性騎士団の方々と合流し、
事情を説明する。
ブロウさんや何名かの『あっち系』の人と
一緒に出てきた事に驚かれたが―――
子供たちの引き渡し『合意』と、引き続き
『保護』してもらう旨の説明をし、納得して
もらった。
また当初、子供たちは酷く怯えていたが、
メルやアルテリーゼ、女性騎士団の何名かが
対応すると落ち着いたようで……
その後は大人しくなった。
思ったより栄養状態は良さそうだが、それでも
健康的とは言い難く―――
「本部に着いたら食事にしましょう。
私が作りますよ。
シーガル様やみなさんの分もね」
「シ、シン殿が直々にですか!?」
彼がびっくりして聞き返してくるが、
「正直、今回のシーガル様の行動は軽率としか
言えないものでしたが―――
それも正義感で子供たちを助けようとしての事。
その意気に対して、とでも言いましょうか」
「そ、そうですよ!
騎士団に一番必要なのはその正義感です!」
ウェービーヘアーの女性が大きな声で彼を
擁護する。
私はマリサ様に小声で、
「(……彼女は?)」
「(ええと、彼女が自分に嫌がらせしていた
一人……
エリアナ・モルダン伯爵令嬢です)」
「(もう一人は?
ここにはいませんか?)」
「(いえ、イライザ・フォス子爵令嬢なら
あそこに……)」
見ると、軽装の鎧に身を包んだ、金髪の
縦ロールのお嬢様が子供たちをあやして
いるのが見える。
こうして、有志として同行しているという事は、
懐柔は本当に成功したっぽいな。
報告は受けていたけど、その目で見て実感する。
「じゃあブロウさん。
私たちはこれで―――」
「ああ、子供らを頼んだよ」
先頭に立ったマリサ様が片腕を上げるのと
同時に、それまでいた建物に全員がくるりと
背を向けると……
「……え?」
いつの間にか―――
武装した兵と思われる集団が、私たちの前に
立ちはだかっていた。
警備兵……ではない。
装飾が施された鎧や装備は―――
「よくやってくれた、シーガル。
さあ、子供たちとその犯罪者どもをこちらへ
引き渡してもらおうか」
集団の中でも、ひと際身分の高そうな、
20代前半くらいの男性が一歩前へ出て
要求する。
短めの金髪に、男の自分から見ても美青年と
言っていい、掘りの深いハッキリした顔立ち。
シーガル様の事を知っているようだが……
「テメェ……
今さら何しに来た?」
「所属する騎士団の団長に対して、その態度は
どうかと思うがね?」
苦虫を嚙み潰したようなシーガル様とは対照的に、
彼は勝利を確信したような笑みを浮かべる。
「クロウバー・メギ公爵様……
騎士団を引き連れ、いったいどのような
おつもりで?
我々の話には、決して耳を貸さなかったのに」
マリサ様の問いに、彼は手をアゴにあてて、
「その子供たちを助けようとする―――
女性ならではの優しい心と行動を放置出来なく
なってねえ」
「平民のガキどもなど放っておけ、
ゴミにも仕事がもらえているなら別に
いいだろうと―――
そう言っていやがったクセに、
何をぬけぬけと……!!」
シーガル様がクロウバーとやらの前に出ようと
前のめりになったところ、団長の後ろの騎士団が
一斉に剣を抜く。
「おっとぉ?
せっかく君の独断行動も……
また女性騎士団の副団長様ともあろうものが、
冒険者風情に情けなく依頼を出した事も―――
この僕が丸く収めてあげようというのに、
そんな態度を取っていいのかね?
まさかとは思うが、これ以上反抗的な態度を
取って、ウィンベル王国に逆らうつもりでは
あるまい?
んん~?」
剣先をこちらに向けて来る男性騎士団に、
子供たちが怯え始め―――
「あの、保護した子供たちが怖がるんで、
そういうの止めて欲しいんですけど」
私は取り敢えず、場を静めるために提案する。
「そこの犯罪者と子供たちを引き渡せば、
すぐにでも事は終わるが?」
と、今度は彼が目前の私の喉元に剣の切っ先を
向ける。
「あ”?」
「お?」
同時に、妻2人からものすごい殺気が放たれ―――
すると、その剣を素手で押しのけるようにして、
本部長が割って入ってきた。
「何だキサ……」
貴様、と言おうとしたのだろう団長の言葉が
途中で止まった。
「おう、俺の顔を知っていたか。
団長サマ♪」
その声に、向こう側の騎士団の男全員が後ずさる。
「冒険者ギルド本部長か!?」
「え!? 『全攻撃特化』の!?」
「何でアイツまで……」
彼を知っているのであれば、その実力も
理解しているのだろう。
ライさんは続けて、
「コレ、ギルドへの依頼だからよ。
この件はいったん引いてくれねーかな。
手続きとか面倒になっちまうし」
「……平民ごときが調子に乗りおって。
ちょうどいい機会だ。
この件は王家に報告するとしよう。
冒険者ギルドとはいえ―――
犯罪組織と組んでいたなら、さすがに
看過出来ん」
慌ててマリサ様が駆け寄り、
「公爵様、それは!」
と、抗議の声を上げる彼女に背を向け―――
男性騎士団は去っていった。
不安そうな顔になる女性騎士団の面々と、
怒りが収まらないシーガル様、それにメルと
アルテリーゼを見て、
「とにかくいったん本部へ帰りましょう。
それからの事は、食べてから考えるという事で」
「そうだな。
まずはチビたちの腹を満たすのが先だ」
私の呼びかけに、本部長も同意し―――
一行は子供たちを連れて冒険者ギルド本部へ
戻る事にした。
「これ美味しいー!」
「こんなの食べた事ないー!」
本部へ戻ると、ちょうどウドンのタネが
出来ていたというので、それを使わせてもらった。
猛暑というほどではないが、やや暑さも残って
いたので―――
氷魔法で少しぬるめにした後に、肉や魚を入れて
次々と振舞う。
ある程度作ったところで、あとは厨房の
料理人たちが引き受けてくれたので、
私は食堂へと戻った。
「おかわりならいくらでもあるから、
落ち着いて食べなさい」
「ホラ、顔に付いてる。
拭くから大人しくして」
「今度はあっちの泣いている子のところへ
行ってやってくれ、ラッチ」
「ピュウー!」
妻たちやマリサ様、女性陣も―――
食べながら子供たちの世話をする。
「ウドンは何度か食べた事がありますが……
これは平べったいですね?」
シーガル様の質問に私も食べながら答える。
「薄く伸ばした方が消化もいいと思って。
フォークに絡みやすいから、子供たちも
食べやすいでしょうし」
キシメン風にしてみたのだが、こちらの世界に
無い物なので、そこを省いて説明する。
「そういえば、シン殿はよくそれで器用に
食べますね」
自分は日本人なので、やはり箸の方が
食べやすく―――
「奥さんたちもそれで食べているよな。
そりゃいったい何だ?」
本部長も、物珍しそうに聞いてくる。
「あー、これは私の国の食器で、
ハシというもので……」
こうして食事は滞りなく提供され―――
一息ついたところで、今回の件の情報共有が
なされた。
「今日見た、男の騎士団ですが……
10人ほどでしたが、あれで全員なんですか?」
私の問いにマリサ様が首を左右に振り、
「いえ、騎士団は各隊がありますが―――
おそらく団長であるクロウバー様に同調する
人間だけ集まったのでしょう。
副団長もあの中にはおりませんでしたし」
「しかも、時間を計ったかのように来やがった……
いくら手柄を横取りしたいからってよ」
苦々しくシーガル様がこぼす。
「恐らくだが、マリサ様の動きを誰かに
見張らせていたんだろうな。
ギルドに依頼した事で、一気に事態が動くと
踏んだんだろう」
「セコイねー」
「何と器の小さい男じゃ」
本部長の推測の後に、呆れながらメルと
アルテリーゼが続く。
「あららら……」
「マリサ副団長、子供たちが……」
金髪の縦ロールの女性と、ブラウンの
ウェービーヘアーを持つ女性が―――
子供たちを抱えながら、こちらの席へ
話しかけてきた。
保護された安心感と、お腹がいっぱいに
なった事で、眠ってしまったのだろう。
本部長の提案で、今日のところは子供たちを
休ませるのが先決という話になり、
女性騎士団とシーガル様は、翌朝の話し合いに
参加するとの事で、本部に泊まる事になった。
その深夜―――
私はライさんに呼び出され、最上階・最奥の
部屋へと向かった。
「夜遅くにすまないな、シン」
部屋の主である本部長が出迎え、その後ろには
秘書のようにロングのブロンドヘアーの女性と、
黒髪ミドル・眼鏡の女性が立っている。
「いえまあ。部屋に戻っても一人なので」
子供たちが寝る事になった時―――
メルやアルテリーゼ、女性騎士団の方々は、
一緒に眠る事を申し出て、
ラッチもまた、子供たちに人気なので……
特に泣くのが止まらない子供と添い寝して
もらう事になった。
一応、こちらに来る前にメルとアルテリーゼには
断りを入れている。
「それで、用件は……」
チラ、とサシャさんとジェレミエルさんの方へ
視線を移す。
「ああ、2人なら俺が王族という事は知っている。
気にしないでいい」
「そうですか。
という事は―――
王家として問題を片付ける、と?」
「あっちが持ち出してくれたからな。
それに、シーガルや女性騎士団を守る、
という意味もある」
彼の話によると―――
騎士団は本来、犯罪や治安を取り締まる
組織ではない。
だが、理由を付けて国の機関を動かす
可能性があるとの事だった。
「犯罪組織と結び付きがあるとか、
反体制の思想があるとか―――
適当な疑いをでっち上げて、彼らを
罪に落とす事が考えられる。
だからカタが付くまで、彼らはこの
ギルド本部でかくまうつもりだ」
「じゃあ、ブロウ一家も」
「身を隠すなり、ギルド本部に来てもらうなり、
至急連絡を取る。
ったく―――
それにしても、騎士団の質も落ちたものだぜ」
ソファの背もたれに大きくのけ反る。
すると後ろの女性2名が、
「あーもう。
せっかくラッチちゃんや可愛い子供たちを
愛でられるというのに無駄に時間を取らせ
やがってそのクソ公爵」
「ねーもう処分でいいでしょ処分で。
証拠残さないからぁ~」
「あー君たち?
一応、仕事という事を自覚して欲しいのだが」
女性職員の方が殺る気満々で、本部長の方が
若干引いているようだ。
しかしあちらも、まさかこちらに王族―――
それも前国王の兄というトップオブ上級国民が
いるとは夢にも思ってもいないだろうなあ……
「まるで遠山金四郎か、水戸黄門のような……」
「ん? 何だそりゃ?」
つい独り言が出てしまい、それを目ざとく
ライさんに聞かれる。
「ええと……
私の祖国に実際にいた人物を、モデルにした
物語で―――」
と、そのストーリーや時代劇の概要について
説明させられる事になった。
一通り聞いた後、サシャさんはその金髪を
くるくると指で巻き、ジェレミエルさんは
眼鏡をくいっと直しながら、
「いいですねえ、それ」
「本部長~、何か王家を証明するモンとか
持ってないんですかあるなら今出せすぐ出せ
ここで出せ」
何でか本部長の服を脱がせようとするので、
一応止めに入る。
「そ、それで……
私たちはどうしましょうか。
出来ればすぐ町に戻りたいのですが。
長引くと心配されるかも知れませんし、食料の
買い付けも頼まれておりますので」
「えぇえ~……
ラッチちゃん、もう帰っちゃうんですか!?」
「そんなぁ~……」
サシャさんとジェレミエルさんは、それを聞いて
ガックリと肩を落とす。
「どうせお前らは預かっている間、さんざん
可愛がっていただろ。
だが、まあ―――
シンたちも顔を覚えられただろうし、
もしかしたら妨害に来るかも知れん。
サシャ、ジェレミエル。
シンとその家族の『見送り』に付け」
「わかりました」
「本部長の指示通りに―――」
ライさんの言葉を、仕事モードに戻った2人が
承諾し、深夜の話し合いは終わった。
「……という感じでさ」
翌朝、朝食をとりながらメルとアルテリーゼに
昨夜の話し合いの情報を共有する。
「じゃあ、私たちは帰ってもいいんだね」
「それにしても、妨害とは―――
穏やかではないのう」
「ピュ~……」
ちなみに食べている料理は、また私が厨房へ入り、
魚の出汁とほぐし身をおじやに混ぜて作った物。
さすがに朝食は温かい物がいいのと、
また子供たちの体調も完全には戻ってないと思い、
そういうチョイスになった。
「申し訳ありません、シン殿。
こんな事に巻き込んでしまって―――」
「俺も見送りに出ましょうか?」
マリサ様とシーガル様が気遣ってくれるが、
「シーガル様は、本部長の指示通り
女性騎士団と共にここへ残ってください。
さすがにギルド本部へ襲撃してくる事は
ないでしょうが、子供たちが狙われる
可能性も考えられます。
なので、子供たちの保護を優先で
お願いします」
2人は顔を見合わせて、
「もともと、そのために動いておりましたから」
「子供たちには―――
指一本触れさせませんよ」
そこへ、本部長と女性職員2人が現れ、
「肉は用意したぞ。
門のところまで運んである」
続いてサシャさんとジェレミエルさんが頭を下げ、
「僭越ながら、『見送り』させて頂きます」
「もし危険な事あらば、即排除を」
ライさんの正体を知っていて仕えていると
いう事は、2人ともかなりの実力者なのだろう。
こうして私たち一家は朝食を終えた後―――
冒険者ギルド本部を後にした。
「かなりあるねー」
「可能な限り買い付けましたから」
300kgはあろうかという肉を、メルが
リヤカーのような道具を引いて運ぶ。
妻に重労働をさせるのはどうかと思うが、
魔法・魔力が一切無い自分にはどうしようもなく。
「ドラゴンの姿になれば一瞬で済むのだが……」
「出来れば、もう少し離れた場所まで
お願いします。
王都が大混乱になりかねません」
アルテリーゼの要求は、ジェレミエルさんによって
あっさりと却下される。
「そういえば―――
お二人はどのような魔法を?
あ、答えたくないのであれば……」
『乗客箱』まで歩き続ける中、
時間潰しの意味もあって、興味本位で聞いてみる。
「私は基本的な身体強化と隠密魔法を」
サシャさんが語ると、次いでジェレミエルさんが、
「私の方は身体強化―――
それと目標印感知です。
後、他にもいくつか使える魔法はありますが」
その黒髪をなびかせて、ちら、と背後を伺う。
「どうかしましたか?」
私が問うと、アルテリーゼが
「……来てるのう」
次にメルが、
「やっぱり、ギルドを出てから?」
それを肯定するように、ギルド職員がうなずく。
「3人です。
舐められたものですねえ」
「多分、一人は範囲索敵持ちでしょう。
少人数という事は、腕に自信ありと見ましたが」
なるほど。
目視出来ないが、それなりに遠くから尾行して
きているという事か。
フーム……
同じ騎士団であるシーガル様の実力から測るので
あれば―――
それなりに上位の強さの人間が揃っているはず。
「話し合いで帰ってもらえればいいんですが」
「応じるかねー?」
「無理だと思うがのう」
「ピュッ!」
メルとアルテリーゼが身もフタも無く答える。
まあそうなる可能性の方が高いだろうけど……
「……待てよ?
範囲索敵を持っているのは一人だけですか?」
「ええ、恐らくは。
範囲索敵持ちは貴重ですし、あの少人数の中で
2人も入れる事は無いと思います」
サシャさんが答えると、私は思考を巡らせる。
「ジェレミエルさんの隠密で、こちらの気配を
消せたりはしませんか?」
「私一人なら可能だと思いますが……
隠蔽とは異なり、皆さんの気配まで
消す事は出来ません」
個人限定か……
まあ、出来るならとっくにしているだろうし。
一人なら……
一人……
そこで思い出した事があった。
今まで自分の能力で、相手に向けたり―――
自分に向けられた魔法を『無効化』してきたが……
それらは言ってみれば、全て外部への
アプローチであって、『自分側』を
意識した事はない。
また、巻き添えにしてしまう事を想定して
あえて避けてきた側面もある。
もし、使い方次第で―――
『無効化』が、デバフに対するバフのように、
同じような効果があるとしたら……
「あの、サシャさん。
目標印感知の状況を詳しく教えてもらって
いいですか?」
「?? ええ、わかりました」
そして私はボソッと小声で、
「(レーダーや探知機器も無しで発見される
事など、
・・・・・
あり得ない)」
さて、これでどうなるか―――
私たちはそのまま歩みを再開した。
「……な!?」
後方で、シンたちを尾行していた騎士団らしき
3人のうち一人が、突然声を上げた。
「どうした?
あいつらの動きに何かあったのか?
あの大荷物じゃ、そろそろどこかで馬車か何かに
乗らないと無理なはずだからな」
「さっさと追いついて『尋問』してぇ。
いい女が4人もいるからなあ」
質問した2人は、下品な笑い声と共に話す。
「……消えた」
「あん?」
意味がわからない、というように聞き返す。
「俺の範囲索敵から完全に消えやがった。
どうやら―――
隠蔽持ちがいたようだ」
それを聞くと、彼らは残念そうに表情を歪め、
「ちくしょう!
今から追いかけるか!?」
「アホかお前は。
でけぇ足音立てて走りながら、
『待ちやがれー』ってか?」
続けて、範囲索敵をしていた男が口を開く。
「隠蔽を使ったという事は、警戒しての
事だろう。
これ以上の追跡は無意味だ」
「ちっ!!
オイシイ役目だと思ったのによ!」
「もっと早めに追いついておけば良かったぜ。
命拾いしやがって」
こうして彼らは、元来た道を戻り始めた。
一方、先を進んでいたシン一行は―――
「……?
追跡してきた連中が引き返し始めたようです」
「え? ホント?
諦めるの早くありません?」
サシャさんの言葉に、ジェレミエルさんが返す。
どうやら、うまく撒けたようだ。
そして彼女の目標印感知は機能している。
つまり―――
『こちら側』が発見される事を、概念として
一方的に無効化する事に成功したという事だ。
元からとんでもない能力とは思っていたが、
なかなかえぐい性能になりつつあるな……
使いどころには気を付けよう。
メルとアルテリーゼはというと、私が何かしたのを
察したのか、
「もー、ああいうのは痛めつけてから帰せば
いいのに」
「連中も命拾いしたのう」
「ピュピュ!」
家族の反応に―――
ギルドの女性職員はポカンとした表情を作った。