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読了しました……🥀 一話目からもう、心臓がぎゅってなる描写ばかりで息が止まりそうでした。火災の悪夢から始まって、過去の自分=宵待ひばりを“死んだ”と言い聞かせながら生きてる梢さんの痛みが、すごく伝わってきます。るりあさんとの関係が過去の“背中”に繋がってる気がして、その伏線がもう気になりすぎます……。続き、静かに待ってますね。 「星の降る庭」、その先がどうなるか、ちゃんと読ませてください🌙
星が、降っていた。
夜空からではない。
燃え盛る天井から、星形の照明が次々と落ちてくる。
火の粉が舞い、煙が視界を奪い、誰かの悲鳴が遠くで響いていた。
熱い。
息が、できない。
逃げなければ。
そう思うのに、足が動かなかった。
「――ひばり!」
誰かが叫んだ。
振り返ろうとした瞬間、頭上で何かが砕けた。
赤い光が視界を覆う。
伸ばした手の先に、誰かの背中が見えた。
待って。
お願い、置いていかないで。
私は、まだ――。
「……っ、いやああっ!」
梢は飛び起きた。
心臓が痛いほど跳ねている。喉がひりつき、呼吸がうまくできない。
夢だ。
分かっている。
もう、あの夜から十年以上が経っているのだから。
「梢!大丈夫?」
隣の座席からスタッフが身を乗り出した。
梢は震える指で胸元を押さえ、何度も息を吸った。
「……ごめん。ちょっと、嫌な夢を見ただけ」
「もう現場に着いてるよ。るりあ、先に入ってるから」
「分かった。ありがとう」
送迎車の窓から、眩しい太陽が差し込んでいた。
あんな悪夢を見た直後だというのに、外の世界は何事もなかったように明るい。
梢は眼鏡をかけ直し、スマホと台本を手に取った。
瀬名梢。
それが、今の彼女の名前だった。
かつて天才子役と呼ばれた宵待ひばりは、もういない。
少なくとも、世間では。
◆ ◇ ◆
「梢!衣装、こっちで合ってる?」
「違う。そっちは午後のバラエティ用。午前中は白いワンピースでしょ」
「あ、そっか!助かった!」
撮影スタジオに入った途端、柊木るりあが駆け寄ってきた。
艶やかなハニーブロンド。完璧なメイク。どの角度から撮られても絵になる笑顔。
今や国民的女優となった彼女は、今日も分刻みのスケジュールをこなしていた。
「あと、取材の質問リスト。昨日の夜、送ったよね?」
「見た。新作映画の話を中心にして、昔の話は振られても軽く流す。熱愛の質問が来たら?」
「相手による。変なこと言いそうなら私が止める」
「さすが、私の梢!」
るりあは笑って、梢の腕に自分の腕を絡めた。
「梢がいなかったら、私、本当に何もできないよ」
「大げさ」
「大げさじゃないって。ねえ、今日の仕事が全部終わったら、ご飯行こうよ」
「今日、最後の収録が終わるの何時だと思ってるの?」
「……夜?」
「深夜」
「じゃあ、明日!」
「明日も朝から撮影でしょ」
「うわあ、私、売れっ子すぎ!」
るりあが大げさに嘆く。
梢は呆れたように笑った。
その笑顔は、十年以上前から変わらない。
少なくとも、るりあの前では。
◆ ◇ ◆
午後になっても、るりあは忙しかった。
映画の撮影、雑誌の取材、広告用の写真撮影。そして、夕方からはバラエティ番組の収録。
梢は台本を確認し、スタッフと打ち合わせ、次の移動時間を計算しながら彼女の後を追い続けた。
ようやく最後の収録が終わった頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「終わったあああ!もう無理!今日は一歩も動きたくない!」
楽屋のソファに倒れ込むるりあを見て、梢は小さく笑う。
「お疲れさま。明日は八時に迎えに来るから」
「待って、鬼なの?」
「マネージャーです」
「梢のそういうところ、昔から変わらないよね」
その言葉に、梢の手が一瞬止まった。
昔から。
何気ない言葉なのに、胸の奥に小さな棘が刺さる。
「……そうだね」
梢はすぐに笑顔を作り、るりあのバッグをまとめた。
「帰ったらちゃんと寝なよ」
「梢もね。最近、顔色悪いよ」
「平気」
「私の前でまで強がらないでよ」
るりあは起き上がり、梢の頬にそっと触れた。
「梢が倒れたら、私、本当に困るから」
柔らかな指先。
心配そうな眼差し。
かつて火災の後、何もかも失ったと思っていた少女を支えてくれた手。
梢は、その手を振り払えなかった。
「……分かってる」
「約束ね?」
「はいはい」
「もう!そこは素直に返事してよ!」
二人の笑い声が、楽屋に響いた。
けれど梢は知らなかった。
自分がいつまで、この温かな時間を信じていられるのかを。
◆ ◇ ◆
帰宅後。
シャワーを浴びた梢は、ようやくベッドに腰を下ろした。
明日のスケジュールを確認しようとスマホを開く。
画面には、動画配信サービスのおすすめ作品が並んでいた。
その中の一つに、懐かしいタイトルを見つけた。
映画『硝子の王冠』。
出演者の欄には、幼い少女の名前が記されている。
――宵待ひばり。
「……なんで、今さら」
指が止まった。
もう見ないと決めていた。
過去の自分が映る作品も、当時のインタビューも、受賞式の映像も。
全部、封じたはずだった。
それなのに。
梢は、再生ボタンを押していた。
画面の中で、幼い少女が笑っている。
栗色の髪。大きな瞳。少しだけ生意気で、誰よりも演技が好きだった女の子。
宵待ひばり。
それは、かつての自分だった。
『私、大きくなっても、絶対にお芝居を続けるの!』
画面の中の少女が、無邪気に宣言する。
梢は唇を噛んだ。
「……ごめんね」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
ひばりは物語の中で泣き、笑い、愛されていた。
観客に拍手を送られ、スタッフに褒められ、未来を疑うこともなく生きていた。
その姿が、眩しかった。
そして、痛かった。
一話分の配信が終わるまで、梢は画面から目を離せなかった。
エンドロールが流れ、出演者の名前が一つずつ消えていく。
最後に映ったのは、幼いひばりの笑顔だった。
その瞬間。
スマホの画面が暗転した。
黒い画面に、自分の顔が映る。
眼鏡をかけた、疲れたマネージャー。
そこに、かつての天才子役の面影はほとんどない。
「……私は、もう死んだんだよ」
梢は小さく呟いた。
星が降った夜。
宵待ひばりという少女は、あの撮影所に置き去りにされた。
そう思わなければ、生きてこられなかった。
そのとき、画面に通知が浮かんだ。
配信サービスからのおすすめだった。
――『星の降る庭』。
十数年前、星降り火災が起きた撮影所で制作された映画。
梢の指先が、ぴたりと止まる。
作品紹介の下には、古い宣伝写真が表示されていた。
幼いひばりと、るりあ。
二人の背後には、星形の照明がいくつも吊られている。
梢は息を止めた。
夢の中で聞こえた、あの音。
崩れる天井。
赤く染まった廊下。
そして――振り返りもしなかった、誰かの背中。
「……っ」
スマホを伏せる。
見てはいけない。
思い出してはいけない。
そう自分に言い聞かせても、耳の奥では、まだ誰かの声が響いていた。
――ひばり。
暗い部屋の中で、梢は膝を抱えた。
明日も、るりあのマネージャーとして働く。
いつもどおり笑って、いつもどおり支えて、何事もなかったように生きる。
そう決めている。
なのに、今夜だけは。
画面の向こうで笑っていた幼い自分が、ずっとこちらを見つめている気がした。
まるで、十年以上も待ち続けていたかのように。
――あの夜、星と一緒に焼け落ちたのは、本当に私の夢だけだったのだろうか。