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そこは――帝国史上、もっとも過酷なブラック建設現場だった。
「そこ! 手が止まっていてよ!」
「止まってないっすよぉぉぉ!!」
ギルバートの悲痛な絶叫が、貧民街の青空に木霊する。
視線の先では、帝国最強と恐れられる皇室騎士団が――泥と汗にまみれ、巨大な建材を担ぎ上げていた。
「演習場で重い剣を振り回すのも、ここで資材を運ぶのも、鍛錬という意味では同じでしょう?」
「絶対違うっす!! これ、ガチの土木作業じゃないっすか!!」
私は日除けパラソルの下で、優雅にハーブティーをひと口。そのまま手元の工程管理表へペンを走らせる。
仮設机の端には、執務室からわざわざ持ち込んだ小さな置き時計。ちらりと時刻を確認する。
(懐中時計でもあれば便利なんだけど……)
「第3工区、資材搬入が予定より12分遅れていますわ」
「12分くらい見逃してくださいよぉ!」
「12分を笑う者は、納期に泣くのよ」
「どこの鬼監督の格言っすか!?」
購入した巨大倉庫は、食堂と職業訓練所へ大改装中。その隣の敷地では、学校と託児室の建設工事が進んでいた。通常なら数か月はかかる大工事。だけど――。
「ギルバート! あと30分以内に、魔法コンクリートの基礎を固めてちょうだい」
「またっすか!?」
「あと少しよ~」
「昨日からずっと『あと少し』って言ってますよね!?」
ギルバートが半泣きで、基礎部分へ両手をついた。
「やりゃあいいんでしょ、やりゃあ!!」
ドォォォンッ!!
炎のような赤い魔力が地面を走る。流し込まれたばかりの魔法コンクリートが、一瞬でカチカチに硬化した。
「おおっ!」
「さすが騎士団長様!」
「仕事が早え!」
大工たちから盛大な拍手が送られる。]
(騎士団分の追加人件費、ほぼゼロ! 工期は驚異の超短縮!)
(使える筋肉は、限界まで使い倒さないと損だものね♡)
「ソフィア様……」
ギルバートが膝をガクガクさせながら立ち上がった。
「防御魔法を、コンクリートの急速硬化に使い続けるのは……騎士としての尊厳が……」
「あら。子どもたちを守る強固な建物ですもの。立派な国家防衛任務でしょう?」
「…………」
「何か?」
「……また、うまいこと言いくるめられた気がしますぜ……」
「気のせいよ♡」
もっとも、働いているのは騎士団だけではない。
私のテーブルの上にも、書類がうず高く積まれていた。予算管理表。工程表。訓練生500人の名簿。各コースのカリキュラム。そして、事務コース向け教材――『ソフィア式・超速簿記入門』。
「お嬢様」
アンナが呆れ顔で、冷たいタオルを差し出してきた。
「騎士団のこと言えませんよ。お嬢様もここ数日、ほとんど寝てないじゃないですか」
「大丈夫よ。決算期に比べたら大したことないわ」
「けっさんき……?」
***
――そして、着工から10日後。
「…………で、できた……」
誰かが掠れた声で呟いた。朝日に照らされ、改装を終えた職業訓練所と食堂が堂々と姿を現している。その隣には、真新しい校舎と託児室。
ドサドサドサッ……!
泥だらけの騎士たちが、次々と地面へ倒れ込んでいく。
「終わった……」
「やっと……終わった……」
「生きて……任務を終えられた……!」
ギルバートは大の字になり、青空を見上げて放心していた。
「もう俺……しばらく剣よりスコップと左官ゴテの方が上手く扱える自信があるっすよ……」
「まあ。いい筋トレになったと思いなさい」
「誰のせいだと思ってんすかぁぁぁ!!」
私は完成した校舎を見上げる。新品の木製机。真っ黒な黒板。ここで子どもたちは文字と計算を学ぶ。
(……うん。悪くないわね)
私は振り返った。
「皆さま、本当にお疲れさまでしたわ♡」
「…………!」
パァァッ!倒れていた騎士たちの顔が、一斉に輝いた。
「ソフィア様……!」
「やっと労ってくれた……!」
「これで宿舎へ帰って、泥のように眠れ――」
「――では最後に、校舎全体を覆う結界の展開をお願いしますわ♡」
「まだあるんすかぁぁぁぁぁぁっ!?」
ギルバートの絶叫が、王都の空へ吸い込まれていった。
「当然でしょう? 明日から、ここには子どもたちが大勢通うんですもの」
「俺、建設業者の次は結界まで担当するんすか!?」
「皇室騎士団長でしょう? 国民を守るのがお仕事よね?」
「くっそぉぉぉ!!」
泣く泣く騎士たちが立ち上がり、校舎の周囲へ境界石を配置していく。
その中心で、ギルバートが地面へ手をついた。境界石へ魔力を流し込む。淡い光が一本、また一本と石同士を結んでいき――。やがて、眩い光が巨大なドームとなって学校全体を包み込んだ。
「これで――」
私は満足げに腰へ手を当てる。
「魔物除けの結界も完成ですわね♡」
「…………」
ドサッ。魔力を使い果たしたギルバートが、その場に突っ伏した。
「団長ぉぉぉ!?」
「お疲れさまでした♡」
「ソフィア様の笑顔……魔王より怖いっす……」
こうして。皇室騎士団の尊い犠牲――もとい、献身的な協力によって――。貧民街再生の拠点となる施設群は、予定を大幅に前倒しして完成したのだった。
(ふふっ。箱は完璧!)
(あとは、人を育てるだけよ)
コメント
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◇ リオン(古書研究・27歳) ひよりさん、第38話読み終わりました! ギルバートの「絶対違うっす!!」からの「まだあるんすかぁぁぁ!」の流れ、テンポ良すぎて声出して笑いました(笑)。ソフィア様の「12分を笑う者は納期に泣く」なんて名言、現場監督に採用すべきですよ。魔法コンクリートの急速硬化とか、騎士団の尊厳を国家防衛任務で言いくるめる手腕とか、「使える筋肉は使い倒す」の精神が気持ち良すぎる…。そしてアンナの「けっさんき…?」で前世の片鱗が見えたのもツボでした。箱は完璧、あとは人を育てるだけ――続きが気になります!