テラーノベル
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翌朝。開校初日を迎えた校舎では、訓練開始を前に最後の安全確認が行われていた。
「……ふぅ。魔力循環、結界強度、ぜんぶ異常なしっす……」
ギルバートが正門の境界石からパッと手を離す。
「これで正門側は完璧っすよ」
「まあ! さすが、仕事が早いわね~」
「うぐっ……! 腰が……背中と腕がやべぇ……」
腰をさすりながら、よろよろと立ち上がるギルバート。ようやく解放されたとばかりに安堵の息を吐いた――そのとき。
「じゃあギルバート」
私は笑顔で、校舎の奥をすっと指さした。
「次、裏門のほうも確認をお願いね。魔力が切れたなら、塩水でも飲んで少し休憩してもいいわよ~」
「…………」
泣きそうな顔で裏門へふらふらと去っていく背中を見送り、私は校舎の中へ足を踏み入れた。
***
職業訓練所は、初日から熱気に包まれていた。
「商品100ルク分を現金で仕入れた場合――借方は!?」
「仕入100ルク!」
「貸方!」
「現金100ルク!」
「正解!」
「よっしゃあああ!!」
事務・記帳コースの教室では、強面の男たちが算盤を弾きながら、必死に仕訳帳へペンを走らせている。すぐそばの食堂の調理場では、大鍋からもうもうと湯気が立ち上っていた。
「野菜の皮も捨てるんじゃないよ! 刻んでスープの出汁に回す!」
「はいっ!」
皇宮から派遣した料理人の号令のもと、訓練生たちが昼食作りに追われていた。作たられた料理は、そのまま訓練生と子どもたちの給食になる。
さらに清掃コースの訓練生たちは、施設内だけでなく周辺の道路へ。箒や塵取りを手に、実地訓練の真っ最中だ。
そして――。隣の学校からは、子どもたちの元気な声が響いていた。
「20ルク持っています。12ルク使いました。残りは?」
「8ルクー!」
「正解!」
「やったー!」
別の教室では、文字を習い始めたばかりの子どもたちが、小さな手で一生懸命文字をなぞっている。
「あ、書けた!」
「先生、見て!」
「上手ですよ」
奥の託児室からも、幼い子どもたちの笑い声が聞こえてきた。
(うん。順調ね)
そのときだった。
「皇太子妃殿下」
背後から、妙に甘ったるい声が響いた。振り返ると、華やかなドレスに身を包んだ貴族令嬢たちが数人、にこやかな笑みを浮かべて立っていた。
「何か御用かしら?」
「本日は、こちらの施設を見学させていただきたく参りましたの」
「見学?」
先頭の令嬢が、得意げに一枚の書類を差し出した。
【慈善教育施設・見学申請書】
末尾には――聖女シェリー本人の署名が記されていた。
「聖女様は慈善事業に大変ご関心をお持ちですが、本日は診療所の業務でご多忙でして」
「ですので、わたくしたちが代理として見学に参りましたのよ」
(ふーん)
(マウントを取りに来たってわけね)
「どうぞ。隅々までご覧になって」
案内を始めて早々、令嬢たちは好き勝手に口を挟み始めた。
「まあ……貧民の方々に帳簿付けを?」
「ええ。就職に必要な知識ですので」
「調理に清掃まで……ずいぶんと実務ばかりですのね。もう少し品位ある教育をなさった方がよろしいのではなくて?」
「職業訓練所ですもの」
(いちいちうるさいわね。実務を教えなくて、何を教えるのよ!?)
そして、子どもたちの教室が並ぶ廊下へ足を踏み入れた途端――。一人の令嬢が、わざとらしく声を上げた。
「まあ! あんな幼い子どもにまで、お金の計算を教えていらっしゃるの?」
「……読み書きと計算ですけれど?」
「慈善学校というのなら、まず神への信仰や礼節を教えるべきではありませんの?」
「聖女シェリー様なら、このような金勘定ではなく――」
別の令嬢が、うっとりと胸の前で手を組んだ。
「貧しい人々へ、清らかな愛と祈りをお与えになりますわ」
(……愛と祈り?)
こめかみが、ぴくりと引きつった。
「愛と祈り。素敵ですわね」
令嬢たちは、得意げに頷いた。
「でしたら――」
「――愛と祈りで、この子たちのお腹が膨れますの?」
「…………っ!?」
令嬢たちの表情が固まった。
「文字が読めなければ、悪質な契約書に騙されても気づけない。計算ができなければ、賃金をごまかされても気づけない」
「で、ですが……!」
「この子たちに必要なのは、誰かからの恵みを待つしかない人生ではなく――自分で考え、自分の力で稼いで生き抜く力ですわ」
教室を見渡す。真剣な顔で文字を書いている子。指を使いながら、一生懸命計算している子。
「礼節も信仰も大切ですわ。でもまず、生きる力がなければ始まらないでしょう?」
冷ややかな視線を、令嬢たちへ向ける。
「それとも――この子たちが賢くなると、何か不都合でもございますの?」
「な……っ、なんですって……!?」
そのとき。
「――その通りだな」
背後から、聞き慣れた声がした。
「カイル殿下?」
振り返ると、軍服姿のカイル殿下が立っていた。一瞬、その視線が、私の手元の管理表と小さな置き時計へ落ちた。すぐに顔を上げ、教室で学ぶ子どもたちを見渡した。そして、ふと窓の外へ目を向ける。
裏門では、点検を終えたギルバートが境界石にもたれかかり、今にも力尽きそうになっていた。
「俺は確かに、騎士団を貸すとは言ったが……ここまで使い倒せとは言っていない」
「まあ。人聞きが悪いですわ。皆さま、とっても生き生きと働いていらっしゃいましたわよ?」
カイル殿下が額を押さえ、深いため息をついた。
けれど、ギルバートから校舎へ視線を戻した彼の口元が、ほんのわずかに緩んだ。
「……よく、ここまで形にしたな」
「当然ですわ」
すぐに表情を引き締め、聖女派の令嬢たちへ氷のような視線を向ける。
「この事業は、俺と皇帝陛下が正式に承認している」
「で、殿下……! ですが、このような教育は――」
「異論があるなら構わん」
「!」
令嬢たちの顔がぱっと明るくなる。
「でしたら――」
「同額の予算で」
冷たい声が、その言葉を遮った。
「これ以上の雇用と税収を生み出せる代案を持ってこい」
「…………え?」
「もちろん、実現可能な収支計画と、根拠となる数字も添えてな。それができないなら――二度とこの事業に口を出すな」
「…………っ!」
令嬢たちの顔が、みるみる青ざめていく。
「し、失礼いたしましたぁっ!!」
逃げるように去っていった。
(さすが殿下)
(話が早くて助かるわ)
もう一度、子どもたちの教室を見渡した。施設は完成した。訓練も始まった。
あとは――。
(結果を出すだけね)
貧民街再生計画は、こうして本格的に動き始めたのだった。
涙乃
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花月夜れん
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ひより
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コメント
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おお、第39話読み終えたわ!ソフィアが「愛と祈りでお腹が膨れますの?」って切り返すシーン、マジで最高だった…あそこ、スカッとしすぎて声出たわ。実務教育vs精神論って構図がハッキリしてて、しかもカイル殿下が「代案持ってこい」って数字で潰す流れも完璧。ギルバートが全身筋肉痛で泣いてるのも含めて、今回もひより節炸裂してた🔥 続きが気になるわ〜