テラーノベル
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「ねぇ見て! これあの幽霊じゃない!?」
「いや……、見えなくもないが、こんなのじゃなくてもっとハッキリした人型じゃなかったか?」
「うー……、やっぱ撮り逃しちゃったかも……」
8月31日。
コンテナ内の机の上に並べられたのは、この夏の思い出の結晶。
遥夏がスマホで撮影した数々の写真、それを現像したものだ。
その中で注目されているのは……、夜の学校。その廊下。
先日、自由研究という名目で侵入した際のものだ。
学校に噂されている七不思議。
前の夏に実証した通り、その全てが誇張されただけの勘違い、尾びれ背びれをつけられた流説だったが……、それでは遥夏は満足出来なかった。
ひとつやふたつ、思い出に強く残るほどの理解不能な不思議が起きて欲しいと思ってしまったのだと思う。
だから、作為的に不思議を起こすことにした。
「ばっちり撮れたと思ってたんだけどなー」
「まあ……、仕方ねえよ。 存在しないはずの第八の七不思議を見つけたんだ。 自由研究にしちゃあ充分な成果だろ」
【其の捌 『赤い女』】
存在しないはずの第八の不思議、校内を徘徊する、全身が血みどろに塗れた女の霊。
オレ達が発見した、新たなる七不思議だ。
全ての不思議を調査し、その真相にガッカリしていた遥夏が、雨も降っていないのに水の音が聞こえたと言い出して向かった先に、その女はいた。
スマホのライトを向け、それが人型の何かだと気づいた途端、オレ達は全速力で学校から逃げ出したのだった。
無論、あの女は夏祭りの射的の時と同様、オレが野崎に言って権能で用意してもらったもの……、ただの人形だ。
校内を歩き回りながら血で人型を作り、遥夏がそれを発見できるように誘導させたのだった。
ここまでしなければ……、不思議なんてモノと出会すことはできない。それは当然のこと。
本来は権能なんておかしなものがあること自体、世の中の常識がひっくり返ってしまうほどに、おかしなことなのだ。
それでも不思議と直面したいのなら……、少しズルいかもしれないが、手を加えて不思議を作るしか方法はなかった。
結果は上手くいった。
このままオレか野崎がネタバレしない限り、『いつもの場所』のメンバーには、あの女は本物の霊現象と認識され続けるだろう。
実際、今こうして思い出話に浸っているのが成功の証拠だ。
「今でも怖いよー! めっちゃ楽しかったー」
「お、俺たちモノホン見ちまったのかな……」
「かっつん! 不安がる必要はないよ! 幸運だーって考えよ! 一生の内にモノホンが見られる人なんて超限られるよ! ラッキーラッキー」
「……俺たち、けっこー夏遊んだな」
散らばる夏の写真たちを、各々が一枚ずつ拾う。
「わー見てこれ、海で髪の毛ガビカビになったかっつん!!」
「仁と久々にバトったの面白かったよなー!」
「うん、面白かったね。 僕はこの夏祭りのやつ好きだな。 季節感があっていい一枚だ」
「遥夏さん、このお兄ちゃんの写真買い取ってもいいですか? お宝コレクションに入れます」
「……私はどの写真もうまく写ってないな。 後ろ向いたり、ぼやけていたり……」
「野崎らしいな……。 あ、ホラ。 この遥夏の自撮りのやつとか、集合写真系にはちゃんと写ってんぞ」
思えば……、この夏は本当に濃かった。
『黄昏症候群』がもう発症しないようにって、思い残すことがなくなるよう限界までやれることはやったつもりだ。
「……なあ、遥夏」
「んー? なにい、煌?」
「夏休み、どうだった?」
遥夏は「なにー改まって」と笑って、
「めっっちゃ最高だった! いっぱい思い出できたし、いっぱい楽しかったもん。 ……あー、でも」
その接続詞に、不安がよぎる。
遥夏にはまだ未練があるのか?
もしもそうなら、今すぐにでも達成しなければならない。
明日になれば、夏は終わってしまう。
遥夏の『黄昏症候群弐型』は、夏の終わりに発作が発生するオレの症状とは違い、夏の半ばだろうと「夏をやり直したい」という思想が走れば突然発症するものだ。
それが今日日まで起きなかったということはつまり、遥夏は現状に満足している。
だから強い不安なんてないハズなのだが…………
「……最高の夏休みだったなーって思うよ! でもね、いつか忘れちゃうのかなって思っちゃうんだ。 こんなにも忘れたくないのに、ゆっくり薄れてっちゃうのかなって思うとね、なんか不安になっちゃう……」
「……くくっ、はははっ!」
「えっなに! 煌なんで笑うの!」
「いやあー、そうか。 過去の次は未来の不安か。 忙しいな、遥夏は。 そんなのさ、オレたちなら来年も再来年も、人生のハイスコア更新できるくらい楽しめるに決まってんだろ。 忘れる前に、もっと良い思い出で加筆していけばいいんだよ。 忘れずに残った思い出の欠片が、次の思い出の一部になってくんだ。 悪くねえだろ?」
遥夏の吐露で安心した。
きっと彼女の『黄昏症候群』はもう発症しない。
事実上の治療に成功したと言えるだろう。
となると、残る問題は――――
「さあ、まだ宿題終わってねえ奴いんだろ? 今日は解散しようぜ」
「えー、夏休み最終日なのに? 明日からまた学校始まるんだよ? しかも一時転入でバラバラになっちゃうのに!」
「バラバラだって、明日も明後日も学校終わりにここで集まればいいだろ。 夏休み最後だからって、強引に特別にしなくても大丈夫だって」
「まー……、そっか。 うん、じゃー明日もここ集合! 約束ね、絶対ね!」
「ああ。 オレは理紗と野崎と同じ学校に転入だから、始業式のあとに二人を連れて来る」
「ん! 約束ね、約束!」
机に広げた写真たちをそのままに、思い出話しながらコンテナを出る。
帰路の途中、廃線になった線路を六人で歩いていると、野崎が横についた。
「……煌、変わったな」
「どこが?」
「あんなに熱い男じゃなかったろ。 青春だの思い出だの、そういうのは意識しない、興味も薄い、勝手についてくるものだと言って、冷ややかに過ごす系統の人間だと思っていた」
「……あいつらと一緒にいるの、すげえ居心地が良いんだよ。 記憶喪失とか、どうでもよくなっちまうくらいさ。 大切にしないとって思ったら、あんまオレらしくねえかも知れねえけど、それがガソリンになってた」
「……フン、本当に君って奴は、非効率で意外性抜群だよ。 すぐに”爆発”するしね」
「……まあな」
「それじゃあ予定通り……、始めるか?」
「ああ。 ここは……、奴と最初に会った場所。 そして、『黄昏症候群』に罹患した場所だ。 夏が始まったこの場所で、全てを終わらせる」
「わかったよ。 ……本当に君の計画で上手くいくんだな?」
「何度も話したろ、野崎。 賭けにはなるが……、これしかないんだ」
「分かったよ。 もし殺されでもしたら許さないからな。 君を殺すのは、私だ」
物騒なことを言い残し、野崎は遥夏たちに背後から話しかける。
「えっ、煌ってば忘れ物してきたの?」
「悪い、取ってこなきゃ。 理紗、こっからの帰り道はもう分かるだろ?」
「はい、分かりますけど……」
「ついでにちょっとした用事も終わらせてくるからさ、先帰っておいてくれ。 ほら、一人で外歩く練習。 引きこもりリハビリの続きだ」
「一応、私が付き添おう。 煌の家はもうすぐそこだろう? 場所は分かっているよ」
「おう、野崎頼んだぜ。 それじゃあ皆、また明日な」
皆がオレに向かって、大きく手を振る。
歩きだして……、空の赤と、同化していく。
誰がどのシルエットかわからなくなった頃に、
「いるんだろ、ラヴェンダー」
そう振り向くと、オレに呼び出されたように、彼は夕日の中に立っていた。
陽炎に歪む、黒いシルエット。
紳士帽に、黒毛皮のコート、柄に目玉のような装飾がついた長いステッキ。
その姿、間違いない。
あの夕日の世界で見たラヴェンダーだ。
「現れると思ってたぜ、ラヴェンダー」
「現実世界で会話するのは初めてだね、『特例』君」
「ああ、ここ最近は診察室に行かなかったから、オレが何してるか分かんなくて寂しかったろ?」
「……ほう、私の権能を考察したな?」
ラヴェンダーはステッキをついて、こちらへ寄ってくる。
「あの子に感染させた第二の『黄昏症候群』が末期症状に到達しなかったのは偶然ではなく……、君が六周の夏を使って症状を調べあげ、対処した結果……、必然を引き出した結果ということか。 くくく、全く……。 正直、舐めていたよ『特例』君。 私に権能を察知されぬように使用を控えた上で、ここまでやれるなんてな」
「苦労したぜ。 何度も殺されかけてよ、ワケわかんねえことばっかで。 あいつらと会えてなきゃ……、無限ループから脱出するなんて絶望的だったと思う」
「あいつら? どうやら、診察に来ないうちに『廃棄物《アウフヘーベン》』と接触してくれたようだなあ? そいつは嬉しいぞ、これで奴らの居場所が分かる。 離反者のゴミクズ共を裁ける! 君は私の患者であり、同時に諜報役の烏となるのだ!」
「あいつらはオレを助けてくれたんだ。 恩がある。 教えねえよ、教えるわけがねえだろ」
「君が教えなくとも、『黄昏症候群』が教えてくれるのだよ。 君を再び感染させて診察室送りにすれば、すぐに君のこれまでの夏の記憶を知ることが出来る。 拒んでも無駄なのだよ」
「……ラヴェンダー。 オレを再び『黄昏症候群』に感染させたら……、その時が、お前の最後だ」
「抜かせ。 私の『椅子取り遊戯』は最強の権能だ。 『特例』の君が如何なる権能を隠し持っていようとも、どう仕様もないほどの絶望を与えてやろう。 『黄昏症候群』を変容させ、進化させる! 次にお前に感染させるのは、より強い感染力、より強い症状、より強い発作反応を持つ致命の難病だ! 一度は運良く治療できたみたいだがなあ、今度はもう救えんよ!」
夕日の中で嗤うラヴェンダー。
こちらを指さして、
「『椅子取り遊戯』!
さあ、また世界の何処かで、
誰かが損を被ることになる。
それを見た誰かが、泡銭を拾う。
それは君か、将又、私か。
この間違いだらけの世の中にメスを挿れ、
調律のとれた世界に戻そうじゃあないか!」
突風が放たれた。
まばたきをすると、既にラヴェンダーはいなくなっていた。
奴の声が、オレの頭の中からこだまする。
「これで君も終わりだ『特例』君。 『廃棄物』の情報を引き抜けば、あとは用済みだ。 終わらない夏の中で狂い死になさい! カルテにはこう書き残しておこう、精神異常による発狂とな!!」
「……ラヴェンダー、お前の負けだ」
「何を馬鹿なことを。 私は最高の気分だぞ? 何もかも私の手のひらの上でねえ! それではまた、日付の変わる頃にお会いしよう。 8月32日になるまでの残り数時間、最後の学生生活を思う存分に楽しむがいいさ」
「いや……、その必要はない」
「くくく、強がりも程々に――――」
直後、夕日が街並みに沈んだ。
あんなにも眩しく輝いていたはずの夕日が。
「……な、何だ? 何が起きている、太陽が消えた……?」
「さあ行こうぜ、お医者様。 8月32日に……!」
直後、世界は真っ暗に落ち込み――――、
あの、夕日と水平線の世界に接続した。
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