テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……ん。」
阿部がゆっくりと目を開ける。
見慣れた控室のソファだった。
「起きた?」
すぐ隣から岩本の声が聞こえる。
「あれ……。」
時計を見ると、動画撮影の予定時間はとっくに過ぎていた。
阿部は慌てて身体を起こす。
「撮影!」
「ごめん!」
「俺、寝ちゃっ――」
「終わった。」
岩本が落ち着いた声で言う。
「え?」
「お前、顔色最悪だったから。」
「撮影には参加させなかった。」
阿部は目を見開いた。
「うそ……。」
「みんなに迷惑……。」
「迷惑じゃない。」
岩本はきっぱりと言い切る。
「無理して倒れられる方が困る。」
阿部は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい……。」
そのあと、ゆっくりと深澤と渡辺へ視線を向ける。
二人は何事もなかったような顔をしている。
「……。」
阿部はじとっと二人を睨んだ。
「昨日のお酒。」
深澤は笑いながら肩をすくめる。
「美味しかった?」
「覚えてない!」
「ならセーフ。」
「セーフじゃない!」
渡辺まで吹き出した。
そのやり取りを見ていた目黒が、自然と阿部のそばへ歩いてくる。
「阿部さん。」
「まだ顔色悪いですね。」
「水、飲みます?」
机の上にあったペットボトルを開け、阿部へ差し出す。
「ありがとう……。」
阿部は受け取りながら、目黒の左手が視界に入った。
薬指。
銀色の指輪。
「……!」
思わず自分の左手を見る。
そこには、自分の指輪もある。
目黒の薬指。
自分の薬指。
二人とも、同じ場所に指輪が戻っていた。
阿部の顔から一気に血の気が引く。
「な、なんで……。」
小さく震える声に、目黒は不思議そうに首を傾げた。
「これ。」
「佐久間くんが返してくれました。」
嬉しそうに薬指を見つめる目黒。
「蓮、よかったね。」
佐久間が目黒に微笑む。
阿部は言葉を失った。
深澤が静かに口を開く。
「もう。」
「あべちゃんもめめも悲しい思いはさせない。」
「俺らがさせない。」
渡辺も続ける。
「もう一人で決めるな。」
岩本も頷く。
「今回だけは。」
「お前の好き勝手にはさせない。」
ラウールも康二も宮舘も、静かに頷いていた。
阿部は一人ひとりの顔を見る。
そして最後に目黒を見る。
何も知らないのに。
優しく笑っている。
その光景だけで胸がいっぱいになった。
「……むり。」
ぽつりと呟く。
「え?」
「もう……。」
「……。」
事故の日。
目黒。
指輪。
メンバー。
全部が一度に押し寄せる。
「っ……。」
視界が揺れた。
「阿部さん!」
その場で力が抜ける。
倒れそうになった身体を、一番近くにいた目黒が反射的に抱き止めた。
「阿部さん!」
「しっかり!」
「阿部!」
メンバーが一斉に駆け寄る。
「大丈夫⁉︎」
「医者呼ぶ!?」
阿部は完全に気を失っていた。
___________
阿部をソファへ寝かせたあと、佐久間は目黒を廊下へ呼び出した。
「蓮。」
「はい。」
佐久間は真剣な表情で言う。
「今すぐ。」
「あべちゃんを、お前らの家に連れて帰れ。」
「……え?」
目黒は驚く。
「でも。」
「別れてるって……。」
「そんなの今は関係ない。」
佐久間は静かに続けた。
「それと。」
「もし、本気で記憶を取り戻したいなら。」
「家中探しまくれ。」
「……家中?」
「メモでも。」
「置きっぱなしの物でも。」
「何でもいい。」
「お前らが一緒に生きてきた証拠が、あの家には山ほど残ってる。」
目黒は息をのむ。
佐久間は少しだけ笑った。
「頭が忘れてても。」
「心が覚えてるなら。」
「何かがきっかけになるかもしれない。」
目黒はゆっくりと頷いた。
「……分かった。」
その瞳には、記憶を取り戻したいという強い決意が宿っていた。
___________
目黒は気を失った阿部をそっと抱き上げると、二人で暮らしていた家へ連れて帰った。
玄関を開ける。
何度も帰ってきたはずの場所なのに、どこか懐かしい。
「……ただいま。」
返事はない。
目黒はそのまま寝室へ向かい、阿部をベッドへ優しく寝かせた。
乱れた前髪をそっと整える。
「ゆっくり休んでください。」
小さく呟き、部屋を出ようとした。
その時だった。
左手の薬指にはめた指輪が、ふと目に入る。
「……。」
次の瞬間――。
___________
『サプライズ。』
『めめにも。』
『婚約指輪。』
照れくさそうに笑う阿部。
自分の左手の薬指には、阿部と同じデザインの指輪。
『お揃いだね。』
嬉しそうに笑う阿部。
『すごく嬉しい。』
『絶対外さない。』
___________
「っ!」
目黒は壁へ手をついた。
「思い……出した。」
ほんの一瞬。
それでも確かに、自分の記憶だった。
朝起きたら、阿部と同じ指輪が薬指で光っていた日。
あの時の笑顔。
幸せだった空気。
全部ではない。
けれど、本物の記憶だった。
「指輪……。」
目黒は薬指を見つめる。
「これ。」
「きっかけになるのか……。」
さらに頭の奥で、もう一つ映像が浮かぶ。
___________
『疲れた……。』
仕事から帰った自分がソファへ倒れ込む。
すると阿部が笑って両手を広げる。
『めめ。』
『おいで。』
抱きしめる。
たったそれだけ。
それなのに、不思議なくらい疲れが軽くなる。
『充電。』
『今何%?』
目黒が笑う。
『100%になった。』
___________
「……そうだ。」
目黒は胸へ手を当てた。
「抱きしめ合うと。」
「疲れが取れた。」
その感覚まで、鮮明によみがえる。
「この指輪を付けていれば……。」
「もっと思い出せる気がする。」
そんな確信が生まれていた。
___________
目黒は部屋を出る。
玄関へ向かった瞬間。
また一つの映像が浮かぶ。
___________
『あべちゃん。』
『今日も付いてる?』
『もう。』
『毎日付けてるよ。』
『外さない。』
そう言いながら薬指を握る自分。
___________
「毎日……。」
「確認してた。」
阿部の薬指を。
ちゃんと指輪を付けているか。
それが当たり前の日課だった。
___________
キッチンへ入る。
食器棚に隠してあったノートを見る。
グラタン用のホワイトソースの作り方。
カキフライの作り方。
その瞬間。
___________
『今日ね!』
『グラタン作ってみた!』
『めめ好きでしょ?』
『美味しい。』
『また作ってね。』
___________
『今度はカキフライ!』
『衣失敗した!』
二人で大笑いする。
___________
目黒の目から涙が一筋流れた。
「全部……。」
「俺のために。」
練習してくれてた。
___________
食器棚を見る。
プラスチックの皿が目に入る。
その瞬間。
___________
割れたガラス。
『っ……。』
阿部の手首から血が流れている。
『あべちゃん!』
慌てて駆け寄る自分。
『動かないで!』
震える手で止血している。
『大丈夫だから!』
『すぐ病院に行こう!』
泣きそうになりながら手当てする自分。
___________
「……っ。」
また涙がこぼれる。
「俺。」
「あんなに必死だった。」
___________
書斎へ入る。
本棚には、一冊のノート。
何気なく開く。
五線譜。
歌詞。
コード。
その瞬間。
___________
『このメロディどう?』
『いいじゃん!』
『サビ二人で歌ってみよう。』
『採用!』
笑いながらノートへ書き込む二人。
___________
「曲……。」
「一緒に作った。」
ページをめくるたび、二人の文字が並んでいる。
阿部の綺麗な字。
自分の少し勢いのある字。
同じページに、何度も重なっていた。
目黒はノートを抱き締める。
「思い出したい……。」
「全部。」
「阿部さんとの時間を。」
家中を歩くたびに、記憶の欠片が胸へ流れ込んでくる。
嬉しかった日。
笑った日。
守りたかった日。
その一つひとつが愛おしくて。
気付けば目黒の頬は涙で濡れていた。
「お願い……。」
「全部、返して。」
静かな部屋で、目黒は指輪を強く握り締めながら、失われた記憶を必死に追い続けていた。
kaede🍁
12,147
みら

3,070
15,080
#AI
みら

10,531
コメント
1件
みぅ🤍🥀です。 第7話、読み終えました…。 もう、最初から最後まで泣きそうだった。阿部ちゃんが気を失って、目黒くんが抱き止めるシーン、すごく切なくて。そして佐久間くんの「家の中を探せ」って言葉、重かった。目黒くんが家中を歩くたびに記憶が蘇る描写、一つひとつが愛おしくて苦しくて…「指輪」がきっかけになるのかな。二人の時間がもどかしくて、胸がぎゅっとなる。続き、すごく気になる…🌙