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典晶と素戔嗚が河原で話し込んでいる頃、アマノイワドに残ったイナリ達は炬燵の中に入り顔を見合わせていた。立ち籠める重い空気は高い天井から垂れ下がるように停滞し、炬燵の上に置かれた季節外れのミカンとお茶があっても和むことはなかった。


「文也、貴様が話すのじゃ。第三者お主から話を聞きたい」


得も言わせぬ強い口調で八意は告げた。暫く迷っていた文也だったが、「文也」と、優しく月読に耳打ちされ、彼は落城した。


「あの、これは俺の主観なんだけどさ…」


そう前置きして、文也は語り始めた。


主な内容は、典晶のことだ。もちろん、それは文也の主観だったが、誰もが真面目に耳を傾けていた。


「典晶はさ、自分に自信が無いんだよ。引っ込み思案でさ、色々考えているけど、それを実行できる勇気が無いんだ。だからかもしれないけど、あいつは凄く友人思いでさ、いつも俺や美穂子の悩みを聞いてくれるんだ」


「そうだ、典晶は誰よりも優しい。私は知っている」


イナリは満足そうに頷くが、反対に文也の顔は曇っていく。


「だからさ……典晶にとって、さっきのイナリちゃんの行動は、凄くショックだったんだと思う」


「私は、典晶や文也、美穂子を守ろうとしただけだ。それの何が悪い?」


「凶霊に取り憑かれていたのは、美穂子の友人だ。俺と典晶は余り接点が無かったけどさ、知らない間柄じゃ無いんだ。こっちの世界じゃどうか分からないけど、人間の世界で人が一人死ぬって事は、凄く大きな事なんだよ。たぶん、イナリちゃんが理亜を殺していたら、俺たちは学校にいられなくなるかもしれない。普通の生活は、送れなくなるかもしれない。それほど、一大事なんだよ」


「………もし、私があの女を殺していたら、典晶は、私を嫌っていたか?」


「………間違いなく。あいつはこれから、こういうことが起こったとき、どう対処して良いのか分からないんだと思う。もちろん、イナリちゃんの気持ちも分かってる、だけど、典晶は人間だ。あいつは凶霊に取り憑かれている理亜を、関係が無いんだとしても、放っておくことはできないんだと思う」


小さいイナリは髪の毛から飛び出している三角の耳をしゅんと垂れる。


「ふむ……難儀じゃのう……。儂ら神は、総じて人の命を軽く見る傾向にあるからのう」


「私は違うぞ」


イナリが反論するが八意は胡乱な眼差しでイナリを見る。


「本当にそうと言えるか? もし、凶霊に取り憑かれたのが、儂らの仲間だとしたら、そちは殺して凶霊を払おうとするかの?」


ズズッと、八意はお茶を啜る。


「それは……」


イナリは答えられなかった。自信がなさそうに顔を伏せる。


よかれと思ってやったこと。典晶達を救う最も確かな手段は、凶霊もろとも理亜という少女の命を奪うことだった。だが、それは間違っていたようだ。八意が指摘するとおり、イナリは心の何処かで人間を軽視していたのだろう。愛する人、典晶と同じ人間を。


イナリの行動は典晶との間に大きな壁を作ってしまった。浅慮だった。今更悔いてどうにかなる問題では無いが、もっと考えて行動すべきだった。いや、あれが自分の本心だった。今回は上手く繕えたとしても、いつかきっと同じ事をするだろう。


「……イナリちゃん」


しょんぼりするイナリに、文也が声を掛けてきた。


「俺はイナリちゃんが好きだ。もちろん、それは男女としてじゃなく、友人としての『好き』って意味だ。俺は、君と典晶が結婚できれば良いと思っている。土御門の仕来りがどうこうって意味じゃ無くて、友人として二人には幸せになってもらいたい」


「ありがとう、文也」


文也の言葉は素直に嬉しかった。


「私は、まだまだだな。典晶と添い遂げると決めた以上、誰よりも人の心を理解しないといけない」


「そうね……、人の心は複雑怪奇」


お茶を啜りながら、月読が呟く。


「私たちに比べれば、本当に一時の短い命。だから、人は限りある命を精一杯生きようとする。同じように、命を大切にする。イナリ、私たちが人の心を理解しようとするのなら、常に理解するように努めるしかないわ」


「俺たちもそうだよ。神様のこと、もっとよく知らないといけない。お互いに、もっと知るべきだと思う。」


文也の言葉にイナリは頷く。


「難儀じゃのう……。人の心を理解するのは、本当に難儀じゃ」


他人事のように呟いた八意は、こぢんまりしたイナリをしげしげと見つめる。


「兎に角、那由多が到着するまで狐の嫁入りも膠着状態じゃ。まずはそのチンチクリンな容姿を治したらどうじゃ?」


「明日になれば神通力も戻るだろう。このままでも問題は無いが、尻尾が少々邪魔だ」


「そう? 私はこれはこれで、見ていて愛くるしいと思うけど」


サワサワと月読はイナリの尻尾を触る。


「ひゃうっ!」


ぞくっと背筋に悪寒が走り、イナリは体を震わせた。


「イナリ、アナタ、感じやすい性格ね」


そう言って月読は手を伸ばしてくる。イナリは「やめい!」とその手を振り払い立ち上がる。


「文也! 帰るぞ! 典晶を呼びに行く。八意、二人は何処にいる?」


「たぶん河原じゃ。金のない素戔嗚が行くとこなど知れておるわ。月読、案内してやれ」


「ええ、良いわ。愚弟が典晶に何を吹き込んでいるか心配だしね」


音も無く月読は立ち上がった。

狐の嫁入り ~其の壱~ 許嫁は『妖狐』!?

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