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治癒師はその回復力に驚愕すると、思いついたように表情を変え、ぽんっと拳で掌を打った。


「成程。このお体が幸いしましたね。大き過ぎて毒の巡りが最小限に抑えられた様です。はははっ」


「てめぇ…… がはっ…… ひっ、人を褒めてるのか貶《けな》してるのか、どっちだ? 」


いつもの他人を揶揄《からか》う他愛も無いヴェインの言葉が、つい口から出ただけだった。然し到底、冗談では済ませられない兵士達は治癒師を睨む―――


「無礼な――― 」


ヴェインはこの時迄、自分の立場さえ満足に理解出来てはいなかった。


長きに渡り劣勢に追い込まれていた国の情勢が、今やっと突如として現れた一人の人物により光が差した。それは人々の希望となり、平和を勝ち取る為の未来となった。そんな人物を馬鹿にするなど、それこそ万死に値する。


「いっいえ、私はべべっ別に…… 決して貶《けな》してなど」


一人の兵士がスラリと剣を抜く―――


「我らを導きせし聖戦士《ムジャーヒド》を侮辱するなど、貴様にはもう首はいらんと見た」


「ひぃぃぃぃぃ」


すると立派な甲冑の兵士が、お前にはもう用は無いと謂わんばかりに間に割って入り、治癒師を払い除ける。


「まぁ待て。この者の処罰など後で良い。今はミルドルド様の御身を案じるのが先だ。取り急ぎ床《とこ》を敷いた大きな荷馬車を用意し、外科医師《ジラーフ》の元へと、お連れするのだ」


「はっ‼――― 」


堪らず血色の悪いヴェインが口を挟む……。


「待て待て、外科医師《ジラーフ》って…… やっ、藪医者のイーサン・ハキームの所か? 勘弁してくれ…… げほげほっ、俺ぁまだ…… けっ、研究材料なんかにゃあ、なり…… たくねぇぜ」


「先ずは全身に突き刺さった毒針を抜かねばなりますまい。御安心召され。何かあらば、ハキームの首も切って落とします故」


「はははっ、がはっがはっ…… そりゃあどうも…… それ…… とよぉ――― 」


「はっ‼ 何なりと」


「その立木の奥に…… 娘っ子二人が、瀕死で転がってるはずだ、直ぐに…… 手当てしてやれ、いいか、そいつらも…… 死なせちゃならねぇからな、必ず救え。いいな? 」


「御意――― 」


「俺ぁもう…… 疲れた…… からよぉ、少しばかり…… 寝る…… ぜ。後はてめぇらに…… 頼むっ」


そう告げるとヴェインは、大きな鼾《いびき》を途端に上げ始めた。


「ミッ、ミルドルド様⁉ 」




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足元に浮き出た血管の様な木の根を幾つも飛び越えて行く。どの位の時が経ったのだろうか、かなりの距離を進んで来た所で、先行するザイードが立ち止まり、木の上を注視する様に指差した。


―――狩人である弓兵二人は木の上か……


「ヤツラ辺りを警戒してる。多分此処で一旦休息を取るみたいだな。班長殿、俺達も此処から離れて交代で休んだ方がいい」


「そうだな」


大きな大木の樹洞《じゅどう》を近場で発見し、ハキムと二人で注意深く内部を確認する。こんな状況下で先住者の大熊にでも出くわしたならば、それこそ命の保証は無い。目が暗闇に慣れた頃、慎重に奥まで進むと、顔を見合わせ二人して胸を撫で下ろした。


巨大な樹洞の中は、奥へ進むほど広がりを見せ、大人三人が寝転んでも余裕がある程だった。但し、得体の知れない獣たちの体毛と臭いが立ち込め、到底仮眠など取れるような状況では無い。


ザイードは、敵の休息地近くの木の上からの見張りを自ら買って出てくれた。その間に、樹洞の中の環境を整えようと、ハキムと二人で乾いた葉の付いた枝を幾つも拾い集め、獣の体毛を掃き出すと同時に換気を促し、柔らかい大き目の葉を洞《うろ》の中に大量に敷き詰めると、入口も葉で覆い隠す。


「だいぶ臭いも無くなりましたね」


「香炉を焚くわけにも行かないからな。丁度、葉の匂いが上手く消臭の役割になってくれて助かった」


煙を出す行為は敵に存在を知らせてしまう可能性がある為、今は自粛する他無い。そんな中、空腹を知らせる音が時の経過を教えてくれた。


真っ暗闇に、ハキムの腹がグゥと鳴る―――


「すっすみません。口に入れる時間が無くて」


「気にするな。敵の拠点を見つけ次第、何か食料になる物を探そう。俺も今、塩の欠片くらいしか持ってないんだ、すまん。拠点が此処から近ければいいが、遠いと腹の鳴る回数が増えるな」


「そうですね。でも多分、近いという事は無いかも」


「何故そう言い切れる? 」


「アイツらが砦を出る前に、近くに在った井戸で水袋を満たしていたのを見たんです」


「成程。水の補充か…… 」


水は一番の生命線。その行為こそが、これから長い道のりを行く事を示していた。


「そういえば…… 」


「どうした? 」


「班長さんって剣なんて持ってましたっけ? 」


「はははっ、さっ最初から外套の下に持ってたぞ、気付かなかったのか? 」


「はい、気が付きませんでした」


「そっそうか…… はははっ」


ハキムの何か煮え切らないモノを見るような視線に、頬を汗が通り過ぎて行く。口が裂けても大きな黒猫から刀を手渡された等とは言えない。


そんな表情の変化を特に気にする事は無く、ハキムはグランドから受け取った地図に、現在地を書き込もうと懐に手を伸ばす。


「うーん、やっぱり真っ暗で何も見えませんね。どっちが北なのか南なのかさっぱりです」


地図が描かれて居るであろう羊皮紙をハキムがグルグルと暗闇で回していると、突如として吹き抜けとなっている高い洞《うろ》の天井から光が落ちて来た。


「―――――⁉ 」


「何でしょうアレ…… 」


見上げた小さな光がゆっくりと真っ直ぐに向かって来る。咄嗟に、正に条件反射的に鬼丸を握ると、カタカタと僅かにその存在の正体を知らせた。


―――なっ、まさか、

此奴が声の主―――


―――やられた―――


こんな狭い空間で刀を抜く事は出来ない。知ってか知らずか堂々と此方《こちら》の不利な状況下に乗り込んで来るとは、不意を突かれたとは言え、敵乍ら頭が回る存在に反応が遅れる。


―――クソッ……


『まぁまぁ。警戒するのはわかるけどさァ、少し落ち着きなさいョ。因みにこの声はアンタにしか分からないみたいだしッ、好都合じゃないッ』


「なっ――― 」


「どうしました? 」

ハキムが怪訝な顔で覗き込み、俺の顔色を確かめる。


「嫌――― 何でもない」


「綺麗な光ですねぇ~ 発光蟲ってヤツか何かでしょかね? 」


手を伸ばせば届きそうな頭上で、小さな光はその動きを止めた。


「妖精…… 」


ハキムが瞳を輝かせ、そう呟くと、小さな光がクルリと頭上を回った。


「ひゃぁぁぁ――― 」

驚きの声を上げたハキムは、洞の壁にドスンと背中を打ち付け、目を大きく見開いたまま硬直してしまった。


「みみみ見ましたか班長さん⁉ 今見ましたか? 」


「あっ…… あぁ、見てたぞ」


「いいいっ今、言葉に反応しましたよ、妖精さんですよ班長‼ ここここれは大発見ですよ」


人の言葉を理解しているのか?―――

―――いや、人の言葉に反応して見せただけなのか……


―――どちらにせよ厄介な存在だな―――


『厄介な存在とかってッ ちょっと酷くないかしらネ』


「何だとっ――― 」


咄嗟に膝を立てた俺に、またしてもハキムが驚き腕を掴む。


「班長さんっ、信じられないのも理解出来ますし、驚くのも分かりますけど、完全に居ないって証拠も無いわけですし、然《しか》も今、実際に目の前に存在して居るわけで…… 」


『あははアンタ達ッ 面白いわネ。若干食い違ってる所なんて本当、人族って感じで笑えるわョ』


魔眼を受けた代償として、異界の者の言葉を理解出来る様になった俺は別として、ギアラは人の言葉を理解出来ない。ヤツを獣人とするならば、獣人は人の言葉を理解する事は出来ないと云う事になる。人の言葉を理解出来ていた存在で思い当たるのは、魔人と呼ばれる者だけだ。


ならば此奴も魔人と同列の存在と云う事なのか…… 嫌、若《も》しかしたら此奴も形《なり》は小さいが、魔人と呼ばれる者なのかもしれない。


『ふふふッ グルグルと良く回る頭ネ』


「―――――⁉ 」


『そうねッ アンタの心の声はアタシには駄々洩れョ』


―――読心眼《どくしんがん》⁉……


『アラッ 良く知ってるわねッ。それと、一応言って置くけどッ アタシを妖精とか魔人なんて言う低俗な連中と、一緒にしないで欲しいわネ』







余命短き虫の音と、出会ひの奇跡に歓喜せり。安寧崩す愚者どもは、

天命と偽り許しを乞ふ。大河を行く星々は、失はれし幾千の命の

灯火なりけり。今宵もまた涙の如く夜を流れぬ。

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