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「マジでむかつく」
横井 仁愛ことニアは、苛立つ気持ちのまま呟くと、制服のブラウスのボタンを一つ外した。
隣を歩く級友の朋美と恵が、すぐに「あははっ、わっかるぅー」と声をあげる。
下校時間の帰り道は、たくさんの生徒がいて騒がしいのに、それを上回る声の大きさで同感してくれたのは嬉しい。
ただその軽いリアクションに、ちょっと不満に思ってしまう。
ニアの通う高校は、毎シーズン服装検査がある。公立高校なのに校則がまあまあ厳しいので、近所からは「デモクラ高」と呼ばれている。
語源は大正デモクラシーからきていて、大正時代のような堅っ苦しい高校だから”デモクラ高”。
あまりに微妙なネーミングセンスに、名付け親が誰なのか興味を持ったニアだが、二年生になった今でも、名付け親は判明していない。
とにかくデモクラ高の服装検査は厳しい。朋美は緩いパーマをかけているので反省文。恵はスカート丈が短く、学校指定じゃないリボンを付けていたので、朋美と同じく反省文。
ニアは、ボブカットで艶のある黒髪。ピアスも今日は外してるし、ネイルだって昨日のうちに落とした。スカート丈も、リボンも直前に規定内に戻した。
それなのにタトゥーをしてると冤罪をかけられ、生徒指導室に呼び出された。1時間も説教を受けたニアは、これは間違いなくスクハラだと憤慨している。
「ねえこれってさ、そんなに目立つ?タトゥーに見える?んー……私には痣にしか見えないんだけどなぁ」
鞄を持ったまま、二つ目のブラウスのボタンを器用に外して、ニアは朋美と恵に鎖骨の下を見せる。
返って来たのは「どぉだろねぇー、微妙!」という、まさに微妙な返事だった。
ニアには生まれた時から、鎖骨のちょっと下に薄桃色の雪の結晶のような痣がある。
母親の証言によれば、痣は生まれた瞬間からあったそうだ。大きくなればそのうち消えると判断され、今日にいたるまでずっと放置され続けていた。
ニアも、そのままでいいと思っているけれど、冤罪をかけられた日は「もういっそ消そうかな」なんて思ってしまったりもする。
「ニア、そぉー気を落とすな。一緒に反省文書けばいいだけじゃん!」
「そうそう、3人で書けばすぐに終わるじゃん!私、今日の為にドーナツ無料券持って来たんだ!」
浮かない顔になったニアを励ますように、朋美と恵が肩を叩きながらそんな提案をしてくれる。
「よっしゃ、駅前のマスドに行こー!」
ドーナツ無料券で浮上したニアは、先陣切って駅に向かう。頭の中はチョコ系にするか、抹茶系にするかで忙しい。
後ろを歩く二人も同じネタで悩んでいるようで「抹茶」と「チョコ」の単語が聞こえてくる。今日は、イチゴじゃないらしい。
駅を目指して歩くニアがチョコ系にしようと決めた時、一人の男子生徒とすれ違った。
「──あ」
男子生徒が視界から消えた瞬間、ニアの足が止まった。一拍遅れて男子生徒も、踵を返す気配がする。
「なあ、君……っ」
ニアの行く手を阻むように前に立った男子生徒は、何かを言いかけて息を呑んだ。
それから少し間を置いて、男子生徒は再び口を開く。
「……ごめん、待った?」
「ううん。そんなには」
初対面の人からそんなことを問いかけられたら怪しまないといけないのに、ニアはすんなりと言葉が出た。しかも笑顔で。
釣られるように男子生徒が笑う。良く見れば彼は、近所で有名な進学校の制服を着ている。頭いいんだ、すごい。あとイケメン。マジヤバい。
などと、ニアが取り留めもないことを考えていたら──
「ちょっと、ニア。いつ彼氏できたの!?」
「なになになになになになにっ、ちょ、彼氏なら紹介してよー」
と、朋美と恵が目を輝かせながら、二人の間に割り込んできた。
大いなる誤解である。男子生徒とは初対面で、名前も学年もわからない。他人も他人だ。
そう伝えればいいだけなのに、なぜか”違う”と口にすることに、びっくりするほど抵抗がある。
男子生徒も同じようで、まるでラクダのようにもごもご口を動かしている。おそらく口から出そうになる言葉を歯で噛み砕いているのだろう。そこそこ整った顔を台無しだ。
でも、この不思議な感覚がわからない朋美と恵は、ニアたちは付き合い始めの初々しいカップルにしか見えなかった。
「ごちそうさまぁー。まぁ、近いうちに紹介してー」
「反省文はあんたの分も書いといてあげるから。一つ貸しだよー」
生温い笑みを浮かべて級友想いの朋美と恵は、手を振りながら去っていく。
次第に小さくなっていく二人を見つめていたニアだが、「……あの」と男子生徒に声を掛けられた。
「ん?なあに?」
「あ……あのさ」
「うん」
「俺、浅井智也。君の名前、教えてくれる?」
ほんのり赤い顔をして尋ねた男子生徒に、ニアは大きくうなずいてから口を開く。
「えっと私、横井仁愛。デモクラ高の二年。ねえ、浅井君は?」
「俺は旭高の三年。智也でいいよ」
「いいの?先輩なのに」
「もちろん。ってか、そこ気にしないで。そのかわり俺も横井さんのことニアって呼びたいんだけど」
「もちもち、いいよー」
ポンポンと、トランポリンのように弾む会話が楽しくて仕方がない。
それが不思議だとニアは思うが、嬉しい気持ちの方が勝って、智也に無邪気に笑いかけた。
「なんだか私達、初めて会った気がしないねー。ねえ、こういうのって前世からのなんちゃらなのかな」
軽い気持ちで言った後、取りようによってはアレだなとちょっと恥ずかしくなる。引かれちゃったら嫌だな。
けれど智也は、そうかもねと言っていたげに、ふわりと笑ってくれて──行きかう車と人のざわめき中、何かが始まる音がした。
◇◆◇◆番外編おわり◆◇◆◇