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「おたくの桜遥ちゃんを、ウチに引き渡して下さい」
全員が、息を呑んだ。
桜くんはありえない、といった顔で目を見開いている。
嫌な予感を振り払うように、俺はガシッと桜くんの腕を掴んだ。
「ダメだ、桜くん!!」
「……すお……」
俺の剣幕に、桜くんが怯えたように目を泳がす。
「蘇芳の言う通りよ、桜。言っちゃダメ」
「……ンなこと言われたって、アイツが、まだ…」
桜くんが、苦しげに顔を歪める。
桜くんは、やっぱり優しい人だな。
だからこそ、許せない。
彼の優しさを利用するような、ゲスな真似する、下衆どもが、憎くて仕方ない。
本当はタコ殴りにしたいけど、けど今は。
今すべきことは。
「梅宮さん。作戦決行、でいいですね?」
「!」
驚いた顔で、梅宮さんが俺を見た。
そうして、しばらくした後。
ゆっくり、微笑しながら頷いた。
「桜くん。強行突破でいくよ」
「えっ…?」
皆が仕方ないなあ、という顔で笑う中、桜くんだけは状況を理解しきれず、キョトン、としていた。
その少し間の抜けな感じが、とても愛おしく感じて。
「………やっぱり、渡すなんてできないよ」
俺たちは、合図を送った訳じゃないのに、一斉に走り出した。
「!?」
相手が驚きに満ちた顔で、慌てて橘さんを前に突き出した。
「いいのか!?この女の顔に傷が付いても! 」
カチカチと、カッターを橘さんの頬に当て、怒声を響かせた。
梅宮さんの顔に、一層深い怒りが刻まれる。
そして、それを合図して。
柊さんの声が、公園をビリつかせた。
楠見さんと榎本さんが、その声と同時に白い粉を撒いた。
粉煙が公園一帯に充満し、ゲホゲホとむせる声が、あちこちから聞こえてくる。
辺りは真っ白で、何にも見えない。
けれど、俺たちは進んだ。
そこに敵がいる、と信じて。
大きく拳を振り上げる。
一瞬だけど、確かに見えた影に向かって振り下ろす。
骨がぶつかるような、いい音がした後、ゆっくりと影が消え失せ、同時にバタっと倒れる音がする。
命中だ。
「ことは!!」
煙の中で、梅宮さんの声が聞こえる。
今までにないくらい、焦った声だった。
「ことは!!!どこにいる!!無事か!?」
次々と倒れていく音と影。
殴る音も次第に薄れ、聞こえなくなっていった。
それと同時に、煙も薄れ、辺りが見えやすくなった。
少し見えやすくなった煙の中、必死に橘さんを探す。
「ことは!!いるか!?」
どこだ。もう煙は薄れているのに。
こんなに探してもいない、ってことは、もしや敵に上手いこと連れてかれた?
嫌な考えだけが脳を支配し、鼓動を速める。
「ことは!!!」
「橘さん!」
梅宮さんに同調するように、俺も声をあげた。
どこだ、橘さんは。
一体、どこに。
必死に目を、頭を、体を動かす。
「ことは!!!!!」
「橘さん!!」
しゃらしゃらと、耳に付けた飾りが、今は邪魔でしかなかった。
皆が声をあげて彼女を探す。
「ことは!!!!!!」
……それなのに、返ってくるのは沈黙だけ。
どうしよう。もしかして、本当に、彼女は……。
梅宮さんが、今まで以上の、野太くデカイ声を響かせた。
さすがに耐えられなくやり、耳をふさいだ、その時だった。
「………うるさいわね、ここにいるわよ」
凛とした、透き通った声が、煙を通してここまで聞こえてきた。
はっとして急いで声の方へ走る。
もう煙はないも同然なほど薄れていて、ようやく、視界がクリアになってきた。
そして、風によってゆらゆらと揺れるブランコの側。
あすき色の髪をなびかせた、橘ことはさんの背中が見えた。
「ことは!」
梅宮さんが、ほっとした顔で彼女のところへ走る。
けれど、すぐにはっと心配そうな顔つきに戻った。
そして、次の言葉に耳を疑った。
「あたしは……呑気に助かったわよ……。桜を犠牲にして」