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僕の視線に気が付いたのか、涼ちゃんが演奏の手を止めた。
「…どうしたの、元貴?大切なもの、悩んじゃった?」
「うん、…そんなとこ。…ねえ、今まで涼ちゃんが見てきた人たちもこうして悩んでた?」
「どうだろうなあ…割とすぐに決めてたかも。」
「どんなものだったの?」
涼ちゃんが目を閉じる。その頭の中に広がる広大な記憶が、何か、触れられない神聖なもののようで、空気がしんと冷えた。涼ちゃんの視線が、下を向いた。
「…だいぶ前に来た男の人たちは、家族との思い出。そのあと来た若い女の人は、抱えていた子供。次のご老人は、自分の楽器。その次の男性は、声。
…一番最近来た、小さい女の子は…、自分の名前。」
その言葉に息が詰まった。
名前、…女の子にとって唯一の、両親からの贈り物だったんだろうか。抱えきれないほどの祝福を受けて生まれてきただろうに、それすらもこの場所に置いていってしまったのか。
不慮の事故なのか、事件なのか、知らないけれど、やるせなく思った。俺の寿命をわけてあげられればいいのに。輝く未来でいっぱいだっただろうに、
僕は…両親もちゃんといたし、名前ももらったし、ここまでちゃんと育ててもらったのに、…
「…僕は…何もピンとこない…、何も大切にできないようなやつだったってことかな」
「違うよ、それは違う。」
間も置かずに飛んできた涼ちゃんの否定の言葉にびくりとした。涼ちゃんがここまできっぱりと言ったのは初めてだった。
「元貴はそんな人じゃないよ。きっと…、誰よりも愛ってものに希望をもってる。誰よりも傷つくことを分かってる。…大切にしたいと思うからこそ、その仕方が分からなくなっちゃうんだよ、きっと。」
どうしてそんな言葉が出てくるんだろう。どうしてその言葉が、響いてしまうんだろう。僕の中の小さな闇を照らしてしまうんだろう。まだ、涼ちゃんは俺のことを全然知らないのに。
「…勝手なこと言わないで。分からないでしょ、涼ちゃんに、」
涼ちゃんの光から再び闇へと逃げ込んだ。
まだ、怖いよ。涼ちゃんの光に包まれてしまうのは。とってもあったかくて、気持ちいいんだろうけど、もう二度と闇に追いつかれないように、逃げて考えないようにし続けるのは、僕には辛すぎる。俺から闇がなくなってしまうなんてこと、有り得ないんだから。そういう人間だから。
涼ちゃんの困ってしまったような優しい目から逃げるようにその場を後にした。
何も考えず、というよりも他のことで頭をいっぱいにしながら、アトランティスの最奥にある、光の玉を吸い込む流れの渦を眺めていた。水は複雑に絡み合い、ぶつかり合い、混じり合いながら、上へ上へとのぼっていく。
とにかく涼ちゃんの顔が、今はみたくなくて、ふらりと歩いていたらたどり着いていた。渦のおぼろげな光に照らされながら、流れと一体になってしまうような感じがしながら、目を閉じた。
瞼の裏には幼き日の景色がぼんやりと浮かんでいた。
同じようにこんな気持ちで一人座り込んでいた時があった。たしか、潮の匂いがしてて、…涼しかったな。
人が来たからってかあさんに家を追い出されて、家の近くの、海を見に行ったんだ。あんときの家は、広くて海が近くて好きだったな。
いつもは兄さんが一緒にいたけど、初めて一人で、海に行ったんだ。
夕暮れ時で、まぶしくて、きらきらする波がきれいだった。もう客は帰っただろうし、そろそろとうさんも兄さんも帰ってくるような時間。でも、変な意地を張って、もうしばらくいてやろうと思った。
そう、そん時。思い出した。僕はそこで誰かにあったんだ。座って海を眺めていたら、誰かが歩いてやってきて、…なにか話した。
なんだったっけ、なにか一つ教えてくれたんだ。それで俺は哲学にのめり込んでいった。
…分からない、もう少しで、出てきそうなのに、もうずっと、思い出せない…
ふわり、とその時柔らかい風と共になにかが顔の前を通り、目を開けた、渦とともに舞い上がっていた泡のような光の粒が目の前に浮かんでいる
その風が連れてきた香り、花のような香りが鼻をつき、霧が晴れていくようにその日の記憶にたどり着いた。
『ねえ知ってる?人ってね、もともと二人で一つだったんだって。その運命の人を見つけるために、人は恋をするんだよ、とっても素敵じゃない?』
そう言ってその子は夕日に照らされながら微笑んだ。
思い、だした。そしてやっぱり、そうだった。
…人には、運命のもう一人がいる。ああ、なんてしっくりと心に落ちていくんだろう。
なんでこんなにも胸がずっと痛かったのか、やっと、わかった。
立ち上がろうとしてふと気づく。
「あっ、泡…」
さっきの香りを運んできた泡。あれは何だったんだろう、掃除のときに溜まってる光の玉に似てたけど…、多分この渦から出てきたんだろうな。
近づいていくと、ぷくぷくと水の音が聞こえてきた。
見つめていると、何かに呼ばれているような、そんな気がして回り続ける泡にそっと触れた。
するとーー
「お…わ…!」
ちょうど、あの日飛び降りたときと同じような感覚とともに、目の前がばちんっ、と暗くなった。
大遅刻…土日に間に合いませんでした😢
あと半分ほどです💪