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(一)
放課後行きたいとこあるんだけど
行かない?
蓮二からメールが来ていた。校則で学校内での携帯電話の使用は原則禁止されているが、ほとんどの生徒はそのルールを守っていない。教員が職員室にいる昼休みなんかは、触り放題だ。しかしこの高校は電波が悪く、何をしようにも不便だった。
今日は石川君休みだよ
蓮二にも連絡無かった?大丈夫かな
何処に行くのだろうと想像しながら、五限が始まるので、電源を切った。
英語授業は緩く、教科書本文を進める程度なのだが、珍しく文法学習で、とても時間が長く感じるものだった。同じクラスの西村さんに下校を誘われ、一緒に校門を出た。鞄を探り、携帯電話を取り出して、造作もなくメールを確認する。新着メール五件。他校の生徒と胡春、企業からのサービス紹介に加えて、蓮二からだった。昼休みに返したメールの返信だろうと、彼からのメールを一番に開く。
そうなんだ。心配だけど七夏と行きたいから
花壇で待ってる
西村さんに、補習を忘れていたと嘘をつき、校舎に急ぎ足で戻った。蓮二が待っている花壇。詩乃原高校には三つの花壇がある。何処にある花壇なのかはメールに書かれていなかったが、確証を持って走った。
石階段を三段登ると、本を読んでいる人影が見えた。静かに駆け寄り、声をかける。
「花壇って四つあるんだよ。」
蓮二が待っていたのは、旧校舎の何も植わっていない元花壇だった。彼は、私が来たことに少し驚いて、
「でも分かったろ?もしかして探した?」
と聞いてきた。すぐ分かったけど。と答えると、ほらな。と笑って歩き出した。何処に行くのかは聞かず、蓮二を追って歩いた。歩いたことはないが、周囲の雰囲気は変わることのない道を、かなりの時間歩いていた。蓮二の細くはあっても、大きく広いその背中を見ながら、歩き続ける。
前をゆく蓮二の背中が急に止まり、私は止まりきれずに軽く彼にぶつかった。小さく謝って前を見ると、ガーデニングショップがあった。蓮二は入口にある自動販売機でサイダーを買って、お礼ね。と私に差し出した。私はそれを受け取り、ツルが張り巡らされているのを茎の流れに沿るようにして眺めた。蓮二が木星のドアを開けたので、私も吸い込まれるように店に入った。少し湿った土の匂いのする空気が漂っている店内には、大小の植物が不規則に並べられていた。
「最近部屋を片付けたから、買ってみようと思って。」
と、蓮二は小ぶりな鉢植えを持って言った。かなり悩んでいる様子だったので、彼の傍を離れて一人で商品を眺めていた。しばらくして、紙袋を持った蓮二に声をかけられた。
近くの喫茶店で、私はレモンティーを、蓮二はコーヒーを頼んだ。開かれた窓から颭風が心地良い。
「俺、ちゃんと世話出来るかな。枯らさねぇかな。」
人気作家の小説を読んでいた蓮二が不安そうに訊いた彼の目線の先には紙袋があった。私は軽く大丈夫でしょ。と返事をした。蓮二は短く笑って目線を小説のページに戻す。その伏せられた目を見て、一重に包まれた瞳を綺麗だと思った。
そろそろ出ようか。と蓮二が言ったので私も同意し、レジに行って会計をしようと財布を取り出そうとした。
「あぁ、いいよいいよ。俺出すから。」
出そうとした私の財布を鞄に押し戻す。お礼を言うと、蓮二は定員さんの質問に受け応えしながら、私にグッドサインをした。
喫茶店を出て、ひとつ信号を超えると、誰もいない静かな公園があった。懐かしい遊具が並んでいるのを眺めていると、緑の葉が風で地面からふわりと浮いて、円を書くようにして空に消えていった。
「もう夏だなあ、七夏の季節だ。」
蓮二が悪戯好きの子供のように微笑んで言った。私もその顔を見て、笑いながら得意顔を作った。