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kaede🍁
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908
#mmab
七瀬⛄️
1,551
それから。
いくつか季節が巡った。
阿部は。
もうすっかり山の神様だった。
祠には妖怪たちの供え物。
時々。
人間からの願い。
全部を叶えることはしない。
でも。
できることだけ少し手伝う。
迷った人間には。
帰れる道を。
弱った草木には。
もう一度根を張る力を。
強すぎる願いには。
一度立ち止まることも覚えた。
目黒と一緒に。
朝。
「今日も?」
「今日も」
それも。
ずっと変わらない。
ある日。
まだ朝日が。
山の向こうから上がりきる前。
阿部は目を開けた。
隣には目黒。
いつものように近い。
「……めめ」
返事がない。
顔を上げると目黒はもう起きていた。
こちらをじっと見ている。
「何?」
「起きた?」
「うん」
目黒が少し笑う。
「あべちゃん」
「何?」
「来て」
「どこに?」
「桜」
その一言で阿部の目が開く。
「え」
目黒はもう立ち上がっている。
阿部もすぐ布団から出た。
「咲いた?」
目黒は少し間を置く。
「見て」
「教えてよ」
「一緒に見るって言った」
阿部が笑う。
「そこはちゃんと守るんだ」
「うん」
二人で山へ向かう。
朝の空気。
鳥の声。
木々の間。
山の命が。
いつものように感じられる。
でも今日は。
少しだけ嬉しそうな気がした。
「めめ」
「何?」
「昨日見てないよね?」
目黒が一瞬黙る。
「めめ」
「見てない」
「本当に?」
「本当に」
「気になったでしょ」
「すごく」
阿部が笑う。
「よく我慢したね」
「あべちゃん呼ぶまで」
「見ないって決めた」
胸が少し温かくなる。
やがて。
開けた場所。
二人で植えた桜。
あの日より。
ずっと大きくなっている。
幹も太く。
枝も増えた。
そして。
「あ」
阿部が止まる。
枝の先。
白に。
ほんの少し淡い色。
一輪。
その隣にも。
もう一輪。
少し離れたところにも。
また一輪。
満開ではない。
ほんの数輪。
でも。
確かに咲いている。
阿部はゆっくり近付く。
手を伸ばさない。
神力も使わない。
ただ。
見る。
「……咲いた」
声が少し震える。
目黒が隣へ来る。
「うん」
阿部は花を見たまま笑う。
「本当に」
「自分で咲いた」
「うん」
「俺、何もしてない」
「うん」
「めめも?」
「してない」
阿部がようやく目黒を見る。
「すごいね」
目黒も桜を見る。
「待った」
「うん」
「長かった」
阿部が吹き出す。
「そんなに長くないよ」
「俺には長かった」
「神様なのに?」
「関係ない」
阿部が笑う。
その声に。
桜の枝が少し揺れる。
風。
それだけ。
それが。
嬉しかった。
自分の力で咲かせたんじゃない。
目黒が季節を変えたわけでもない。
ただ。
ここで。
時間をかけて育った。
それを。
二人で待って。
一緒に見ている。
「めめ」
「何?」
「覚えてる?」
「何を?」
「植えた時」
目黒が頷く。
「来年も見ようって」
「言った」
「その次もって」
「言った」
「その日に決めるって」
「言った」
阿部が笑う。
「ちゃんと覚えてるね」
「全部覚えてる」
目黒が阿部を見る。
その目は昔よりずっと柔らかい。
薬指には今も赤い輪。
毎日。
今日も。
その次も。
何度も選んできた。
阿部が小さく息を吐く。
「めめ」
「何?」
「俺さ」
少し迷う。
目黒の紺色がほんの少し揺れる。
何を言われるのか。
少し怖い。
阿部には分かった。
だからその手を取る。
「前は」
「ずっとって怖かった」
「うん」
「何百年とか」
「何千年とか」
「想像できなくて」
「だから」
「毎日決めるなら」
「できるって思った」
目黒は手を握る。
でも。
急がない。
答えを待っている。
阿部は桜を見る。
数輪。
まだ。
これから。
来年はもっと咲くかもしれない。
いつか見上げるくらい大きくなる。
その時。
隣に目黒がいる姿が。
不思議なくらい自然に浮かんだ。
阿部は少し笑う。
「今は」
目黒が見る。
「多分」
手を握り返す。
「ずっとでもいいかも」
目黒が固まった。
本当に動かない。
阿部が少し恥ずかしくなる。
「めめ?」
返事がない。
「聞いてる?」
目黒がゆっくり口を開く。
「もう一回」
阿部が笑う。
「なんで」
「聞きたい」
「聞こえてたでしょ」
「聞こえた」
「じゃあいいじゃん」
「でも」
紺色が。
隠せないくらい嬉しそうに広がる。
「あべちゃんが」
「ずっとって言った」
阿部の頬が熱くなる。
「言ったけど」
「もう一回」
「言わない」
「なんで?」
「恥ずかしいから」
目黒が少し残念そうになる。
阿部はそれを見て。
また笑った。
「でも」
目黒がすぐ見る。
「何?」
阿部は赤い輪を見る。
「明日も」
「ちゃんと聞いてね」
目黒が目を丸くする。
そして。
すぐ頷いた。
「聞く」
「毎日?」
「毎日」
「ずっとって言ったのに?」
目黒は少し考える。
「それでも聞く」
阿部の表情が柔らかくなる。
「うん」
「それがいい」
ずっとを口にしても。
もう。
選ばなくていいわけじゃない。
明日になったら。
また聞く。
その時の自分で。
また答える。
それを繰り返す。
きっと。
それが。
二人のずっと。
目黒が桜を見る。
「あべちゃん」
「何?」
「来年も」
「一緒に見る?」
阿部が笑う。
「来年になったら聞いて」
目黒も少し笑う。
「分かった」
「でも」
「何?」
阿部は目黒の肩へ。
少し寄りかかる。
「多分」
桜を見る。
「見るよ」
目黒の手が阿部の手を包む。
赤い輪。
淡く光る。
朝の山。
小さな祠。
遠くの妖怪たち。
風。
そして。
初めて咲いた桜。
満開ではない。
だから。
まだ続きがある。
来年。
その次。
もっと。
ずっと先。
それでも。
今は。
今日。
目黒がいつものように聞く。
「あべちゃん」
「何?」
「今日も?」
阿部は。
咲いたばかりの桜を見て。
隣の目黒を見て。
笑った。
「今日も」
少しして阿部も聞く。
「めめは?」
目黒は迷わない。
「今日も」
風が吹く。
数輪の桜が静かに揺れる。
かつて。
雪の中。
一人で終わるはずだった命。
それは今。
山の中で。
新しい命をそっと支えながら。
大切なひとの隣で。
続いている。
今日も。
そして。
きっとその先も。
コメント
1件
第23話、読み終わりました。すごくよかったです……! 二人で植えた桜が、誰の力も借りずに、自分のタイミングで咲いたところ、本当に美しかったです。阿部が「ずっとでもいいかも」って呟くシーン、自然に出た言葉だからこそ胸に沁みました。それを聞いた目黒が固まって「もう一回」ってねだるところ、あまりにも目黒らしくて笑ってしまいました。 「今日も」から始まる毎日の積み重ねが、気づけば「ずっと」になっている。そんな二人の距離感が、この話の一番の魅力だと思います。続きも楽しみにしていますね。