ヴァイオリンがバッハのG線上のアリアを奏る。夏帆は高砂たかさご席の階段を降りた。
「新婦様、足元をお気をつけ下さい」
「ありがとうございます・・」
宴席を通り過ぎる長い廊下は静まりかえっていた。夏帆がパウダールームの前を通り過ぎようとした時、若い女性が甲高い声で駆け寄って来た。
「夏帆さん!」
巻き髪をハーフアップにし霞草かすみそうや白い薔薇のヘッドドレスを着けていた。華やかなペールグリーンの膝丈のワンピースからは白い華奢な脚が伸びていた。
「こんにちは!!」
夏帆は親戚筋にこのような若い女性がいただろうかと首を傾げた。
(洸平さんのご親戚は皆さん男の方ばかりだし)
「あれ?洸平から聞いていませんでした?」
「洸平さん?」
「そ!こ・う・へ・い!夏帆に言わないなんてつれないなぁ」
いきなり「夏帆」と呼び捨てにされその馴れ馴れしさに尻込みをしていると、若い女性は自身の事を洸平のまたいとこだと名乗った。
「洸平のまたいとこの近江 波瑠おうみはるです。よろしくね!」
「洸平さんのまたいとこ、ですか?」
「はい!29歳、独身です!」
「そうだったんですね、失礼しました。近江さん、これからも宜しくお願い致します」
「やだ!近江さんだなんて他人みたいじゃない!」
「ごめんなさい」
「波瑠って呼んでね!」
「波瑠、さん」
「そうそう、波瑠!覚えてね!」
波瑠はその黒いパンプスで夏帆のウェディングドレスの裾を踏んで詰め寄った。その行為に驚いた介添人がドレスを持ち上げると波瑠は「邪魔しないで」と呟き、その顔を睨み付けた。
「も、申し訳ございません、新婦様はお色直しでございます」
「あ、そうですよね!私も行って良いかしら!」
「控室にですか!?」
「そう!駄目!?」
「そんな・・・着替えもあるので」
「女同士じゃない!気にしないで!」
夏帆が困り顔でいるともう一人の介添人が様子を見に訪れ、「お色直しがお済みになられましたらお越し下さいませ」と丁寧に頭を下げた。
「なら、ドレスだけ見せてよ!」
「それは後で」
「私、もう帰らなきゃいけないの!見せて、ネッ」
夏帆はこんなところで押し問答をしていても埒らちが明かないので控室への入室を許した。波瑠は上機嫌でそのドアを開けて目を輝かせた。
「素敵!夏帆が選んだの!?」
アクアマリンの透き通ったブルーのドレスには瑠璃色のビジューが縫い付けられ、薔薇の花弁はなびらを思わせるチュールレースがウェストから裾に掛けふんだんに施されていた。その流れるようなデザインに波瑠は釘付けになった。
「素敵!夏帆に似合うわ!」
「ありがとうございます」
「私も着たいな!」
波瑠は遠慮する事なくドレスに手を付けた。流石にこれには夏帆も気分を害し、介添人に目で訴えた。
「で、ではお召替えの時間ですので」
「ちぇっ」
「ごめんなさい」
「ねぇ、夏帆」
「なんですか?」
「夏帆は水色が好きなの?」
「はい」
「ふぅん」
波瑠は思わせ振りな笑顔で「お邪魔しました」と新婦控室のドアを閉めた。これが運命の出会いになるとは、その時の夏帆には想像も付かなかった。
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