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※一応もうこの物語は完結させれるところまで書いてるので、人気だったら投稿します!
それではどうぞ
春の風が、桜の花びらをやさしく揺らしていた。
校門の前で立ち止まった俺は、鞄の紐を握り直す。白いシャツの襟元を風がくすぐり、どこか懐かしい香りが胸を通り抜けた。
――ああ、この匂い、覚えとる。
また、ここに戻ってきたんやな。
深呼吸して空を見上げる。青空が、前に見たときより少し滲んで見えた。目の奥が熱くなる。
何度も何度も繰り返してきた“この春”――それでも、今日だけは違う気がしていた。
「……初兎!」
名前を呼ばれ、俺は思わず顔を上げた。
そこに立っていたのは、黒髪を無造作に撫でつけた少年――悠佑。
彼が笑った瞬間、胸がぎゅっと痛んだ。
「お前、またぼーっとしてたんか? 入学式始まるで」
「……うん。わかってる」
悠くんの声。何度聞いたんやろ。
けど、そのたびに泣きそうになる。だって、知っとる。
この“春”が続くことは、絶対にないって。
教室に入ると、新しい机の匂いがした。
窓際の席に悠くんが座って、俺の方をちらっと見る。
「なあ、初兎。ここ、桜の見えるええ席やんな」
「ほんまや。悠くん、運ええなあ」
「運なんて、あんま信じへんけどな」
彼は笑って、ペンをくるくる回す。
窓の外では、花びらがひとひら、彼の肩に舞い落ちた。
それがまるで――運命みたいに、俺には見えた。
……やっぱり、今日も同じや。
俺は、また“この世界線”に戻ってきた。
最初は夢やと思ってた。
何度も同じ季節に戻るなんて、そんなの現実やないって。
けど、あの日――悠くんが“死んだ”日から、俺の世界は狂い始めた。
雨の音。
血の色。
伸ばした指先に届かん距離。
叫び声も涙も、世界は全部“やり直せ”って俺を嘲るみたいやった。
だから、俺は誓った。
何度でも戻って、何度でも彼を救うって。
たとえ、俺がこの世界線から消えても。
放課後。
桜の花びらが散る校庭をふたりで歩く。
悠くんは缶コーヒーを片手に、俺の方を見て言った。
「初兎、お前ってさ……なんか不思議やな」
「不思議?」
「なんやろ。初めて会った気せぇへん」
その言葉に、心臓が跳ねた。
――そう言ったん、前の世界線でも同じや。
同じ場所、同じ時間、同じ夕陽の下で。
「なあ、悠くん」
「ん?」
「もし……やり直せる世界があったら、どうする?」
「やり直す? ……そんなもん、あったらええけどな」
悠くんは苦笑して、空を見上げた。
「でも俺は、今をちゃんと生きたいわ。過去を戻したら、今の初兎にも会われへんかもしれんやろ?」
その瞬間、喉が詰まった。
――なんでそんな優しいこと言うんや。
俺は、何回もお前に会うために“過去”を戻してるのに。
「……そっか。悠くんは、やっぱ強いな」
「強ないわ。ただ……お前がおるから、俺も頑張れるだけや」
……あかん、泣く。
視界がにじんで、頬を風が撫でた。
春の光が滲んで、世界が一瞬、淡く揺れた。
夜。
窓を開けて空を見る。
月が、今日もやさしく浮かんでいた。
携帯の画面には“悠佑”の名前。
メッセージがひとつ届いていた。
> 今日、初兎と話せて楽しかったわ。また明日も一緒に帰ろ。
たったそれだけで、胸がいっぱいになる。
“また明日”――その言葉がどれだけ脆いものか、俺は知ってる。
だから、今回は。
絶対に、絶対に、悠くんを失わへん。
何度でもやり直して、世界を変えてみせる。
指先で、画面をそっとなぞった。
“君と僕の恋する世界線”――その名の通り、俺の世界はいつも君でできてる。
翌朝。
校舎の前で、悠くんが俺を待っていた。
「おはよう、初兎!」
「おはよう、悠くん」
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
やっぱりこの世界線でも、悠くんは“悠くん”なんや。
でも、その笑顔の奥にある影を、俺はもう知ってる。
放っておいたら、また同じ結末を迎える。
あの日の雨、あの日の血。
俺は絶対、繰り返さへん。
「なあ悠くん」
「ん?」
「今日の帰り、桜見に行こ」
「ええで。……お前、そういうの好きやな」
「うん。だって――桜って、“終わり”と“始まり”の花やから」
悠くんが少し驚いた顔をして笑う。
俺も笑い返した。
風が吹き、花びらがふたりの間に舞った。
その瞬間――
時間が、ほんの少しだけ止まった気がした。
誰も知らん。
俺がどれだけこの世界をやり直してるか。
どれだけ“同じ春”をくり返して、
どれだけ“同じ君”に恋をしてきたか。
けど、それでもええ。
たとえ何度繰り返しても、俺はまた君を選ぶ。
また君に恋する。
――この世界線が、たとえ涙の結末でも。
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