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「……ということになっちゃいました」
「雅輝、おまえは本当に……ああ、くそっ! 俺がその場にいたら、最悪の事態を回避できたかもしれない」
話を聞き終えた橋本は、ソファで頭を抱えながら背中を丸める。宮本はその様子を立ったまま、微妙な表情で見下ろした。
「でもあの場に陽さんがいても、結局笹川さんと喧嘩になって、もっと大変なことになっている可能性が……」
「確かにイラつくかもしれないが、俺はそこまでバカじゃねぇよ。相手はあの笹川だからな、用心するに決まってる」
抱えていた頭をあげて、ビシッと断言した橋本を見るなり、宮本はなぜか頬を赤く染めた。
「……おい、どうして耳まで顔を赤くさせてるんだ?」
思いっきり白い目で橋本に見つめられているというのに、宮本は赤らんだ頬を両手で擦りながら、ニヤけそうになるのをごまかすように口を開く。
「やっぱり陽さんはカッコよくて、頼りがいのある恋人だなぁと思ったら、ドキドキしちゃいました」
「あ、そう……」
唐突に投げつけられた、熱の入った宮本の告白で、橋本の顔も赤くなる。
(雅輝め、くそっ。女から告られたことについて、ここぞとばかりに追求したかったのに、こんな雰囲気じゃできそうもねぇな。俺の口を塞ぐために計算して言ったんじゃなく、天然ボケをかました結果というのが、唯一の救いだ)
「ねぇ陽さん」
「なんだよ?」
「陽さんはチョコ、誰かから貰った?」
「貰ってない。というか義理チョコもなければ、告白されることもなかった。いい歳した俺を相手にする奴なんて、どこにもいないさ」
橋本が肩を竦めながらへらっと笑った刹那、真四角の箱が目の前に突き出された。
漆黒の包装紙で包まれた箱には、パステルピンクのリボンがお洒落な感じで結ばれているだけじゃなく、造花の小さな赤いバラが一輪添えられていた。
「バレンタインおめでとう、陽さん」
「…………」
「むぅ? おめでとうは変か。誕生日じゃないんだし」
ツッコミどころ満載の宮本にたいして、いろいろ物申したかった橋本だったが、あえて無言を貫いた。両手で差し出された真四角の箱と宮本の顔を交互に見やる、恋人の冷たい態度に緊張したのか、ぶわっと頬を染めたままフリーズする。
「どうした雅輝?」
カチンコチンに凍った人形のような宮本を見て、橋本は仕方なく話しかけた。
「あ、その、えっとただ『はい、陽さん』って、気軽にチョコを渡そうと、直前まで思ったんです」
「うん……」
「ただ渡すだけじゃ芸がないというのに気がついて、頭の中で一番最初に浮かんだことを言ったんですけど、それが思いのほか外してしまったのがショックでして」
「おまえは今日、3人の女からチョコを渡されてるんだろ?」
ふいっと宮本から視線を逸らしながら、追求したかったネタを口にした。
「はい、いただきました。貰えるなんて思ってなかったので、びっくりしちゃって」
バツの悪そうな宮本の声が、静まり返ったリビングに妙に響く。
「貰えるなんて思ってなかったって、なんだそりゃ」
「だって俺は、江藤ちんや陽さんみたいにカッコよくないし、冴えないただオタクでしょ」
「それなのに今年に限って、3人の女からバレンタインに告白された。今までとは、なにかが変わってるんだって」
差し出されていた真四角の箱が、宮本の胸元に引き寄せられる。大事そうに抱えてる様子を、橋本は横目で盗み見た。
「変わってるところ?」
「そうだ。俺と付き合ってから、変わったところがあるんじゃないか?」
橋本は気がついていたが、自分で答えを導いてほしくて、あえて疑問を投げかけた。
「むぅ……。陽さんの隣に並んでも見劣りしないように、毎月美容室で髪を切ったり、服装も陽さんが見立ててくれたものを着るのが増えていることでしょうか」
「性格は二重丸なおまえがモテなかった要因のひとつが、外見に無頓着だったからだろうな。というか今頃それに気がついて、雅輝にアタックしてくる女どもに、俺は腹が立つ!」
「俺の全部を知ってる、陽さんが大好きです。受け取ってください」
そっぽを向いたままでいる橋本の目の前に、例の箱が音もなく差し出された。黙ったまま、ひょいとそれを受けとる。