直接、生徒と関わることのない事務職であった星歌は彼女を知らないものの、向こうは白川先生の姉としてこちらを認識しているのだ。
そうなると当然、昨日の呉田・眼鏡事件のことも耳にしていよう。
星歌が彼女から顔をそむけたのは、その美貌に気後れしたせいばかりではない。
「パ、パンは惜しかったね~。美味しかったのにね~。どれ、わ、私が買ってやろうかねぇ」
妙な緊張と、大人の見栄が混じり合ったか。星歌は職人に向かって指を一本立ててみせた。
そのパンをこちらのお嬢さんにと言ったつもりが、職人はポカンと口を開けている。
「あ、あはは……そのパンをこちらのお嬢さんに」
口にしてみても、その表情は変わらない。
失業した身で財布を出す手はみっともなく震えているし、この場に漂う何とも妙な空気に心臓は早鐘を打っていた。
女子高生はフルフルと首を振るとその場に立ち上がった。
見上げるような長身を折りたたむようにペコリと頭を下げると、そのまま踵を返して走って行ってしまった。
すぐそこの校門へと駆け込む後ろ姿を見送って、星歌は職人と顔を見合わせた。
「い、いやぁ、悪い子じゃないんですよ~」
何故だか保護者ぶってヘラッと笑う星歌。
そそくさと財布をしまった。
実は激しく狼狽えていた。
揉めごとに首を突っ込んでしまうのは性分かもしれない。
だが思わぬ形で素性がばれており、しかもこんなところに取り残される形となってしまいどうしたら良いか分からなくなったのだ。
女子高生とは逆に、こちらは星歌が見下ろすほど小柄な職人は肩で大きく息をつくと壁に身を凭せかけている。
「あ、ありがとう……」
「えっ、何が?」
きれいに染められた金色の髪をかきあげて、職人は大きな瞳で星歌を見上げた。
「だって……開店初日でJKに怪我なんてさせたら、学校から苦情を言われて、保護者から訴えられて慰謝料で一生首が回んなくなるかもってグルグル考えちゃったからさ」
「あははっ、すごい想像力だね」
本当に怖かったのだろう。
もう一度、礼を述べようとする声も震えて掠れてしまっている。
何だか頼りない印象を彼から受けたのも頷けよう。
さっきの女子高生が美人というなら、こちらは間違いなく……。
「美少女……」
思わず呟いた星歌を美少女は見上げ、キッと睨みすえる。
「だ、だれが美少女だ!僕は男だ!」
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