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それからぼーっとしてた。
「それ、ずるいって」マイッキーが笑う。
声が、甘い。
『嫌なら離れるけど?』
知らない女の人が、
わざとらしく言う。
「…別にいいけど」
マイッキーはそう返して、
相手の腕に軽く体重を預ける。
拒まない。
慣れている動き。
女の人の指が、
マイッキーの下半身で止まる。
『ほら、ここ』
「ちょ……」
言いながら、
手首を掴まない。
『あれ、怒んないの?』
「俺のこと好きすぎ笑」
その言葉が落ちた瞬間、
ぜんいちは、
はっきりと一歩前に出た。
「……マイッキー」
静かな声。
でも、
逃げ道を塞ぐ呼び方。
二人が、
同時に振り向く。
マイッキーの顔が、
一瞬で固まる。
さっきまでの笑いが、
途中で切られたみたいに消える。
「ぜ、んいち……」
女の人は、
まだ腕を離さない。
むしろ、
距離を保ったまま、
様子を見る。
ぜんいちは、
視線をマイッキーから逸らさない。
「なるほど」
声は低く、落ち着いている。
自分でも驚くほど。
「夜中の通知」
一歩、近づく。
「“最近ね”って言葉」
さらに一歩。
「明日も出かけるって話」
マイッキーの喉が、
小さく鳴る。
「……全部、ここに繋がってたんだな」
女の人が、
少しだけ笑う。
『察し早いね』
ぜんいちは、
初めて女の人を見る。
冷たい視線で。
「少し時間をください」
それだけ言って、
またマイッキーを見る。
「俺、信じてた」
責める口調じゃない。
事実を並べるみたいに。
「信じてたから、
疑う理由を全部、自分のせいにしてた」
マイッキーは、
何も言えない。
女の人の手が、
マイッキーの肩にかかる。
『大丈夫?』
その一言で、
ぜんいちの中の最後が、
静かに揃った。
「……触らないで」
声は小さい。
でも、
はっきりしてる。
女の人の手が止まる。
空気が、
一段変わる。
ぜんいちは、
袋を床に置く。
「これ」
マイッキーを見る。
「お前が好きそうだと思って買った」
一拍。
「でも….もういらない」
マイッキーの目が揺れる。
「……違う、聞いて」
「聞くよ」
ぜんいちは遮らない。
ただ、
「話は後にしてほしいな。」
男が、
ゆっくり立ち上がる。
『ね、ねぇ、私….外出る?』
マイッキーは答えない。
視線は、
ぜんいちに縫い止められている。
ぜんいちは、
最後に一度だけ、
その光景を見渡した。
近すぎた距離。
慣れた触れ方。
曖昧な言葉。
――全部、
謎じゃなかった。
「……やっと、分かった」
その声は、
震えていなかった。