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【Side:シエル】「……ふふ。大変なことになってる」
要塞都市・クロードの管理端末に映し出されたのは、人間界の動画サイト……だけではない。
魔界の闇通信格子(ハンスネットワーク)を通じて、魔族の若者たちの間に爆発的な勢いで拡散している『切り抜き動画』の数々だった。
『【神回】新魔王クロード様(偽名:ロード)、配信でキレてカメラをブチ抜くwww』
『【RTA】時加速弾連射でダンジョンボスを徒歩4分で全滅させる我らが魔王様』
『「配信なんて二度とするか!」と叫びながら素材を全回収するツンデレ暗殺魔王』
魔界の街頭モニターや居酒屋、兵士たちの詰所では、どこへ行ってもこの話題で持ちきりらしい。
「見たかよ!? 今度の魔王様、めちゃくちゃ強くてカッコいいのに、偽名が『ロード』だぜ!?」
「威厳ぶった歴代の魔王と違って、毒舌だけど親しみやすすぎるだろ!」
「不機嫌そうな顔で缶コーヒー飲んでるの、マジで最高にクールだな……!」
かつては「冷酷無比な暗殺者」「ハーフの不気味な新魔王」と恐れられていたクロードの支持率が、この数日間の配信騒動によって『親しみやすく圧倒的に強い我らが魔王様』として、鰻登りに跳ね上がっていた。
「……ちょっと、シエル! これどういうことよーっ!?」
執務室の扉を勢いよく開けて飛び込んできたセリス様が、顔を真っ赤にして叫んだ。
「魔界中の民草が『ロード様推し』になってるじゃない! 街の露店じゃ『ロード様愛用の缶コーヒー』とか『偽名Tシャツ』まで売られ始めてるわよ!?」
「アタシたちの魔王様が、いつの間にか人間界でも魔界でも大人気アイドルみたいになってるんだけど!?」
エレナ様も頭を抱えて、紫電をバチバチと火花させながら困惑している。
「でもでも! あの『配信なんて二度とするかーっ!』ってブチギレてるクロード、爆発的に可愛かったわよねーっ!?」
シャーロット様だけは、目を輝かせて端末の画面を何度もループ再生していた。
「……クロード本人は、たぶんものすごく嫌がる」
私は苦めのコーヒーを注いだカップを静かにトレイに乗せながら、ほんの少しだけ目を細めた。
あの男は、目立つことが嫌いだ。
暗闇に潜み、泥を啜り、誰にも気づかれないうちに完璧な成果を出して、静かに苦いコーヒーを飲むことだけを望んでいる。
なのに——持ち前の圧倒的な能力と、隠しきれないカリスマ性のせいで、どこへ行っても勝手に周囲を巻き込み、こうして大バズりしてしまう。
「……でも、これでいい」
「え? なにがよ、シエル?」
セリス様が不思議そうに首をかしげる。
「……昔のクロードは、ハーフだからって誰からも蔑まれて、日陰を歩かされてた。……でも今は、人間界のバカどもも、魔界の民も、みんなクロードの強さと面白さに夢中になってる」
あいつが望んだ形ではないかもしれない。
けれど、もう誰もクロードを「出来損ない」なんて呼ぶ者はいない。
「……シエル、満足」
「満足って……あいつが帰ってきたら、この大反響を知って『ふざけやがって!』ってまた盛大に欠伸噛み殺しながらキレるわよ!?」
「そうよ! 自分の切り抜き動画が魔界中に流れてるの知ったら、発狂して要塞の地雷原に引きこもりかねないわ!」
セリス様とエレナ様の危惧も、きっとその通りになる。
「……大丈夫。……帰ってきたら、私が一番苦いコーヒーを淹れて、あいつの頭を撫でてあげる」
手元の端末では、転移ゲートからこの要塞都市へ向けて移動を開始したクロードの反応が点滅していた。
「……お帰り、クロード。……人間界をバズらせてきた、私たちの最高に格好いい魔王様」
大騒ぎの要塞で、私は淹れたてのコーヒーの香りを纏いながら、もうすぐドアを蹴破って帰ってくるであろう愛しい相棒の姿を、心待ちに静かに待ち続けたのだった。
転移ゲートの青い光が、薄暗いスタジオの室内を静かに照らし始めていた。
ハンスの遠隔操作によって空間が歪み、魔界の我が家——要塞都市・クロードへと繋がる次元の裂け目がゆらゆらと揺れている。
俺は外套の襟を立て、冷え切った消音拳銃の感触をポケットの中で確かめながら、ゲートへ足を踏み入れようとした。これでようやく、あの賑やかで煩わしい人間界のドタバタ劇ともおさらばだ。
「——待って! ロードさん……ううん、クロードさん!」
背後から駆け寄ってくる足音。
振り向くと、さっきまで床を叩いて爆笑していたはずのアニ・サンダーライトが、少し息を荒らして立ち尽くしていた。
「……なんだ、アニ。手引きの報酬なら、ハンス経由で特務機関の口座へ『SSSランク配信者・ロード』の莫大な売上金を送金しておいたぞ。お前が遊んで暮らせるだけの額だ」
俺が冷ややかに言い放つと、アニはぶんぶんと首を横に振った。
「お金のことじゃないよ! 私ね……この数日間、クロードさんと一緒に人間界を駆け回って、配信を通して人間界と魔界の人たちが同じ映像を見て笑い合ってるのを見て……決めたんだ!」
少女の瞳に、まっすぐで熱い、眩しいほどの意志の光が宿る。
「私、サンダーライト機関の技術を学んで……将来、**【人間界と魔界を繋ぐ魔道通信ネットワーク技師】**になる! 物理的な壁も、世界の種族の違いも全部飛び越えて、誰でも自由に言葉や面白い映像を届け合える、最高の通信インフラを私が作ってみせるよ!」
青い転移光の中で、夢を熱く語る人間の少女。
泥を啜って生きてきた俺のような暗殺者から見れば、あまりにも眩しく、あまりにも青臭い、理想主義者の戯れ言だ。
(……だが、悪くない目だ)
「……ハッ。せいぜいハンスの闇通信網にハッキングで潰されないよう、腕を磨くんだな」
俺は素気なく鼻で笑ってみせた。
「もうっ! そこは『期待してるよ』とか言う場面でしょ! はい、これ! 私からのプレゼント!」
アニが差し出してきたのは、掌に収まるほどの小さな漆黒の魔導端末だった。特務機関の最新技術と、彼女が個人でカスタマイズを施したらしい、世界に一つだけの特注品。
「それね、魔界からでも人間界の回線に一瞬で繋がる超高性能な配信&通信端末なの!……またいつでも配信したくなったり、暇つぶししたくなったら……その端末を使ってね!」
「……誰が二度と配信なんてするか。叩き潰してゴミ箱行きだ」
そう口では毒づきながらも、俺は差し出された端末を無造作に奪い取り、外套の内ポケットへ突っ込んだ。
「あはは! 絶対捨てないでよーっ! 楽しかったよ、クロードさん! またねーっ!」
飛び跳ねるように手を振るアニの姿が、転移ゲートの光の渦の中へと遠ざかっていく。
次の瞬間、全身を包む浮遊感とともに、空間が反転した。
◇
**シュウゥゥ……。**
重厚な冷気が肌を刺す。
帰ってきた場所は、見慣れた我が要塞——重層防壁と暗殺用トラップで固められた、魔王城の地下転移室だった。
「……ふぅ。やっと静かな場所に戻ってこれたか」
俺は盛大に本日何度目かわからない欠伸を噛み殺すと、ポケットの中の特注端末に触れた。アニの温もりが微かに残る冷たい鉄の感触。
(通信ネットワーク技師、か……)
いつかあの少女が本当に世界を繋ぐインフラを作り上げた時、俺のこの平穏な要塞生活がさらに脅かされることになるかもしれない——そう思うと不快な溜息しか出ないが、まあ、退屈しのぎの玩具としては悪くない。
「お帰り、クロード」
暗闇の先から、すっと姿を現すシエル。
その手には、湯気を立てる淹れたての苦いコーヒーが握られていた。
「……シエル。ただいま」
「……うん。……『魔界皇』様、お疲れ様」
「……っ~! お前までその名前で呼ぶな!!」
ニヤリと微かに口角を上げるシエルと、転移室の奥から「クロード帰ってきたーっ!」「配信観たわよバカクロード!」「眼帯カッコよかったわよーっ!」と叫びながら押し寄せてくるセリスたちの騒音。
俺はポケットの端末を深く押し込み、苦いコーヒーを一口すすると、いつもの冷徹で賑やかな日常へと戻っていったのだった。
コメント
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いやもう、読み終えたあとのこの胸の温かさが止まらないんですけど……! 第51話、めちゃくちゃ良かったです。魔界中でクロードの切り抜き動画が大バズりしてるっていう展開、めっちゃ痛快でしたね。あの冷酷で目立つのが嫌いな暗殺者が、まさか人間界と魔界を股にかけたアイドルみたいになるなんて想像もしてなかったです。 特にシエル視点の「……これでいい」ってところ、じーんときました。かつてはハーフとして蔑まれていたクロードが、今や誰からも「強くて面白い魔王様」として愛されてて、シエルが静かに「満足」って思う描写がもう、なんていうか……深い愛情を感じました😢 あとアニ・サンダーライトの成長も良かったですね。配信で一緒に笑い合った経験から、人間界と魔界を繋ぐ通信技師になりたいって夢を語るシーン、クロードは素気なくしてるけど、ちゃんと端末を受け取ってるところが彼らしいツンデレで。 クロードが苦いコーヒーを飲みながら要塞に帰ってくる日常が戻ってきて、なんだかほっとしました。シエルが淹れるコーヒーには毎回「おかえり」が込められてる感じがして、その静かな関係性が本当に好きです。自分でもこんなにキャラクターに感情移入するとは思わなかったです。次回も楽しみにしてますね!