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雪香が消えたと聞いた時、思わず顔が綻んでしまった。

ついに望みが叶った。

たった一人の妹の身を案じるよりも、そう思った。

知らせにきた雪香の義理の父親は、私のそんな態度が不快だったようだ。


「心配じゃないのか?」


責めるようなその声に、私は神妙な顔をして俯いた。


「結婚式は中止になったが君は残り控室まで来てくれ。身内で話し合いをする」


彼は固い口調で言い、私の返事を待たずに建物の中に消えて行く。

私は小さく息を吐き、薄暗い空を見上げた。

消えてしまいそうなくらい小さな雪の粒が、はらはりはらりと舞い降りてくる。


「ねえ、結婚式中止だって!何があったの?」


招待客が異変に気付き騒めきだす。

彼らの頭上にも雪が降り、儚くも溶けてなくなった。


双子の妹の雪香とは、両親が離婚をしたことで離れ離れになった。

私は父に、雪香は母に引き取られたからだ。それ以来一度も会う機会が無かったが、今からちょうど一年前に父が亡くなったとことで十年ぶりに再会した。

私達は双子だから、姿形が良く似ている。幼い頃は見分けがつかないと言われたものだ。

けれど、離れていた年月が、私達の間に大きな隔たりを作っていた。


二十一歳になった雪香は、私とは似ても似つかない華やかで美しい女性に成長していた。

顔立ちは同じはずなのに身に纏う雰囲気や、立ち振る舞いの全てが違っていた。


私達の母は、父と離婚後、一年を待たずに資産家の男性と再婚したそうだ。

何不自由の無い、贅沢な暮らし。当然、雪香もその恩恵を受けて育ってきた。対して私は、母との離婚で精神を病んでしまった父と、経済的にも不安定な生活を強いられた。


環境が人を育てると、どこかで聞いた覚えがある。

その言葉通り、私たちの暮らしぶり違いは、残酷な程はっきりと表れていたのだ。

屈託なく再会を喜ぶ雪香を見ていると、胸の中に暗い感情が渦巻くのを感じた。

その感情が妬みだと、私はすぐに自覚した。

同じ日に同じ親から生まれた私たちの人生は、どうしてこうも違うのだろうとやりきれなかった。

だけど憎いとまでは思っていなかった。


雪香の裏切りを知らされ、大きな屈辱を受けたあの瞬間までは――。




控え室には私以外の親族が既に集まっていた。遅れて入った私に何か言いた気な視線が集まる。

端の空いている席に座ると、義理の父が口を開いた。


「心当たりは全て連絡したが、雪香はどこにもいなかった。これから警察に連絡するが、当然結婚式は延期になった」


私は、義父の隣で青ざめている正装姿の若い男を見遣った。

憔悴した様子で、膝の上で握り締めた手が震えている。


無理もない。結婚式当日に花嫁に逃げられたのだ。受けた屈辱は相当なものだろう。

けれど、少しも可哀想だとは思わなかった。

雪香を選んだのは彼自身。

自業自得だし、私はもっと大きな屈辱を受けた。


様々な想いを込めて見つめ続けていると、視線を感じたのか花婿の目がゆっくりと動き私で止まった。

この状況が決まりが悪いのか、それとも助けを求めているのか、複雑そうな顔をして私から目を逸らさない。


そんなかつての恋人を、私は冷め切った目で見つめ返した。



今日、雪香と結婚するはずだった花婿……佐伯直樹は、半年前まで私の恋人だった。私の職場に出入りをしている営業マンで、少しずつ親しくなっていき、交際が始まった。

私にとっては初めての恋人で、毎日が幸せで……。

結婚しようと言う彼の言葉を信じて、迷わずに会社を辞めた。

それなのに……彼は私を裏切っていた。

私が気が付かない内に雪香と付き合いはじめ、そして結婚まで話を進めていた。


私が知ったのは何もかも決まった後になってからだった。

今までのことは忘れてくれという言葉と共に、彼はあっさりと私を捨て去って行った。

雪香も、仕方がないと言うだけで、一言も謝りもしない。平然と結婚式に招待して来た。


直樹と雪香の無神経さが許せなかった、憎くて仕方ない。

けれど傷付いている姿を見せたくなくて、二人の前で泣き叫んだりはしなかった。それ以上惨めになりなくなかったのだ。


私は二人の前ではふっきれたふりをして、けれど心の中では抑えきれない憎しみを募らせていった。


思い返せば、幼い頃の雪香は、私の欲しいものを何でも容易く手に入れていた。

心の内を上手く言葉に出来ない私と違って、雪香は自分の欲求をはっきりと伝える子供だった。

だから一つしかないおもちゃや、お菓子、仲の良い友達……私の欲しかったものは、みんな雪香のものになっていた。

最後には……母親さえも。


両親から離婚を告げられた時、泣きながら母親について行くと言った雪香に対して、私は何も言えずに黙っていた。

私も母と行きたかったけれど、打ちひしがれる父を目の前にして、そんなことは言えなかった。


私まで母について行けば、父はひとりぼっちになってしまう。

幼かった当時、私は本気でそう思った。


けれど、あの時自分の気持ちのままに行動していたら、雪香と私の立場は逆だったのかもしれない。

何不自由無いお嬢様として生活し、直樹の妻になったのは私だったかもしれない。

そう考えると、やりきれない気持ちになった。

私の暗い嫉妬心は際限無く膨らんでいき、いつの間にか雪香さえ居なければと思うようにまでなっていた。


――消えて欲しい――


ウェディングドレスを着た美しい雪香を目にした瞬間、今までに無いくらい強くそう願った。


過去に想いを馳せている間に義父の話は終わっていたようで、親族達が部屋から次々と出て行った。

義父と母も、私の隣を通り過ぎ後に続く。母は青ざめており、私をチラリとも見なかった。

虚しさを覚えながら、私も部屋を出る為立ち上がる。

そのとき、か細い声で名前を呼ばれた。


「沙雪」


私はゆっくりと声の方を向き、途方にくれたように立ち尽くす直樹に素っ気なく返事をした。


「何?」

「何って……雪香のことを相談したくて」

「相談されても、私は役にたてないと思うけど」


冷たく答えると、直樹は不快そうに顔を歪めた。


「その言い方は冷た過ぎないか? 妹が行方不明になったって言うのに、心配じゃないのか?」


声を荒げる直樹への、苛立ちが大きくなった。


「警察に連絡するって話だから、見つかったら連絡が来るでしょ」


これ以上直樹と話していたら、感情的になりそうだった。


「私、もう帰るから」


立ち去ろうとすると直樹は慌てた様子で、私の手首を掴んで来た。


「何?」

「雪香を探すんだ! もしかしたら何か事件に巻き込まれたのかもしれない。警察だけに任せてないで、君も出来ることをやれよ」


責めるような直樹の言葉は、私の心の傷を更に深くする。

底なしの闇に沈んで行くような気持ちになった。


こんなに無神経な人だっただろうか?

二年間真剣に付き合い、そして裏切った恋人に向ける言葉とは、とうてい思えなかった。


もう私に対する優しさや気遣いは、何一つ見られない。

それどころか、私に家族としての役目を強要しようとしている。

自分がどれだけ残酷な発言をしているのか、本気で気付いて無いようだった。

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