「私はあなたとお話がしたいと思っているわ」
「僕ですか?」
「そうよ。私の名前はアリサ・ハートランド。今日はあなたの時間を買いに来たの」
突然の話についていけず、頭が混乱してきた。
「あの……一体どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味よ。これから私が言う言葉に従ってくれるだけで構わないわ」
「えぇと、ちょっと待ってくださいね。いきなり言われても理解できないというか……そもそもどうして僕の時間を買おうと思ったんですか?」
「私の質問に対する答えになっていないけれど、まあいいわ。それで、いくら出せばその時間は買えるのかしら?」
女性の態度からは焦りのようなものを感じられず、むしろ余裕さえ感じられるほどだ。
僕は困惑しながらも答えることにした。
「お金の問題じゃないですよ。だいたい、なんで僕なんかの時間を買う必要があるんですか?」
「あら、お金以外でどうやって支払うというのかしら?」
「そうじゃなくてですね……もっと他に方法がありそうなものでしょう? 例えば、その、デートとか……」
自分で言っていて恥ずかしくなる。
それにしても、まさかこんな展開になるとは思わなかったなぁ。
正直、今すぐここから逃げてしまいたい気持ちでいっぱいなのだが、なんとか踏み留まる。
相手は明らかに年上だし、変なことをした瞬間に殺されかねない雰囲気があるからだ。
とにかく下手に出続けるしかない。
「失礼かもしれないけど、君みたいな若い子が一人で喫茶店に来るなんて珍しいと思ってね。ひょっとして誰かを待っていたりしないかしら?」
どうやら彼女の中では既に購入が決まったらしい。
「いえ、特にそういうわけではないですけど……」
「それならよかったわ。実は、最近仕事が上手くいかなくてイライラしているのよね。だから、気分転換に誰かと話したいなと思っていたのよ。ねぇ、お願い。どうかしら?」
ここで断ったら殺されるんじゃないかと思うくらいの迫力があった。
しかし、そこで僕はある違和感に気付いた。
今目の前にいる女性の格好は、間違いなくメイド服なのだけれど、スカート丈が非常に短い上に生地が薄いようで、ちょっと動いただけで下着が見えてしまいそうだ。
正直なところ、あまりジロジロ見るものではないと思って目を逸らすものの、どうしてもチラリと見てしまう。
だが幸いなことに相手は特に気にしていないらしく、そのまま話を続けた。
「あなたとは一度ゆっくり話がしたいと思っていたんですけど、なかなか機会がなくって」
「いえ、僕なんか全然大したことありませんよ。それより先輩の方がすごいじゃないですか! なんと言ってもこの前の新人賞で最優秀賞を取った方なんですよね?」
僕の言葉を聞いて、何故か相手の表情が曇ったように見えた。
あれっ、ひょっとして何か失礼なこと言っちゃったかな……などと考えているうちに、いつの間にかテーブルの上に紅茶が置かれていた。
そのタイミングに合わせて、女性が口を開く。
「ねぇ、知っていますか? 私はあなたのことが嫌いだったんですよ」
唐突に告げられた衝撃的な発言に、思わず心臓が跳ね上がった。
どうして急に嫌われてしまったんだろう? やっぱり、最初に会った時にいきなり話しかけちゃったからなのかな? などと悩んでいる間にも話は続いていき、彼女が作家を目指している理由や、過去の出来事について語られていった。
正直言ってショックではあったが、同時に納得できた部分もあった。以前、彼女が僕の前に現れたのは偶然ではなく、きっと何か目的があったに違いないからだ。
それにしても一体なんの目的があるのかは不明だが……まさかとは思うけど、僕のことが好きとかじゃないよね? 仮にそうだとしても、僕は絶対に彼女に振り向いてはいけないと思う。なぜならば――
―僕にとって彼女が敵になる可能性があるからだ。
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