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その日は、久しぶりに二人で外出した。
近所の公園まで、ゆっくり散歩するだけの予定だった。
「天気いいね」
みことは、空を見上げて目を細める。
「風、ちょっと冷たいけど」
「上着、ちゃんと着てきて正解だったね」
すちは、みことの襟元を軽く整えてやる。
「ありがと」
そのやり取りが、なんだか少し照れくさくて、みことは笑った。
外の空気は気持ちよくて、頭の中の霧も、少しだけ薄くなった気がした。
公園のベンチで、少し休憩しているとき。
すちは、自販機に飲み物を買いに行った。
「すぐ戻るから、ここで待ってて」
「うん」
みことは、素直に頷いた。
ベンチに座って、行き交う人をぼんやり眺める。
子どもの笑い声。
犬の鳴き声。
遠くの車の音。
穏やかな時間――のはずだった。
ふと、周囲を見回した瞬間。
(……あれ?)
胸の奥が、ひやりと冷える。
(ここ、どこだっけ)
目に入る景色は、確かに“見たことがある”。
でも、それが“どこ”なのかが、分からない。
(なんで、俺、ここにいるんだっけ)
心臓が、早鐘のように鳴り始める。
(……一人?)
さっきまで一緒にいたはずの誰かの存在が、急に曖昧になる。
不安が、波のように押し寄せた。
立ち上がろうとして、足が少しもつれる。
(帰らなきゃ)
でも、“どこに”帰ればいいのか分からない。
視界が、ぐらりと揺れる。
呼吸が、浅くなる。
「……っ」
思わず、近くの木の幹に手をついた。
(こわい)
(わかんない)
(俺、どうしたらいい)
そのとき。
「……みこと!」
遠くから、聞き慣れた声がした。
振り向くと、 必死な顔で駆けてくる、すちの姿。
その瞬間、胸の奥が、ぱっと明るくなった。
(……この人だ)
理由は分からないのに、“安心”だけが、はっきりと湧き上がる。
「……っ」
言葉にならないまま、みことはその場にしゃがみ込んだ。
すちは、みことの前に膝をつき、両肩をしっかり掴む。
「大丈夫?」
「……っ」
みことは、震える息のまま、すちを見つめる。
「……こわかった」
子どもみたいな声だった。
「急に、ここが分かんなくなって……」
「一人になった気がして……」
すちは、強く抱きしめる。
「ごめん」
「目、離した」
「……もう大丈夫だよ」
「俺が…すちがいるからね」
みことは、すちの服を掴み、顔を埋めた。
「すち……帰り道、消えた」
「頭の中、真っ白で……」
「俺、自分が怖い……」
すちの胸に、みことの震えが伝わる。
しばらくそのまま、二人で呼吸を整えた。
みことの震えが少しずつ落ち着いてくる。
「……ちゃんと、ここがどこか、分かる?」
すちが優しく聞く。
「……公園」
「そう」
「俺と、散歩してた」
「うん」
少しずつ、現実が戻ってくる。
それでも、不安は完全には消えなかった。
家に帰る道中。
みことは、すちの服の袖をぎゅっと掴んで歩いた。
離れないように。
迷わないように。
「……離れないでね」
ぽつりと、弱い声。
すちは、即座に答えた。
「離れないよ」
その夜。
みことは、ベッドの中で、ぽつりと呟いた。
「……俺、」
「いつか、すちのことも、分かんなくなるのかな」
すちは、一瞬、言葉に詰まる。
「……分かんなくなっても」
「俺は、ここにいるよ」
「みことのそばにいる…」
みことは、静かに目を閉じた。
「……それでも、怖いね」
すちは、みことの寝顔を見つめながら、心の中で呟く。
(外出は、もう一人じゃ無理だ…)
(もっと、守り方を変えないと)
愛しているからこそ、制限していく現実。
それもまた、痛みになった。