「大体、お父様はなんとも思わないんですか?」
「……何の話だ?」
お母様に愚痴を聞いてもらった私は、それだけでは収まらなかったためお父様の元に来ていた。
私の言葉に、お父様はきょとんとした顔をしている。相も変わらず鈍い人だ。娘の言葉の真意も見抜けないなんて、まだまだである。
「お姉様のことです。大切な娘が、あんな男と仲良くしていた平気なのですか?」
「何を言っているのか、あまりわからないのだが……」
「ドルギア殿下のことです。もっとこう、あるでしょう。私の目が黒い内は、家の娘に手を出すな、とか。どうして、彼をこの屋敷に入れたのですか?」
「その提案をしたのは、お前だと記憶しているが……」
「細かいことを言わないでください」
お父様は、私の言葉に頭を抱えていた。
もちろん、ドルギア殿下を守るためにアーガント伯爵家に住まわす提案をしたのは私だ。でもお父様は、それを断ることだってできたのである。
それなのに許可したということは、お父様に非があると言っても過言ではない。父親であるというのに、娘のことが気にならないのだろうか。
「……そもそも、私がその提案を断っていたとしたら、お前は納得していたのか?」
「いえ、そんな訳ないじゃないですか。ドルギア殿下がヘレーナ嬢に狙われたらどうするんですか? 騎士団の守りなんてあてになりませんし……」
「滅茶苦茶を言っていることを認識してもらえないだろうか?」
「何を今さら。私が滅茶苦茶なのは昔からではありませんか」
「なんだか頭が痛くなってきたな……」
お父様は、ゆっくりとため息をついた。
最近は色々と苦労も多いため、ストレスでも溜まっているのだろうか。
「……ドルギア殿下は立派な方だ。彼のような男が娘を愛していることに、私は不満などは抱いていない。大体、仲が良いことはいいことだろう」
「ドルギア殿下なんて、少し顔が整っていて、性格も良く、勤勉でそれなりの武芸と魔法が使え、王族としての自覚もあって、お姉様のことを大切にしてくださるだけではありませんか。別に立派でもなんでもありません」
「エルメラ……お前はきっと疲れているんだ。今日はもう休んだ方がいい」
お父様は、少し呆れたような表情で私のことを見つめてきた。
そんな風に見られるようなことなど、言っていないと思うのだが。私が主張しているのは要するに、百人いたら百人がそう思う、そんな事柄である。
しかしながら、お父様の言う通り疲れているのも確かだ。今日はゆっくりと休むとしよう。明日からもこの日々は続く訳だし。
◇◇◇
私はアーガント伯爵家の屋敷で、ドルギア殿下と平和に暮らしていた。
本当にとても平和な暮らしが遅れている。今の所、特に問題は起きていない。
強いて言うなら、エルメラが少し不機嫌なことは問題といえるだろうか。ただ、私とのお茶会ではむしろ今までよりも楽しそうにしているし、単に騎士団の手際の悪さに怒っているだけかもしれない。
「でも、そろそろ見つかってもいい頃だと思うんですけどね?」
「ええ、それについては僕も気になっています。ヘレーナ嬢が、思っていたよりも手練れだったということでしょうか?」
「そうかもしれませんね。彼女のことは、エルメラもそれなりに評価していましたし……」
エルメラは、ヘレーナ嬢のことを自分の千分の一くらいの才能があると評していた。
それは、かなり評価が高い方だ。エルメラの千文の一なんて、充分に天才といっていい部類である。
エルメラさえいなければ、王国一の魔法使いと呼ばれていたかもしれない。とにかく、ヘレーナ嬢が稀有な才能を持つことは確かだ。
「まあ、見つかったにしても見つからないにしても、そろそろチャルア兄上から連絡の一つもくるでしょう。どちらにしても、近況を報告してくれるでしょう」
「何か手がかりでも見つかっていればいいですがね……あら?」
「おや、噂をすれば、ということでしょうか?」
私とドルギア殿下が話していると、エルメラがこちらにやって来た。
彼女は、真剣な顔をしている。そういう顔をしているということは、何かヘレーナ嬢に関することで進展があったということだろう。
「エルメラ、何かあったの?」
「ええ、ヘレーナ嬢が見つかったようです」
「そうですか。それは何よりですね」
「遅すぎるくらいです。まったく、騎士団ときたら……」
エルメラは、騎士団に対して悪態をついていた。
それは最早仕方ないことだ。騎士団は今回、様々な間違いを犯した。その失敗から考えると、ヘレーナ嬢くらいはもっと迅速に見つけてもらいたかったものだ。
「ただ、騎士団のおかげでヘレーナ嬢に対して最も有効な手を思いつきました」
「有効な手? 正面からぶつかって、あなたが負けるとは思えないのだけれど」
「それはもちろんそうですが、彼女は好き勝手してくれましたから、その報復をしなければなりません」
「報復、それは物騒ね……」
エルメラはなんというか、邪悪な笑みを浮かべていた。
この妹は、中々に物騒なことを言い出すものだ。
とはいえ、ヘレーナ嬢に同情はできない。元々エルメラを止められる訳でもないし、ここは彼女に任せるとしよう。
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