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【注意】
異世界設定 / GL(ガールズラブ) / 独自設定あり
街の外れ、深い森との境界。
ガラス張りの工房は、今日も薄い銀色の霧に守られている。
フラスコの中で揺れる液体を見つめながら、私はわずかな香りの変化を追っていた。
ここにあるのは、私と、数百の香りの記憶だけ。
コンコン、と。
ドアを叩く音が、私の静かな時間を遮った。
(……お客さん? 珍しいな)
「はーい……あ、どうぞー」
フラスコから目を離さないまま、柔らかな声で招き入れる。
入ってきたのは、一人の少女だった。
「……ここ、天才調香師の店って聞いたんだけど。マジ?」
私はフラスコを置くと、ゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、大きなファー帽子を被り、スタッズの光る露出の多い服をまとった少女。
「お名前伺っても?」
「ユリ」
即答で答える。
(YURI?…あぁ、この子がこの前友達が言っていた、“香りを追い求める探求家”ちゃんか。)
「私はナオコ。天才かどうかは分からないけど、ここで調香をしているよ」
「……じゃあ、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
彼女はバッグから一冊の古びた書物を出し、調香台の上に置いた。
「これ、遺跡で見つけた秘香のレシピ。でも肝心な材料のところが謎解きになってて……
色んな調香師に見せて回ってきたんだけど、みんな“ここなら分かるかも”って言ってた」
「ちょっと見せて」
私は書物を引き寄せ、そっとページを開いた。
指先に伝わるざらつきと、長く晒された紙の匂い。
「……古いね。少なくとも、百年は経ってる」
ページの中央には、インクが滲んだような奇妙な文章。
『白き花、日輪の下にて摘み取られしものを用いよ』
『その香、心を鎮め、内なる乱れを和らげる。外より来たる悪しき意念を退け、精神を護る盾となるべし』
『光を失いし時、その香は過ぐる』
『甘は濃へと、静は熱へと移ろい、やがて毒を帯びるものと知れ』
『白き花、一重の器を選べ。香りは純にして、混じりなきものを良しとする』
『摘み取りし後、時を置くべからず。命の熱が残るうちに抽出せよ。遅れは香を濁し、その効を損なう』
『――ただし、夜の刻においては、決して……(汚れで判読不能)』
私は目を細める。
「なるほど」
「お!なんか分かった?」
「うん、とりあえず——材料は白い花ってことかな」
「……」
「それだけ?」
「あとは……まぁ、精神に作用する、いい効能があるっぽい」
YURIは一瞬だけ固まって、それから本を抱え直す。
「……あ、依頼先間違えたかも。じゃ、お暇させていただきます」
そそくさと出口へ向かうYURI。
「待って待って、冗談だよ。今からちゃんと調べるから」
彼女は足を止め、振り返る。
「ったく、頼むわほんと」
「ねえ、これを見つけた遺跡の周りってどんな環境だった?」
「環境?」
「たしか、植物なんてほとんど生えてない岩場だった気がする。」
「でも夜になると、どっかから“喉が焼けるような甘ったるい匂い”がした」
「……喉が焼けるような、ね」
私は椅子から立ち上がり、奥の書架へ向かった。
コツ、コツ、とヒールの音が静かな工房に反響する。
背後からは、少し遅れてついてくるYURIの足音。
彼女は物珍しそうに、天井まで届く棚に並んだ無数の遮光瓶を眺めていた。
「……ほへぇ。まじでここ、研究室っていうか……生活感ないね。ここに住んでるの?」
「そうだよー」
私は高い位置にある書物を取るために、指先を伸ばす。
「まじ?なんか落ち着かなさそう」
私は本を引き抜きながら、小さく息を吐いた。
「そうかなぁ。ナオにとっては、ここが一番落ち着く場所なんだけど」
「ふーん。てか何その本?」
「植物の古い書物だよ。だいたいの種類はここに載ってる」
パラパラとページをめくる。
最初から目星はついていた。
「……あったかも」
図鑑に描かれた白い花を指差すと、彼女が身を乗り出して覗き込んできた。
「ちゅーべろーず?」
「そう。チューベローズ。和名だと月下香(げっかこう)」
「ユリちゃんが言ってた“喉が焼けるような甘さ”は、この花が夜に放つ香りの特徴だね」
「夜に放つって?……じゃあ昼は?」
「チューベローズは、日の影響で香りの強さが変わる花なんだよ。ほら、これにも」
指で一行をなぞる。
『光を失いし時、その香は過ぐる』
『甘は濃へと、静は熱へと移ろい、やがて毒を帯びるものと知れ』
「要は、夜になると香りが強くなりすぎて、毒になるってことだと思う。」
YURIがレシピに視線を落とす。
「……だから、“日輪の下で摘め”ってことか」
私は小さくうなずく。
「そういうこと」
「あと材料の条件だね。——“白き花、一重の器を選べ”」
「これは多分一重咲きのことで、八重咲きより香りの成分が混じりけなく抽出できるからだと思う。」
「……で、その一重咲きとやらはどこにあるわけ?」
「森の少し奥にある湿地帯にしか自生してなくてね。……まだ外明るいし、今から私が案内するから、一緒に採りに行こうか?」
「……んー、いいわ。アタシ一人で行く」
YURIは私の白いドレスを上から下まで眺めて、軽く鼻を鳴らした。
「アンタその格好、絶対汚すじゃん。クリーニング代とか請求されても困るし」
「気にしないよ」
「いやアタシが気にする」
「だからアンタはここで準備でもしといてよ。場所と見た目さえ教えてくれれば、夕方までには戻るから」
「えっ……でも、一人で大丈夫?」
「探求家(アタシ)を舐めないで。……じゃ、行ってくるわー」
彼女は背を向けて、ひらひらと手を振りながら、お昼の明るい森へと消えていった。
その背中が見えなくなるまで見送ってから、私は小さく息を吐く。
視線を、再びレシピへ落とす。
『――ただし、夜の刻においては、決して……(汚れで判読不能)』
(……ここなんて書いてあるんだろ)
ほんの一瞬、手が止まる。
「……まぁ、抽出さえ正確なら問題ない、はず」
小さく呟いて、私は調香台に向き直った。
彼女が戻ってきたとき、すぐに調合に入れるように。
静かに、準備を整え始める。
土日連続投稿します!
ちなみに、こういう異世界設定って需要ありますか……?
自分が考えてるネタに結構異世界設定あって、不評ならリクエスト先やろうかな、とか思ったり思わなかったり…
あと日常回とかも色々書いてみたいな〜と思ってます。
よかったら、いいねやコメントで反応もらえると嬉しいです(*^^*)
コメント
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個人的にはリアルな状況?(現実的)なほうが好きですが、異世界系も面白くて喜んで読ませていただいてます!