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秋の朝は突然冷え込みが厳しくなったりすることがあり、今日がその日だと気付いたウーヴェは、薄暗い室内に朝の気配を感じ取って小さく欠伸をするが、すぐ近くから聞こえてくる穏やかな寝息に気付いて自然と笑みを浮かべてしまう。

 今日は万霊節で午後から行われるミサに二人で出席しようと話したのは数日前で、その直後に事件が起きてしまい、リオンが己が知る限りの罵詈雑言を犯人に対して吐き捨てたのだが、その直後に犯人を無事に検挙送検出来た為に安心してミサに出席できることになった。

 その経緯を思い出し罵詈雑言については認められないがミサへ二人で初めて出席出来る事に安堵の溜息を零したウーヴェは、そろそろ起きなければならない事も思いだし、そっと毛布とコンフォーターを捲ってベッドに座り込む。

 ウーヴェとベッドの間に出来た空間がリオンに冷気を感じさせたのか、身体がぶるっと震えた後盛大なクシャミが室内に響く。

 それでも目を覚まさないリオンに呆れるウーヴェだったが、これ以上寒さを感じさせて目を覚まさせると甚だ機嫌がよろしくないことに気付き、コンフォーターを掛けてすっぽりと包んでやると少しだけ険しくなった顔に穏やかさが戻って来る。

 朝食の準備が出来るまでは寝ていて貰った方が何かと都合が良い為に静かにベッドから立ち上がりガウンを片手にベッドルームを出て行くと朝食の用意を手早く済ませ、小一時間もしないうちにベッドルームに戻り、まだ気持ち良さそうに眠っているリオンの傍に座ったウーヴェは、手触りの良いくすんだ金髪を撫でながら優しく呼びかけて反応を待つ。

「リーオ、朝食の用意が出来たけど食べないか?」

 起きるのなら一緒に食べようと笑うウーヴェに地の底を這うような声がコンフォーターの下から響き、髪を撫でていた手を思わず止めると眠気を十二分に湛えた青い瞳が見上げてくる。

「おはよう、リーオ」

「……グ……ゴット」

「ああ。朝食を作った。一緒に食べないか?」

 ある確信を抱きつつ優しく問いかけるウーヴェにリオンが不満たらたらの顔を見せるが、盛大な欠伸を一つして伸びもする。

「……オーヴェは大好きだけどさ、でもごめん、そのデートのお誘いには乗れない」

 突然の言葉の意味が理解出来ずにウーヴェが小首を傾げてどうしてと問えば、くるりと毛布を身体に巻き付けたリオンが背中を向けて肩越しに振り返る。

「お前はホントに大好きで何よりも愛してるけど、この毛布とコンフォーターも好きなんだ」

 どうしてもこの毛布と別れられない、二股を掛けるようで悪いが許してくれと言い放たれて絶句したウーヴェだったが、そんなリオンの肩に手だけではなく覆い被さるように身を伏せると、夜のベッドの中でリオンだけが聞くことの出来る腰に響く声でリオンを呼ぶ。

「そんな悲しい事を言うのか、リーオ?」

「……ホントに愛してる。でもごめん……」

 今はとにかくこの毛布がくれる愛に包まれていたいんだと告白されて悲しそうに目を伏せたウーヴェは、そうか、俺への愛は毛布に劣るのかと囁き、リオンの頬に別れのキスをする。

「毛布は美味しい朝食を作ってくれないしコーンスープも作ってくれないけど、毛布の方が良いんだな」

 今朝は誰かさんが好きで仕方のないチーズオムレツを作るつもりで昨日その誰かさんが大好きなチーズを買ってきたのにと告げて静かにベッドから降り立つと、その背後で奇声が上がって大きな何かがベッドの上で跳ねたことを激しく軋んだスプリングが教えてくれる。

「ごめん、オーヴェ! 毛布とはもう別れた!」

 たった今ウーヴェよりも愛していると宣言した毛布を投げ捨てたリオンがウーヴェの背中に飛び乗り、ウーヴェが渾身の力で踏ん張ったために二人揃って床にダイブするという惨事は避けられる。

「こらっ、リーオ!」

「オーヴェ、チーズオムレツ食いたい!」

「分かったから降りろ」

 重いし子どもではないのだから早く降りろと、たった今睦言を囁いた声と同じとは思えない冷たい声で背後の大きな子どもを一喝したウーヴェだったが、その背後の子どもがぺろりと耳朶を舐めてキスをした為、条件反射で身体を震わせてしまう。

「……昨日は俺が乗っても気持ち良さそうな顔してただろ」

「……いい加減にしないか、リオン・フーベルト」

 その一言が何をもたらすかをリオンは誰よりも知っているため大人しくウーヴェの背中から降りると、振り返った恋人の頬に無精髭が生えた頬を寄せて朝から調子に乗ったことを詫びる。

「……ごめん、オーヴェ」

「チーズオムレツを食べるんだろう? コーンスープとサラダ、ゼンメルもある」

 早く支度をしてこいと笑ってリオンの髪を撫でたウーヴェは、リオンの気配が落ち込みから一気に回復したことを知ると己の気持ちも切り替えてリオンの唇にキスをする。

「おはよう、リーオ」

「うん、おはよう、オーヴェ」

 さあ美味しい朝食を食べようと笑って鼻の頭を触れあわせるとリオンも嬉しそうに目を細めて大きく頷く。

「今日のミサの準備は良いのか?」

「ん? ああ、アーベルがいるから大丈夫」

 俺は昼からのミサに出席するだけで良いと言われたことを笑顔で伝えるリオンの頬にキスをしたウーヴェは彼女に会いに行かないのかと問いかけるが、その言葉が消えるか早いかリオンの顔から表情が消えたため、さっきリオンにされたものよりも優しくリオンの腰に腕を回して身を寄せる。

「……会いに行ってこい、リーオ」

「……で、も……」

「今日は万霊節だ。故人を偲んで墓参りをする日だろう?」

 午後のミサも亡くなった全ての人を偲ぶ為のものだとも告げてリオンの肩に頬を当てたウーヴェは、数回のミサであいつが天国に行けるとは思えないと返されて小さく首を左右に振る。

「お前が心より彼女の為に祈るのなら、例え数回であっても彼女の魂は天国に行けるだろう」

 己の為には決して出て来ない発想も愛するリオンの心を救うためならば出てくるようで、それを伝えたウーヴェにリオンが目を瞠る。

 彼女、つまりはリオンの姉であるシスター・ゾフィーがなくなって二度目の万霊節だが、去年はまだリオンの状態が不安定だったために墓参りもミサにも行けなかった。そのため今年は行こうと決めたのだが、リオンの中で引っかかりを覚えるものがあるようで未だに躊躇いを感じていることを伝えてくるが、それらも全て受け止めるようにウーヴェが腰に回した腕を上げて髪を撫でて頭を引き寄せる。

「俺が彼女だとしたら……お前が元気にしている姿を見られることは嬉しいことだ」

 だから胸を張ってお前の姉に会ってこいと告げて髪に頬を宛がうと小さな小さな声がうんと返してくる。

「さ、チーズオムレツを食べようか」

 お前の好きなチーズを買ってきたからそれをオムレツに使おう、スープもサラダもパンもあると笑って朝食に誘うとリオンも嬉しそうな顔でウーヴェの頬にキスをする。

「メチャクチャ美味いオムレツ作って欲しいな」

「誰かさんのために頑張ってみますか」

 二人が経験した悲しい事件を乗り越えた今、その悲しみが胸の奥底でいつもたゆたっていたとしてもこうして互いに顔を寄せて笑っていられるようにと常に感じている思いを表すように互いの腰に腕を回すと、ベッドルームよりも少し寒いキッチンで朝食の仕上げに掛かるのだった。


 午後のミサはいつもに比べれば遙かに厳かな雰囲気で全ての死者への祈りを捧げる日であることを感じさせてくれていたが、小さな古い教会の礼拝堂に入りきれない程の人が来ては祈りを捧げる姿を壁に寄り掛かりながら見守っているのは、この場所に対してどんな思いを持っていたとしても今だけは顔に出さないように気をつけようとしているウーヴェで、その横ではリオンが膝を抱えるような姿勢で座り込んでいた。

 長椅子に座ろうとしても空きを見つけるのは難しく、また座っていてもマザー・カタリーナやシスターらが忙しそうに動いているため何度も呼ばれてしまうのだ。

 座っては呼ばれることの繰り返しに嫌気が差したのか、長椅子ではなく壁際に座り込んだリオンに苦笑するだけでその隣に立ったウーヴェは、ミサも終わりこの後参列者がそれぞれの縁の人達の墓に参ることを語っている姿を見つめていた。

「……早く終わらねぇかなぁ」

 ウーヴェの足下から上がった声は退屈そうで、その声につられて視線を下げたウーヴェは己の姉が天国に行く為のミサなんだろうと苦笑すると、ゾフィーが天国に行けるとは思わねぇ、だから別に構わないと今朝の不安定さなど微塵も感じさせない声が欠伸混じりに聞こえてきて思わず組んでいた腕を解いて苦笑を深める。

「マザーはお忙しそうだな」

「うん、終わったらドーナツ食わせてくれるって言ってたからさぁ」

 だから早く終わってミサにきた信者も帰ってくれればいいのにと立てた膝に腕を載せ、そこに顎を載せて溜息を吐いたリオンの髪を軽く撫でたウーヴェは、もう少し我慢をすれば美味しいドーナツが食べられると苦笑混じりに告げる。

「あ、そうだ。今日の夜さ、親父の家に行くんだよな?」

「ああ。……ノルも帰ってくると言っていたしな」

「兄貴も帰ってくるのかー」

 親父の家、つまりウーヴェの実家に行く事はやぶさかではないが兄貴の存在がネックだと呟くと、さすがにウーヴェの顔が僅かに曇る。

「そんなに……問題だとは思わないが……」

「そう思うのはオーヴェだけ」

 そのきっぱりとした言葉にはウーヴェもムッとしてしまい、そんな事は無いと語気を強めて見下ろすとにやりと笑った顔がそこにあった。

「お前の家族はお前に甘いからなー」

「……」

 ついひと月ほど前だろうか、ウーヴェとその家族にとっては決して解決することはないと思っていた問題が春の雪解けのように解け、以前のような家族の関係が新たな色を伴ってウーヴェらの前に姿を見せるようになったのだが、それを境に-リオンに言わせれば抑圧から解き放たれたように-父親のレオポルドを筆頭に子ども時代を取り戻そうとするかのように家族が揃ってウーヴェに大小様々なものを買って贈るようになったのだ。

 だが何よりも誰よりもそれが顕著だったのが兄-とこれからも呼ぶ事で話がついた-ギュンター・ノルベルトで、出張先に出掛けては珍しい物-主にそれらは酒だった-を買ってきたのを口実に食事に誘うようになっていたのだ。

 リオンが仕事の時は兄弟そろってゲートルートで食事をしているようだが、酷い時などは自宅で二人でゆっくり食事をしている時にまるで狙い定めたようにギュンター・ノルベルトが空腹とウーヴェだけへの贈り物を手土産にやってくるのだ。

 だからではないが家の冷蔵庫には以前よりも食材が多めに買い置きされ、パントリーにはギュンター・ノルベルトの好きなワインやバーボンが増えていたのだ。

 それらの事実を踏まえてお前の家族はお前に甘いともう一度断言したリオンは、ウーヴェの顔に不満が浮かんでいることに気付くと一つ伸びをして立ち上がると同時に不満げに染まる頬にキスをする。

「ダーリン、拗ねるなよ」

「……拗ねてない」

「じゃあ笑ってくれ」

 拗ねてないのならば笑ってくれ、これからは何があっても笑っていようと決めた筈だとリオンがウーヴェの顎を掴んで視線を重ねるが、躊躇うようにターコイズ色の双眸が左右に揺れた後、二人の間で不満が溜息となって消えていく。

「そうだったな」

「うん、そう」

 そうしてまた笑ってくれるお前が大好きだと笑うリオンに同意するように頷いたウーヴェは、忙しそうに信者と話していたマザー・カタリーナがこちらに向かっている事に気付き、気分を切り替えて笑みを浮かべる。

「リオン、マザーがいらっしゃったぞ」

「あ、もう終わったんだな」

 これでドーナツが食えると伸びをするリオンに笑いながら近づいて来たマザー・カタリーナは、お待たせしましたと頷いて二人に笑顔を見せる。

「ドーナツ食いてぇ、マザー」

「そうですね、すぐに用意しましょう」

 そしてそのドーナツを食べながらゾフィーの思い出話をしましょうと胸の前で手を組みながらしんみりと語る母の肩に腕を回したリオンは、そんな辛気くさい顔はきっとゾフィーは望んでいない筈だと断言して母の頬にキスをする。

「マザー、ゾフィーは笑ってくれって言ってるぜ」

 後で会いに行くけどマザーにそんな顔をさせたとなれば俺が怒られるからと母の気持ちを前に向けるような言葉を告げて頷いたリオンにマザー・カタリーナもそっと頷き、穏やかに見守っているウーヴェにも頷いて目尻に滲む涙を拭く。

「さあ、アーベルに後を任せて戻りましょう」

 ドーナツを食べて思い出話に花を咲かせた後皆で彼女に会いに行きましょうと笑うマザー・カタリーナに二人も頷き、教会から児童福祉施設に繋がる廊下に出て行くのだった。


 リオンがホームと呼ぶ児童福祉施設はいつもより人出が多くて賑やかで隣接する墓地にも人の姿があったが、その人達も故人との対話に満足したからか帰り始め、人の姿が疎らになり出した頃、ホームから小振りの花束を持ったリオンが姿を見せるが、その少し後ろを躊躇った様子のウーヴェがついてくる。

 いつもならば横に並んで歩くはずの恋人が三歩以上下がっていることに気付いて振り返ったリオンはやや俯き加減に歩く彼に僅かに眉を寄せるが、手にした花束を肩に担ぐように腕を上げると同時に踵を返してウーヴェの真正面に立つ。

「一緒に行こうぜ、ダーリン」

「……ああ」

 誘ってくるリオンに素直に頷けない己に嫌悪感を抱くがそれを何とか堪えて頷いたウーヴェは、歩調を合わせるように歩くリオンの気配に次第に嫌な気持ちが昇華されていくことに気付き、一つのまだ新しい墓碑の前に立ったことにも気付く。

 その墓碑に刻まれているのはゾフィーが短くともしっかりと生きたことを示す日付と、万感の思いが籠もっているだろう良き娘であり良き姉ここに静かに眠ると言う短い言葉だった。

 その墓碑の前に胡座を掻いて座り込んだリオンは、平らな墓石に花束を投げるように置くと、感情から震える指先で墓碑の一言一句をなぞっていく。

 この墓碑を建てたことを葬儀の後に教えられ、昨年彼女の為のミサを初めてマザー・カタリーナが行った時、リオンはメッセージカードを送っただけでそれには出席しなかった。

 ミサ以外の空いている時にも墓参りをしたことは無く、彼女が亡くなってから初めての墓参りが今日だと思い出したウーヴェは、僅かの不安とそれを上回る信頼を胸に秘めつつリオンの後方の芝生に膝をつく。

「……久しぶりだな、ゾフィー」

 お前は俺をずっと見守っていてくれているからそうは思わないかも知れないが随分と久しぶりだと苦笑したリオンにウーヴェも軽く目を伏せるが、何か暖かなものが膝に触れたことに気付いて目を向けてそのまま見開いてしまう。

 ウーヴェの腿に載せられていたのはリオンの右手で、不安を感じている心を何とか抑えていることを察したウーヴェがその手に手を重ね、空いている手でリオンの肩を抱くと意味が分からないが何かが昇華されたような溜息が墓石にこぼれ落ちてふわりと消える。

「……ジルがさ、何処にいるかまだ分からねぇんだ。悪ぃ、ゾフィー。見つけたらあの綺麗な顔をぶん殴ってやるからもうちょっと待っててくれよ」

 姉を喪った直後の己でも理解出来ない感情を振り返れば今でも背筋が震えそうだが、その憎しみから抜け出せたこと、ただ純粋に許せないことをリオンにしては珍しく訥々と語った後、己の手に重ねられた手を見るように振り返り、背後に太陽があるかのような眩しそうな顔で目を細める。

「オーヴェが……いつまでも憎み続けるなって教えてくれた」

 だからその苦しみに囚われないでいられることを告白するリオンの手を取って甲に口付けたウーヴェは、例え教えたとしてもそれを実践してくれているのはお前だと告げてゾフィーが眠る墓石に目礼をする。

「今日のミサでどの辺まで昇れたか教えてくれよ、ゾフィー」

 あと少しで神様の傍に行けるのか、それともまだまだ地獄にいるのか教えてくれと彼女が見慣れていたであろう悪童の顔で呟いたリオンは、ウーヴェの手を掴んで勢いよく立ち上がると、つられて立ち上がる恋人の腰に腕を回し、限られた人にしか見せない顔でウーヴェの肩に軽く寄りかかる。

「――多分あっという間に俺もそっちに行くから待っててくれよな」

 その言葉が天に昇りつつある彼女に届くよりも早く咄嗟にウーヴェが掴まれていた手を振り払い、軽く目を瞠るリオンを両手で抱きしめる。

「悪いが……お前が彼女と再会するのはまだまだ先のことだ」

 あなたにも悪いがまだリオンは俺にも他の人達にも必要だから連れて行かないでくれと願う声に腕の中で小さな満足そうな吐息が零れ落ちる。

「……あなたが教えてくれたドーナツは今でもリオンの好物です」

 だからこれからもずっと自分たちを見守ってくれとリオンの肩越しに祈ったウーヴェは、お願いという小さな声をしっかりと聞き、それに答えるように頷いてリオンの背中を撫でるのだった。


 ウーヴェの実家で家族揃って万霊節の夜を迎え、いつもは静かな食事の時間がリオンが加わったことにより大層賑やかなものだった-とはエーリヒの言葉-を終え、名残惜しさを隠さない両親と兄にまた近いうちに帰ってくることを約束したウーヴェは、食事の間もその後リビングでチェス大会をした時でさえも騒々しかったリオンが大人しくしている事に気付き、柔らかなくすんだ金髪に手を宛がうと大丈夫だと言いたげな顔で小さく頷かれる。

「じゃあ、ノル。また今度」

「……帰らなくても泊まっていけば良いだろう?」

 ウーヴェが帰宅の意志を告げても不満を顔全体に広げるギュンター・ノルベルトに苦笑し、今度ベルトランの店で食事をしようと告げてやや躊躇いがちに兄の背中に腕を回したウーヴェは、同じように背中を抱かれて安堵しお休みの挨拶を頬にする。

「ジーナに会いに行ってくれてありがとう、フェリクス。彼女も喜んでいる」

「……ただ、通った、から……」

 ひと月前に家族が過去の事件を本当の意味で乗り越え忌まわしい事件があった教会からこの街の立派な墓地に墓を移し、ウーヴェの生みの親でありギュンター・ノルベルトの生涯ただ一人の妻であるレジーナの墓に彼は今朝花を持って参ったが、その時、参る人など誰もいないはずの墓に小さな花束が供えられていたのを見つけたのだ。

 それを供えたのが誰であるかなど明白で、その礼を述べたギュンター・ノルベルトにウーヴェが目を左右に泳がせた後、言い訳じみたことを呟いてしまう。

「そうか。それでもきっと彼女は喜んでいるよ」

 会いに行ってくれてありがとうともう一度礼を言ったギュンター・ノルベルトは、ウーヴェをもう一度抱きしめた後、早く代われと待ち構えている両親に譲るために身を引く。

「お休み、ノル。父さん、母さんもお休み」

「ああ。気をつけて帰れよ、ウーヴェ」

「リオン、明日からもお仕事頑張るのですよ」

 両親の頬にも同じくキスをしたウーヴェは己の愛する人を認め受け入れてくれる両親に内心で感謝し、それを素直に受けて同じように挨拶を返してくれるリオンにも同様の思いを抱く。

 こんな風にここにまた帰ってくることを約束する日が再び来るなどひと月ほど前までならば想像も出来ないことだったが、それを成し遂げてくれたリオンにはウーヴェが知る限りの感謝の言葉を告げても物足りなかった。

 だから斜め後ろに立つリオンの手を取って軽く握りしめるとそれ以上の強さで握り返されて安堵の吐息が自然と零れ落ちる。

 そのままもう一度両親と兄にお休みを告げたウーヴェは、同じく手を挙げて挨拶に代えたリオンと一緒に家を出、エーリヒが用意してくれていたスパイダーの運転席に乗り込み、大人しく助手席に座るリオンの髪をもう一度撫でる。

「さ、帰ろうか、リーオ」

「……うん、帰ろうぜ」

 スパイダーに乗り込んでしまえば二人の声しか聞こえないしまたその声が外に漏れることも無いためリオンが小さく伸びをした後、運転の邪魔にならないように気をつけつつシフトレバーの上にあるウーヴェの手に手を重ねる。

「どうした?」

「……安心して良いぜ、オーヴェ」

 唐突な言葉の意味を理解することが出来ずに眉を顰めたウーヴェだったが、あちらの時間は止まっているようなものだと聞いた、だからこちらで満足するまで生きてからあちらに向かったとしても瞬きをする程度の時間しか経っていないはずだと告げられて軽く驚く。

 それは今日の午後のゾフィーの墓参りの言葉に対するものだったのだが、あの時は咄嗟にリオンを連れて行かないでくれと口にしてしまい後々軽く後悔してしまったのだが、今のような言葉を返されるのであればそれも無駄ではなかったと安堵するが、出来れば聞きたくない思いから苦笑してしまう。

「……今日が万霊節だからといって……あんな話は出来れば止めて欲しいな、リオン」

「悪ぃ。でもさ、……仕方がない事、だよな」

「……」

 人は限られた時の中を生きなければならないのだ。どれ程望もうが願おうが無限の中を生きることは出来ないのだ。

 どうすることも出来ない摂理の前に口を閉ざしたウーヴェだったが、ちらりと助手席を見てリオンの横顔が透明な笑みに彩られていることに気付いて車を思わず路肩に寄せる。

「……リーオ」

「ん?」

 名を呼び首を傾げながら見つめ返してくるリオンに一度唇を噛むが、更にどうしたと問われて自嘲じみた笑みを浮かべる。

「何でも……」

「ない、って言えばキス一つ」

 ウーヴェの口癖のような言葉を奪い取って片目を閉じたリオンは、呆気に取られる恋人の頬を軽く抓りながらにやりと笑みを浮かべる。

「これから、ホントは言いたいことがあるのになんでもないって言えばキス一つ」

 それで許す訳ではないがその切っ掛けにしようと笑うリオンに暫し呆然としたウーヴェだったが、抓られた頬が痛いと小さく笑いながらその手に手を重ねると、そのまま己の方へと引き寄せ、つられて引き寄せられるくすんだ金髪を抱き寄せると叶わないと知りつつも願ってしまう。

「……俺の太陽。太陽はいつまでも輝いているものだ」

 だから俺よりも先に隠れてしまうなと意外な強さで囁くと、リオンが宥めるようにウーヴェの背中をぽんと叩く。

「俺の陛下はホントにワガママだよなぁ」

 そんな、人の力ではどうすることも出来ないことを命令してくると笑うが、笑うなと笑いながら非難されてしまい笑いを抑えることが出来なくなってくる。

「笑うなよ、オーヴェぇ」

「うるさいっ。お前が笑うからだろ?」

「あー、そーやって人のせいにするっ」

 そんなワガママ横暴陛下にはこうだと叫んだリオンは、笑い続けるウーヴェの首筋に顔を寄せ、くすぐったい止めろリオンと叫ばれながら首筋に小さな音を立ててキスをする。

 以前までならばウーヴェの精神は恐慌を来して崩壊してしまいかねないが、その原因となった事象もそれがもたらした悲しい出来事も昇華した今ならばそれを受けてもただくすぐったいとしか思わなかった。

 だから笑いながらリオンの髪を掴んで剥がそうとするが、更に顔を押しつけられて思わず声を出して笑ってしまう。

「リーオ、止めてくれっ」

「仕方ないなぁ。陛下のたっての願いなら聞きましょうか」

「……聞き入れてくれて感謝する」

 ようやく離れてくれたリオンに笑いを何とか堪えて礼を言ったあと咳払いを一つして己が乱した金髪を撫でて整えてやる。

「帰ろうか」

「うん」

 車の中で何をやっているんだと我に返って呆れた二人だったが、シフトレバーを操作する邪魔にならないように気遣いながらも先程と同じようにウーヴェの手に手を重ねたリオンは、自宅に戻るまで機嫌が良いことを示す歌を口ずさんでいるのだった。


 駐車場に車を止めエレベーターに乗り込んでただひとつあるドアを潜った時、車内でじゃれていた気持ちのままだったためリオンがウーヴェを背後から抱きしめて囁く。

「……ダーリン、俺のもう一人の愛人と一緒に遊ばないか?」

 その愛人が誰を意味するのかまた何をして遊ぶのかを察したウーヴェがリオンを引きずるようにベッドルームのドアを開け、何をするのか期待に胸を膨らませるリオンを掛け声と共にその愛人の上に背負い投げの要領で投げ飛ばす。

「きゃー! 暴力反対ー!」

「もう一人の愛人がしっかりと受け止めてくれただろう?」

 だからこんなのは暴力に値しないと鼻先で笑ったウーヴェは肘をついて身体を支えるリオンを跨ぐように手をつき、にやりと太い笑みを浮かべつつ鼻の頭が触れあう距離まで顔を寄せる。

「もう一人の愛人も一緒に遊ぶのなら今日は俺の好きにさせて貰うからな?」

「……イイぜ、お前の好きにしろよ」

 愛人である毛布のことなど気にせずにただ俺だけを見て感じて満足すればいいと笑うリオンに目を細めたウーヴェは、似たような笑みを浮かべる恋人の腹に跨がって座り込むと、後ろ手でリオンのブーツを脱がせていく。

 そしてどちらも男の貌で笑みを浮かべ合い、至近で笑いあった後自然と重なる唇にどちらも無意識に安堵するのだった。

 その後、同じ男とは思えない優しい手付きでリオンを翻弄し熱い吐息をシーツに零れさせていたウーヴェは、快感の合間にお前を一人にしないと何度も囁かれ、その度にキスで答えていたが、もう良いと言葉ではなく表情で伝えるとならば後は何も考えないで済むようにしてくれと顎を上げて先を強請る。

 当然ながらウーヴェがその強請りを無視するはずもなく望み通り何も考えられないようにキツイ快感を与え、リオンもウーヴェに振り落とされないようにしっかりと背中に腕を回してしがみつくのだった。


 熱を吐き出した後の満足感と深い眠りを得る直前の気怠い時間、リオンを背中から抱きしめたウーヴェは、出来る事なら同じ時同じ場所で眠りに就きたいと睡魔に襲われつつ素直な思いを吐露すると、腰に回した手に手が重ねられ宥めるように撫でられてしまう。

「……俺も、そう思うからさ……」

 だからその日が来るまで先に逝ってしまった人達と再会するまではいっぱい笑って生きようと囁かれて頷き、すでに目を閉じているリオンの頬にキスをする。

「お休み、リーオ」

「ん、おやすみ」

 小さな子どものような甘えた声でお休みと囁くリオンにもう一度キスをしたウーヴェは、愛人と俺を暖めてくれとリオンの愛人である毛布に囁きかけるのだった。

 すべての故人を偲ぶ日は、生きている自分たちがそちらで再会を果たす日までは生き続けるという事を確かめる日でもあり、ただ静かに過ぎていくのだった。




Über das glückliche Leben.

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