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クリスマスを数日後に控えたその日、リオンはいつものように穏やかな眠りから緩やかな覚醒を迎え、その先で最高の笑顔を浮かべる恋人からおはようのキスを受けて大きく伸びをする。
「んー!……ゴット、オーヴェ」
「ああ、おはよう、リーオ。朝食の用意が出来ているぞ」
「ダンケ!」
寒さが厳しい窓の外を一度ベッドの中から振り返り、苦笑するウーヴェの頬にキスをして勢いよくベッドから飛び降りたリオンは、5分でシャワーを浴びるから朝食を完璧に仕上げてくれと一声吼えると、ウーヴェの返事を聞く前にバスルームのドアを開けてシャワーブースに突撃する。
その後ろ姿にクリニックを訪れる時だけではなく自宅でも騒々しいと深く溜息を零したウーヴェだったが、本当に5分でシャワーを浴びて出てくる可能性が高いことに思い至り、それならば期待に応える完璧な朝食を仕上げようと笑みを浮かべてキッチンに戻って行くが、リオンが濡れた髪をお座なりに拭いただけの姿でキッチンにやってきたのは5分を少し過ぎた頃だった。
「しっかり乾かさないと風邪を引くぞ」
「大丈夫だって」
リオンの姿にもう一度溜息を吐いたウーヴェだったが、焼いたゼンメルとソーセージ、ハムやチーズをリオンの前に手早く並べ、己のものも並べ終えるとキッチンを出て行く。
「オーヴェ?」
「先に食べていろ」
その声を残してキッチンを出て行ったウーヴェに訝るような声を投げ掛けるリオンだったが、先に食べろと言われたもんねーと子どもじみた言い訳をしてソーセージにフォークを突き立てるものの、大きく口を開けただけでソーセージにかぶりつくことは無かった。
それどころかリオンを幼い頃から見てきた人達が目撃すれば衝撃のあまり開いた口がふさがらなくなること間違いなしの、ソーセージを皿に戻して頬杖をついて早く戻ってこいと呟いたのだ。
リオンが育ったのは教会に付属する施設だったために食事の前には必ず祈りの時間があったのだが、その祈りを一度たりともしたことがなかったリオンがウーヴェと一緒に暮らすようになってからは食べ始める前に必ず儀式のようにすることがあった。
それをするためにはウーヴェが戻ってこなければならないのだが、早く戻ってこいともう一度呟くと、ウーヴェがタオルを片手に戻って来る。
「どうした、オーヴェ?」
「……お前にはしっかりと働いて貰わないといけないからな」
風邪など引かれてしまえば大変だと苦笑するウーヴェの手がリオンの濡れた髪に置かれたかと思うと、手にしていたタオルで無造作にそれでも丁寧に拭いていく。
「大丈夫だって」
「大丈夫じゃないだろう?」
ここで少しだけでもタオルドライをしていればまあ風邪を引く可能性が低くなると笑いながらくしゃくしゃと髪を拭いたウーヴェは、リオンの頬が不満に膨らんだことに気付き、タオルを頭に載せたままで手を止めて膨らんだ頬を元に戻させるようにキスをする。
「待たせて悪い」
「ホントだぜ」
早く食べよう、食べるにはお前がここに座らなければならないんだと、己の隣の椅子をぽんと叩いたリオンは、ウーヴェが少しだけ申し訳なさそうな顔で座ったためにじっと白皙の横顔を見つめる。
「……どうぞ召し上がれ」
「ダンケオーヴェ!」
ウーヴェがGuten Appetitと告げながらリオンに掌を向けるとそれに答えるようにダンケと礼を言い、先程食べかけて止めたソーセージにかぶりつく。
ウーヴェのその一言がリオンにとっての祈りの言葉になったのだが、マザー・カタリーナや亡くなったゾフィーが見れば感心するやら感動するやらと言う程の変化ぶりで、リオンの様々な変化を楽しみに受け入れるウーヴェにとってそれはただ嬉しい事だったため、リオンの食べっぷりに感心しつつ己も朝食を食べ始める。
「今日は忙しいか、オーヴェ?」
「寒くなるとやはり患者が増える気がするな」
「ふぅん。寒いし暗いからみんな考え込んじまうのかな」
ソーセージを切り分けながら答えるウーヴェにリオンが労るような声を返し、ゼンメルにチーズとハムを挟むとウーヴェの皿にそれを載せ、もう一つのゼンメルも同じようにするとそれにかぶりつく。
「そうかも知れないな」
キッチンの小窓から見える外の景色は到底朝とは言えない程暗く、冬は太陽でさえもベッドにしがみついていたくなるのだから俺がしがみついていても誰も怒らないはずだと、いつだったかリオンがコンフォーターの下で叫んでいたことを思い出し、つい自然と笑みを浮かべてしまったウーヴェにリオンがゼンメルを頬張りながら小首を傾げる。
「ほーふぇ?」
「口にものが入っている時に喋っても何を言っているか分からないぞ」
だから落ち着いて先に食べてしまえと促されて頷いたリオンは、しっかりと飲み込んでから突然笑い出したらびっくりすると笑った為、ウーヴェも同じように笑ってしまう。
「ほら、また笑う」
「お前がおかしなことを言うからだろう?」
とにかく笑ってないで早く食べてしまえと笑いながら促し、僅かにむくれたリオンの頬を軽く突くとむくれも膨らみも解消され、ゼンメルをトースターに放り込んで温め直す。
「今日さ、事件が無かったら早く帰れると思うからメシを食いに行かないか?」
「ああ、そうだな。何が食べたい?」
「んー、仕事中に考えておく」
「分かった。じゃあ仕事が終わったら連絡をくれ」
朝食を食べながら夜の話をする違和感を一切無視し、仕事が平和裡に終わればいいなぁと暢気に呟くリオンに素直に同意したウーヴェは、早く食べなければ遅刻することに気付いて少しだけ急いで食事を終え、リオンも温め直したゼンメルを大急ぎで食べ終えると、頭に載せられたままのタオルで髪を拭きながらベッドルームに駆け戻って出勤の支度をする。
リオンよりは遅れて出勤しても大丈夫なウーヴェが後片付けを手早く済ませ、自身の支度をするためにベッドルームに戻ると、ネクタイを四苦八苦しながら結んでいるリオンに苦笑し、黙ったまま恋人の前に立ってネクタイのノットを掴んで一度解く。
「?」
「ほら、これで今日も男前だ」
自分の好みから言えば完璧な結び目を作りたかったがリオンの場合は少しだけ崩した方が映えることに気付いているウーヴェは、己の思いを苦笑に混ぜ込んでネクタイを整えると、リオンが口元に満足そうな笑みを浮かべる。
「ダンケ、オーヴェ。お前がそう言ってくれるから頑張れる」
「……頑張って来い、リーオ」
その心を傷付ける出来事があるかも知れないがそんな時はここで羽を休めてその心を癒そうと囁きかけてキスをすると、リオンがキスを返してウーヴェをハグする。
「うん。オーヴェも頑張って来い」
「ああ」
互いの仕事が人の一生を左右する重要なものである事を痛感しているため、互いのことを思って励ますように声を掛け合い背中を叩いて力を分け与えあう。
出勤する前の厳かな儀式を終えて頷き合い、額を触れあわせて互いに太い笑みを浮かべた後、リオンが慌ただしくベッドルームを飛び出す。
「オーヴェ、仕事終わったら電話する!」
「分かった」
じゃあ行って来る、ダーリンと叫ぶように言い残したリオンは、ウーヴェの顔に苦笑を浮かべさせたことを知らずに家を飛び出して行くのだった。
そんなリオンの背中をただただ苦笑混じりに見送ったウーヴェは、己も励まされた仕事に向かう為に準備をし、リオンとは違って完璧にネクタイを結ぶと、今日の診察の予約がどうだったかを思い出しながら自宅を出るのだった。
クリスマスが数日後に近づいているからか、街中に溢れる空気が何処か浮ついていて、その気配は警察署内でも散見されるほどだった。
そんな浮かれ気分の署内だったが、それらを一瞬にして吹き飛ばす通報が入ったのは昼も近づいた頃だった。
通報の主は酷く脅えた声で女性が無残な姿で市内を流れる川の岸辺に打ち上げられていると伝えてきた。
事故か事件かの判断がそれだけではつかなかった為に制服警官が現場に確認のために出向き、事件であると知らせてきたのは一報があってから三十分も経たない頃だった。
制服警官の報告を受けていつもの通り初動体制を取ったヒンケルは、リオンを伴って現場へと車で向かっていた。
現場へはさほど時間を必要とはしなかったが気分が妙に高揚していたリオンは、通報内容をヒンケルと話し合いながら運転するが、不意に彼女の墓に参っているのかと問われて目を瞬かせる。
「へ?」
「……ゾフィーの墓には行ってるのか?」
「あー、この間行きましたよ。オーヴェにも行けって言われて一緒に行って来ました」
「そうか」
リオンの思いにヒンケルは気付いているからかそれ以上は何も言わずにただ頷くが、車が現場に着いたため気分を切り替えるように咳払いをする。
「早く犯人を逮捕するぞ、リオン」
「Ja.」
クリスマスももうすぐだし何より自分たちの誕生日ももうすぐなのだ、何が何でもスピード逮捕にこぎ着けると鼻息荒く宣言しつつ白い手袋を嵌めたリオンは、車から降り立つと現場に慣れた刑事の顔でヒンケルの後についていくのだった。
遺体で発見された女性は隣町にある中規模の教会に所属するシスターだったことが身分証明書と一緒に持ち歩いていた名刺やロザリオから判明すると同時にヒンケルの顔に緊張が走り、それが自然と部下達に伝播してしまう。
その緊張はリオンにもしっかりと伝わっていたが表面上は何食わぬ顔で受け流し、そのシスターが不幸にも神の御許に旅立たなくてはならなかった理由を早く探そうと不謹慎にも思われかねない陽気な声で告げると、コニーが小さく溜息を吐いて作業を分担するように指示を出していく。
リオンはコニーではなくヒンケルが一緒に来いと命令したためにいつも通りに動こうとしたのだが、事件の一報を聞きつけた記者がヒンケルに素早く近づくと事件のことについて矢継ぎ早に質問を投げ掛け、それを遮るようにリオンがヒンケルの前に身体を割り込ませる。
「詳しいことは後で会見をするからその時に聞いてくれ」
そのぞんざいな物言いに記者が一瞬たじろぐが、まだ完全には風化していない事件を思い出して記者が声を顰める。
「……死体はシスターだって? あんたの姉の事件と関係があるんじゃないのか?」
「………………」
記者の言葉に以前のリオンならば突沸と表現出来るような怒りを露わにしていたが、あの事件から時が流れリオン自身の中の収まるべき場所に収まりつつあるため、記者の挑発にも乗ることなく無言で肩を竦めるだけだった。
リオンの身体の影でヒンケルが安堵に胸を撫で下ろしたあとリオンが告げたことを再度記者に伝えると、これ以上つきまとうのならば公務執行妨害で逮捕するぞと声を低くし、記者に悔しそうな顔をさせて己の部下を護るが、その横顔を見上げた時、己の言動が差し出がましいものだったのかと疑問を抱いてしまうほど平静だったことに内心驚いてしまう。
「リオン」
「へ? どうしました、ボス?」
「……何でもない。聞き込みに行く。このシスターが所属している教会のことでマザー・カタリーナに話を聞きたい。連絡を取ってくれ」
「Ja.」
教会関係ならばマザー・カタリーナが詳しいだろうとヒンケルが告げ、リオンも当たり前の顔で頷いて携帯を取り出す。
その横では近づいて来たコニーがヒンケルに何事かを囁いて指示を受けていたが、リオンが携帯をしまうと同時に二人でじっと見つめる。
「マザーが今なら教会にいるから来て下さいって」
「そうか。コニー、マザー・カタリーナの所に誰かを行かせろ」
被害者のロザリオを持って行かせろと命じたヒンケルは、自分たちは彼女がいた教会に出向く事をコニーに伝え、リオンが一足先に待っている車に乗り込みながらもまだ他の部下に指示を与えるのだった。
リオンがヒンケルと共に行動している頃、ウーヴェはクリニックで己の患者と向かい合い、誠実に患者の思いに応えようとしていた。
朝リオンと話したように日照時間が短い冬になると気分が塞いだり考え込んだりする人が確かに多くなっていて、救いを求めるようにやってくる人や全ての物事をネガティブを通り越した危険な方向へと考えてしまう人達がひっきりなしに顔を出し、ウーヴェ自身も心身ともに疲労が蓄積していく。
そんな最中に心身の健康を保つためにお茶の時間を取ったウーヴェは、その時間を提案してくれるリアに感謝しつつコーヒーではなくココアを一口飲んで無意識に安堵の溜息を吐く。
「……美味しいな」
「そう? 良かったわ」
患者の数がかなり多くて疲れているとの予想からココアにしたが、甘すぎるのならば他のものにすることを教えられて首を左右に振る。
「これぐらいが嬉しい」
「そう」
ココアのカップから上がる湯気を顎で受けながら笑みを浮かべるとリアも安堵したように目を細め、二重窓の外を見れば雪がちらついていて、今日も雪が降るんだなと独り言を漏らすと、冬が大切なのは理解出来るがいい加減にして欲しいとリアも頬に手を宛がう。
「まだ冬は始まったばかりだろ、リア」
「そうだけど、もう十分よ」
ウィンタースポーツを満喫する方ではない為に雪が降れば交通が乱れ足下が危なくなると肩を竦める異性の友人に同意しつつ頬杖を突き、己の恋人はこの雪の下を走り回っているのだろうかとも呟いてしまい、我に返った時にはリアが理解を示す顔でしきりに頷いていて、居心地の悪さを誤魔化す様に咳払いをする。
「そう言えば、今年のアドベントクランツはどうしたの?」
「ああ、ちゃんと一緒に買いに行って作った」
毎年買い求めようと決めたリンゴのオーナメントも探し蜜蝋も買い揃えたことを笑って報告すると、まるで姉のような顔で頷かれて尻がもぞもぞとしてしまう。
「二人で決めたことなら守れるわね」
「そうだな……」
仕事の合間の貴重な休暇を使ってクリニックの下の広場で開かれているクリスマスマルクトに出向き、今年はどんなリンゴのオーナメントを買うか二人で相談していたが、リオンの姉が亡くなった年に決めたそれはしっかりと守られていた。
自身のためには祝うことは無いクリスマスだが、リオンの為ならば出来ることを改めて思い出し、今年もアドベントごとに蜜蝋に火を灯していることも伝えると、リアが何故かウーヴェよりも嬉しそうな顔で頷く。
「リア?」
「ヘンだけど、あなたとリオンが仲良くしているのを見るのは嬉しいのよね」
目の前でいちゃいちゃされるのは精神衛生上非常によろしくないが、それでも仲が良いことは嬉しい事だと素直に感想を述べられて咳払いをしたウーヴェは、身近な人がそう感じてくれることは嬉しいと返し、ココアを一息に飲み干すことで気分を切り替えて息を吐く。
「……次の患者がそろそろ来そうだな。準備をしようか」
「ええ」
ウーヴェの言葉に立ち上がりながら頷いたリアは、すでにウーヴェの気持ちが切り替わっていることを見抜くと、彼女自身も一時の休息から気分を切り替えて仕事に戻るのだった。
予約が入っている患者の診察を終え、飛び込みでやってきた患者に対しても誠実に対応したウーヴェは、今日の診察を全て終えた安堵からお気に入りのデザイナーズチェアに座り込み、疲労を強く訴える目元を指で解していた。
リアは少し前に帰った為にクリニックにはウーヴェ一人だけだったが、二重窓の外を見れば昼に降っていた雪は雨に変わっていて、昼の心配を上回る気持ちが湧き起こるが、仕事に集中している時ならば雨など気にならないだろうし、気を張っているから風邪を引きにくいかもと己の心配を打ち消したウーヴェは、足を組み替えて深呼吸をすると無意識の動作で口元に右手を運んで唇でリングを撫でる。
金属の冷たさが何故か別の熱を思い起こさせ、仕事が終わったとの連絡が入ることを密かに期待していたウーヴェだったが、予想していた時間になってもリオンから連絡は無く、事件があったことを確信しつつテレビをつけると、シスターの死体が発見されたことを淡々とニュースキャスターが伝えていた。
この事件の為にリオンの帰りが遅くなることを確信したウーヴェは、それならばここで待っている必要など無いと気付き、疲労感が一気に押し寄せてくる身体で何とか立ち上がって窓に手をつく。
冷たい雨が降っているが必死になって仕事をしているリオンを思って空に向かって舌打ちをしたウーヴェは、クリニックを閉めて帰る準備を整え、リオンが帰って来た時のために暖かなスープを食べさせればいいことにも気付くと俄に元気を取り戻すのだった。
冷たい雨に打たれて身体の芯から冷え切ったリオンがウーヴェが待つ家に帰ってきたのは、あと少しで日付が替わるような時間だった。
以前のリオンならばこんな時間になれば自宅に帰らずに職場の仮眠室を使っていたが、ウーヴェと一緒に暮らすようになってからは早朝にでもならない限りは家に帰るようにしていて、今日も少し遅い帰宅になったことを詫びる連絡をしようとしたが、ウーヴェがもう寝ているかも知れないと思い直していた。
何とか家に帰り着きたったひとつだけのドアを開けて後ろ手でドアを閉めると、冷えた身体に暖かさが沁みてきて膝が崩れそうになる。
「……やべぇ」
こんな所で寝てしまえばさすがに風邪を引くと頭を犬か何かのように振った後に気力だけで廊下を進んでベッドルームのドアを静かに開けると、サイドテーブルに置いたスタンドの明かりで本を読んでいるウーヴェを発見し、力なく呼びかける。
「ハロ、オーヴェ」
今帰ったと告げたリオンが静かにベッドから抜け出して裸足のまま歩いてくるウーヴェを疲れた目で見守っているが、暖かさが全身を包んだことになかなか気づけなかった。
「お帰り、お疲れ様、リーオ」
事件をニュースで知ったが本当にお疲れ様とリオンを最大限の思いで労い、冷え切った身体を抱きしめたウーヴェは、リオンがぼんやりしていることに首を傾げてその顔を覗き込もうとするが、無言で抱き上げられたために目を瞠ってしまう。
「リオン……?」
「……このままがいい」
抱き上げられた後静かにベッドに下ろされたかと思うと、ウーヴェの腹に顔を押しつけながらくぐもった声でリオンが懇願したため、少し困惑しつつもその言葉を受け入れるようにウーヴェがくすんだ金髪に手を差し入れて何度も撫でる。
「どうした?」
「…………お前が見たって事件、犯人は逮捕できた」
「そうか」
己の腹に語りかけるリオンの髪を優しく撫でながらお疲れ様ともう一度労うと手探りするようにリオンの手がシーツの上を動き、そっと手を重ねると何かに縋るような強さで握りしめられる。
その様子から今回の事件でリオンが傷を負ったことを察し、このままが良いと言われたがと断りを入れると、驚く気配のリオンの頭にキスをし、たった今キスを落とした頭を胡座を掻いた足に載せると、リオンが寝返りを打って腕で顔を覆い隠してしまう。
「今回の事件、被害者はシスターだったな」
「………………」
「その事でマスコミか誰かに何かを言われたのか?」
ウーヴェの予想は見事なものだったが、リオンが訥々と漏らした言葉に溜息を零す代わりに腕を持ち上げ、姿を見せた額にそっと口付ける。
「良く我慢したな、リーオ」
「……お前が……いつも言ってくれる、から……」
だからあの時過去をぶり返すようなことを言われても自然と我慢できたんだと返され、何か言ったかと問いながら鼻の頭、頬の高い場所、悔しさに歪む唇にキスをすると、顔を上げて胸を張れと言ってくれると答えられて軽く目を瞠る。
「……いつも、言ってくれる」
「ああ、そうだな。……胸を張れ。顔を上げろ。お前が歩んできた道を蔑むな」
己が折に触れリオンに伝えていたその言葉が恋人の中に根付いていることを知ったウーヴェは、今もまたその言葉が傷を負った心を覆ってくれる事を願いつつ囁き、薄く開いた唇からか細い吐息が零れたことに気付いて閉ざされている瞼にも口付ける。
「お前は強い。よく頑張った。……だからここでだけは頑張らなくて良い」
俺の前でだけは何も頑張らなくて良いとも伝えるとキスをした瞼がゆっくりと持ち上がり、信頼と情がたゆたう蒼い瞳が姿を見せる。
「…………ダンケ、オーヴェ」
お前がいてくれるから俺は強くなれる、そう確信している顔でウーヴェを見上げたリオンは、手を挙げてウーヴェの顎を指でなぞるが、くすぐったそうに目を細められて唇の両端を持ち上げ、その顔を見てウーヴェも自然と笑みを浮かべる。
「オーヴェ? また突然笑うだろ?」
「……やっと笑ったな、リーオ」
帰って来てからまだ10分足らずだがやっと笑ったなと笑うウーヴェに今度はリオンが目を瞠るが、その言葉に次第に笑みを深めていく。
「オーヴェ、オーヴェ……やっぱりお前は俺を強くしてくれる」
疲れて帰ってきたとしてもこうして優しく抱きしめて慰めてくれるお陰で明日もまた頑張って働こうと思うと、素直な思いを口にするとウーヴェの目が気恥ずかしさに泳ぐ。
「お前が、俺を強くしてくれるんだ、オーヴェ」
明日も頑張るためにもう一押ししてくれ、力を分けてくれと目を細めると気恥ずかしさを吹っ飛ばしたウーヴェが覆い被さるように上体を屈め、薄く開く唇にキスをする。
「温まるものを食べるか? シャワーは……もう遅いから堪えてくれ」
「メシもシャワーもいらねぇ」
その代わり今すぐお前が欲しいと囁かれて無意識に背筋を震わせたウーヴェは、覆い被さっていたリオンと向き合うように姿勢を変えると、いつもならば何かと理由をつけて断ろうとするが今夜はさすがにそんなつもりはないらしく、リオンの肩に腕を回して抱き寄せ鼻の頭を触れあわせながらにやりと笑みを浮かべる。
「構わないが、俺にもくれないか?」
「ん? イイぜ、お前が欲しいのなら全部くれてやる」
だから同じだけちょうだいと笑うリオンにウーヴェも笑って答え、お互いが欲しいんだなと笑って寝返りを打ってリオンに乗り上げる。
「うん。……お前の強さをちょうだい」
どんな顔で帰って来ても笑顔で出迎えてくれる、その強さをくれと願ってウーヴェにキスをしたリオンは、啄むようなキスを受けながらゆっくりと寝返りを打ち乗り上げていたウーヴェを見下ろすと、今度は自らが同じようなキスを繰り返すのだった。
熱を出した後の身体をウーヴェの背中にぴたりと寄せ、薄い腹の前に手を垂らせば軽く重ねてくれる。
その温もりに自然と吐息が零れ落ち、どうしたと問いかけるように顔を振り向けてくれるウーヴェの頬にキスをし、強さを分け与えてくれてありがとうと素直に礼を言う。
「……ああ」
さっきのようなことで分け与えられているとは思わないがお前がそう思うのならばそれで良いと、睡魔混じりの声で答えられて頷くとウーヴェの白い肩に口を寄せる。
「お休み、オーヴェ」
「……ああ、お休み」
顔を見ずに一日の終わりを告げる挨拶を交わした二人は、互いが望む強さを分け与えられたことに安堵し、眠りに落ちるのだった。