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兎束作哉
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#乙女ゲーム
結愛
40
うっすらと意識が浮上する。
最初に視界へ飛び込んできたのは、白を基調とした見慣れない天井だった。
「……ここ、は……?」
鼻先をかすめる消毒液の匂い。
柔らかなカーテン越しに差し込む夕陽。
(……保健室?)
ぼんやりした頭で状況を理解した、その時だった。
「あっ! 目が覚めた!」
鈴を転がすような愛らしい声が耳に飛び込んできた。
顔を向けた私は、思わず固まる。
ふわりと揺れる桃色の髪。
同じ色をした大きな瞳。
小柄で華奢な身体と、見る者を安心させる柔らかな笑顔。
そして何より、その圧倒的な透明感。
(うわぁぁっ!?)
脳内の限界オタクが絶叫した。
(本物のサクラちゃん!!)
『恋エグ』本来の主人公。
全攻略対象から愛される、王道ヒロイン。
(かわいい……! 浄化される……!)
「会長、大丈夫ですか?」
サクラが心配そうに身を乗り出す。
「生徒会室で倒れたって聞いて……。クラスメイトとして、放っておけなくて……。」
不安そうに揺れる瞳に健気な声音は、まさしく王道ヒロインそのもの。
(尊い……。保護したい……。)
内心では五体投地しながら、私は生徒会長らしく微笑んだ。
「ありがとう、サクラちゃん。付き添ってくれて助かったよ。」
「い、いえっ!」
ぱっと花が咲くような笑顔。
その仕草一つで、周囲の空気まで明るくなる。
(モーション班、本当に仕事しすぎでは……!?)
開発者として思わず拍手を送りたくなる。
そんな私の様子に、サクラは安心したように胸を撫で下ろした。
「よかったぁ……。」
その顔があまりにも嬉しそうで、こちらまで頬が緩む。
「心配してくれてありがとう。もう大丈夫だよ。」
「はいっ!」
元気よく返事をする姿すら可愛い。
(あぁ、この子は……本当に主人公なんだなぁ。)
感慨に浸りながら、私はゆっくりと身体を起こした。
その後――。
すっかり回復した私は、サクラを連れて生徒会室へ向かった。
重厚な扉を開いた瞬間――
「玲!」
「如月!」
「会長!」
「大丈夫でしたか?」
「……平気か?」
一斉に声が飛んできた。
五人全員が立ち上がっている。
その顔には、隠しきれない不安が浮かんでいた。
(あぁ……推し達が優しい……。)
思わず胸が温かくなる。
私は小さく咳払いをした。
「みんな、心配をかけてすまない。体調はもう万全だ。」
安堵した空気が流れる。
そして、私は隣の少女へ目を向けた。
「それと、今日から生徒会の書記を務めることになった――サクラだ。」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
サクラがぺこりと頭を下げる。
「新しく書記になりました、サクラですっ!」
両手を胸の前でぎゅっと握る。
「不慣れなところもありますが、一生懸命頑張りますっ!」
きらきらした笑顔のまま、私を見上げた。
「特に、私を誘ってくれた玲会長の足を引っ張らないように、お傍で頑張りますねっ♪」
そう言って、私の両手をぎゅっと握った。
上目遣いに、はにかむ笑顔、小動物のような愛らしさ――完璧だった。
(あー、サクラちゃんの好感度イベントだ。)
懐かしい。実際に見ると……やっぱり可愛い。
(頑張れ頑張れ〜!)
完全に親戚の子を見守るような気持ちで、私は微笑んだ。
――だが。
「…………」
生徒会室の空気が、ぴたりと止まった。
「病み上がりの人間に、随分と遠慮がないんだな。」
冴の静かな声が生徒会室に響いた。
ライトブルーの瞳が、私とサクラの手元へ落ちる。
冷えた視線に、サクラがぴくりと肩を震わせた。
「ねぇ、玲。」
今度は律が制服の裾を引っ張る。
「俺、まだゲームの続き待ってるんだけど。」
じっと見上げてくる。
「その子の相手、今じゃなきゃダメ?」
頬を膨らませた顔は、完全に不満顔だった。
「っ……」
豪が真っ赤になって固まる。
視線の先にあるのは、繋がれた手。
脳裏に蘇るのは――。
『豪が彼氏だったら、幸せだろうなぁ』
「な、なんで俺ばっか思い出すんだよ……!」
頭を抱え始める。
「ふふ。歓迎しますよ、サクラさん。」
絢が優雅に微笑んだ。
「ですが、玲は病み上がりですから……」
するりと、いつの間にか私とサクラの間へ入り込む。
「おねだりはほどほどに、ね?」
にこり。
穏やかな笑顔の奥で、静かな火花が散った。
「おい、会長。」
烈がぶっきらぼうに声をかける。
「体、本当に大丈夫なんだろうな?」
低い声には、隠しきれない心配が滲んでいた。
「無理してんなら言えよ。」
誰も。誰一人として。
新入部員の可憐な少女を見ていなかった。
全員の視線、意識、感情は――
ただ一人、如月玲だけへ向けられていた。
「……え?」
サクラが小さく瞬きをする。
桃色の瞳が、不思議そうに揺れた。
(あれ……?)
困ったように首を傾げる。
(みんな……玲会長のことばっかり見てる……?)
その違和感は、まだ小さなものだった。
本来なら、主人公であるサクラを中心に回るはずだった世界。
けれど確実に――
誰も知らない場所で、少しずつ歯車は噛み合わなくなり始めていた。
◇◇◇◇◇
▶恋エグメモ(初日終了時点)
【白砂 律】=【36/100】(初めてゲームで負けた衝撃で玲への執着が爆発中。)
【神城 豪】=【32/100】(玲の言葉を思い出しては動揺する日々。放っておけない存在になりつつある。)
【黒崎 冴】=【31/100】(玲が倒れたことで強い焦りを覚え、「守るべき存在」として意識し始めている。)
【千早 絢】=【30/100】(デートの約束をきっかけに独占欲が芽生える。)
【鬼塚 烈】=【28/100】(真っ直ぐな賞賛に完全にペースを乱された。気づけば玲を強く意識している。)
コメント
1件
第8話、読み終えました!保健室で目覚めたところから、サクラちゃんを連れて生徒会室に戻る流れ、すごく自然で引き込まれました。特に「誰もサクラちゃんを見ていない」っていう違和感の描き方が秀逸ですね。本来なら主人公が愛されるはずの世界で、全員の視線が玲会長に釘付けになってるギャップがたまらない。律くんの「その子の相手、今じゃなきゃダメ?」の不満顔とか、豪くんが思い出しちゃってるシーンとか、一人ひとりの反応がキャラ立ってて大好きです。続きが気になります!